第137話 海のお約束
出航から数日。
大船団による航海は順調もいいところで、『順風満帆』という言葉がまさしくピッタリであった。
俺たちやプレイヤーが暇を見つけては代わる代わるログインし、大いに船旅を満喫している。
実はこの巨大帆船、ガワこそ木造に見えるが内部は豪華客船も斯くや、と言った近代設備になっているのだ。
当り前である。我々現代人が数日間とは言え昔のように何の娯楽もなく、ただ海を眺めるばかりの退屈な旅に耐えられるはずがない。
『それでは風情がなかろう』などと言い出す者は皆無である。なぜなら【OSO】のプレイヤーは全員が生粋の現代っ子。退屈こそが最大の敵なのだ。
であるからして、船の中にはレストランやカフェは勿論のこと、映画館にカジノやプールバー、果ては図書館とゲームセンターまで揃っている。一応、オマケ程度に武器防具アイテム屋などもあるのだが、品揃えが平凡な上に、必要な物は全て自ら持ち込んでいた。なので訪れるプレイヤーもおらず、閑古鳥が鳴く様は何とも物悲しかった。
そして当然だが我々の居住区となる客室も無数にあり、各部屋にはキッチンとトイレ、シャワーまで完備され、長旅をくつろぎの空間として支えている。
……もっとも、いつでもログアウトできる以上、そこまで必要なのかは謎だが。
しかしVRゲームの中でアーケードゲームをするとは思ってもみなかったよ……
ちょっとしたミニゲームくらいならまだわかるんだが、ガチな格ゲーとはね。
まぁ、流石に版権の関係か、大体パチモンなんだけどさ。
『ストリームファイアー』とか『別拳』とかな。
そんなパチモノでも俺とヒナのゲーム魂は燃え上がり、ギャラリーを沸かせるほどの熱戦を繰り広げたりしたのは余談である。
ちなみにシューティングゲームなどもあり、試しに『火鉢』とか言うのをやってみたのだが、これまたとんでもない密度の弾幕ゲーで、開始30秒以内に大抵死ぬ。すっげぇ上手いプレイヤーが挑んでも1面クリアがやっとと言うすさまじいクソっぷりで逆に笑えた。
だが、運営はゲーマーを舐めたッ!
余程悔しかったのだろう、彼は4日間を全力で『火鉢』に費やし、研究と検証を重ね、遂に安地(安全地帯の意)を発見、全面クリアを成し遂げたのである!
しかしすぐさま運営は『火鉢』をアップデート! 逃げ場すらないエクストラステージを5面も付け加えやがり、未だクリアには誰も至っていない。
……彼も相当だが、本当に【OSO】の運営は色々な意味で頭がおかしい。
それらのふざけた施設のお陰で退屈とは無縁の船路であった。
もっとも、そう言った娯楽に興味のない層も当然いるわけで。
そんな連中はどうするか?
答えは簡単。
転移魔法で各都市へ戻り、クエストを進めるなりユニークを求めて旅をするなりしていたのである。
実際、俺たちも何度か首都へ戻り、用事を済ませたりした。
ただ、順調に渡航中とは言え、ここまで何もなかったのかと言えばそうではない。
海上でもフィールドはフィールド。
当り前だがモンスターも現れるのだ。
しかも小物から大物まで、海棲モンスターは実に多彩であった。
その中でも一番の大物っつったら、アレだな。
出てきた瞬間、プレイヤー全員で『ありがちぃ!』って叫んだもんな。
いわゆるお約束の『クラーケン』ってヤツだ。
イカっぽいモンスターのアレね。
だが、クラーケンの登場する様々な作品でもそうだったように、この【OSO】においてもかなりの強敵であった。
我々の乗船している帆船には、なんと耐久値が設けてあったのだ。
つまり、その耐久値がゼロになれば、船は破壊され俺たちは海の藻屑と化し、ついでに渡航計画もおじゃんになる。
全ての苦労がまさしく水の泡、水泡に帰す、だ。
い、いやぁぁぁ!
と言うわけでこれは船を守る防衛戦にもなったわけだ。
そりゃもうみんな必死だったね。
NPCまで『死守ーっ!』って叫んでたもん。
だけどそのクラーケンがバカみたいにデケーのなんの。
この250メートルくらいはありそうな巨大帆船を片手(?)で鷲掴みにできるほどのサイズ、と言えばイメージしやすいかな。
クラーケンのモデルと思われるダイオウイカも真っ青のスケールだ。
しかもそんな化物が複数体出てくるとか、明らかにおかしいだろ。
こりゃ間違いなく運営側の仕込みと俺は睨んでいる。
ある一定規模以上の船団を組んで大海を渡るのが襲撃フラグ、とかね。
ともあれ、邪神アポピスとやる前の前哨戦には丁度いい。
各団との連携調整や、戦力的に強い部分と弱い部分の見極めもできる。
仮想邪神戦としてはうってつけだ。
なーんて簡単に考えていたんだけど……
問題は別のところにあったんだよね。
簡単に言えばその問題ってのは、『時間』だ。
発生時刻は夜だったんだが、そうは言っても『平日』の、しかも宵の口だぞ?
俺たちみたいな学生は気楽にログインしてるが、生活のかかった社会人はそうもいかない。
例えログインしてたとしても、商人連中は首都で商売に励んでいたり、各地に散ってクエストを進めているプレイヤーだってたくさんいる。
一応、各団のトップを通じて緊急招集はかけたものの、案の定プレイヤー不足のまま開戦してしまったわけよ。
いやぁ、苦戦したねぇ。
まぁ、戦闘自体も長引いた分、連絡を受けて駆け付けたプレイヤーや、職場から帰宅してきたプレイヤーも続々と集結してどうにか勝ったけどさ。
ガチレズ発明家たがねさんの秘密兵器(?)がなかったらやばかったなあれ。
あ、ちなみにキンさんは戦闘終了しても現れませんでしたー。
残業だったそうで、ご苦労様ですとしか言いようがないわー。
なんてことを回想しながら俺たちに宛がわれた客室で寛いでいた時。
ビーッ! ビーッ!
突如として室内、いや、船全域にけたたましい音が響いた。
思い切り顔を見合わせる俺とヒナ。
そう、これはクラーケンが出現した時にも聞いた、船内全域に告げる緊急警報である。
「至急! 至急! 甲板に上がれ! 総員、直ちに甲板に上がれ!」
同時に船長と思しき慌てた声が、ややくぐもって響いた。
伝声管っぽい聞こえ方だが、ハイテクなのかローテクなのかちっともわからない船だ。
微妙なところでリアルさを追求するから【OSO】開発陣は変態だと言われるのだと肝に銘じてほしい。
「また何か出たのかな?」
「かもしれませんねぇ」
俺とヒナは、やれやれと思いつつ立ち上がって甲板へ向かう。
他の船室からも続々とプレイヤーが出てきた。
「アキさん、なにかあったんですかい?」
「わかんない」
「(くっ! いつ見ても可愛いなコンチクショー!)何事もないことを祈りやしょう」
「うん!」
「ぐふぅぅぅ!」
「アキちゃん、また敵か?」
「可能性はあるよ」
「ザコならいいがな」
「だねー」
「(ラブリィィィ! あぶねぇ、思わず抱きしめそうになったぜ……落ち着けオレ、相手は幼女だぞ)……急ごうぜ」
「はぁ……アキきゅんは罪作りな女ですねぇ」
「へ? なに言ってんのヒナ」
「なんでもないです」
甲板では、忙しそうに船員が行き来していた。
だが、別段いつもと変わらないように見える。
少なくとも周囲に敵影はない。
「船長ー! 何かあったの?」
「あぁ、ちょっとな。見張り!」
船長はマストの上に向かって声を張り上げる。
どうやら上には見張り員がいるようだ。
「左舷に陸影! 左舷に陸が見えるぞ!」
単眼望遠鏡を覗いていた見張り員も良く通る声で答えた。
周囲に集まったプレイヤーたちもざわつきはじめる。
「! まさか……」
「おうよ! あれこそが第二大陸だ!」




