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第136話 本日天気晴朗ナレドモ波高シ



総帆そうはん開けぇ!」

「サー!」


「出航!!」


 船乗りたちの掛け声と共に桟橋を離れ、滑らかに大海原へ進み出す巨大帆船。

 真っ白ないくつもの帆は、それぞれが風を一身に浴びてパンパンに膨らませていた。

 右舷から後方を見やれば、この一番艦に続く何隻もの船。

 きっと左舷も同様であろう。

 甲板デッキではプレイヤーの面々が勇壮な船出を祝し、大いに盛り上がっている。

 多少波は高いようだが順調な滑り出しであった。


 この日、遂に俺たちは第二大陸進出への第一歩を踏み出したのである。


 全てはこの時のために着々と準備を重ねてきたのだ。

 幾人ものプレイヤーを育て、莫大な資金を集め、大量の物資を確保し、ようやくここまで漕ぎつけた。

 リアルの季節は冬を迎えたが、目的地は灼熱の砂漠。

 俺のゲーム魂も熱く滾っていた。


 惜しむらくはモードレッド(モーちゃん)、ヴィヴィアンさん、マーリンさんの三名が出発までに間に合わなかったことだろう。

 連絡用の鷹も来ていないことから、未だ強力な助っ人NPC探索の旅は継続中なのかもしれない。

 出来ることなら彼女たちだけでもこの遠征に参加して欲しかったものだ。

 ちなみに、ハカセ率いる【翰林院アカデミー】と【OSO University】が放ったNPC捜索隊は、全て不発に終わっている。

 やはりNPCの説得は難しいようだ。

 この世界が黄昏そうなのだから少しくらい手伝ってくれてもいいだろうに、と思わずにはいられなかった。

 ちょっとは積極的に干渉してくるヴィヴィアンさんたちを見習って欲しいものである。

 だが、これは元々副次的な作戦。

 ハナから『もしも手助けしてくれるNPCがいればラッキー』、程度にしか考慮していない。

 多分、運営的な視点から見ても邪神の件はプレイヤーが解決すべき問題と捉えているはずだ。

 つまりヴィヴィアンさんたちが特殊すぎるのだろう。


 つっても、それをただ看過するわけにはいかないよな。

 ま、ちょっとした仕込みはしてあるけど、上手くいくかが未知数すぎて期待は出来そうもないのがネックなんだよね。

 でも一応、神さまに祈っておくとしよう。

 奇跡は起こってこそ奇跡だし。



「アキちゃん、ここにいたんだ?(ぐふふふ。これはチャンスかしらん?)」

「うん。せっかくの出航だもん、特等席で見たくて」


 舳先付近にいた俺に声をかけてきたのは、ガチレズ鍛冶師たがねさんだった人だ。

 『だった』と言うのは他でもない、今の彼女は──── 


「うーん、いい風ねー。やっぱり参加して正解だったかー(こうして普通の人を装っておいて、と)」

「レベル上げ間に合ってよかったね、たがねさん」

「カンスト出来たのはアキちゃんたちのお陰だし。あんなに効率のいい狩場があるなら早く教えて欲しかったけど(当たり障りのない会話で油断させ……)」

「えぇー。わたしたちはちゃんと誘ったよ?」

「まぁ、ね。アタシも頑なだったのは後悔してる」

「あはは。でも結果オーライでしょ? わたしも心強い味方が増えて嬉しい」

「ほんと? アキちゃんの役に立てるならアタシも嬉しいなー(良し! いい雰囲気! イくなら今しかない!) ねぇ、アキちゃん」

「ん? なぁに?」

「アタシたち、なんだかんだで一緒にいる時間も増えたし、結構気が合ってると思うんだ。それにさ、アタシ、アキちゃんのことマジで好」


 シュバッ


 ゴキィッ!


「ギヒッ!?」

「ご無事でございますかアキお嬢さま。なにやら良からぬ気配を感じたのですが」

「シーナさん!? なんてことするの!? たがねさんの首が変な方向に曲がっちゃったよ! おーいキンさーん! 回復魔法お願いー!」

「何をやってるんだいきみたちは……ヒール!」


 あっと言う間の犯行だった。

 たがねさんの背後に現れた修道僧のシーナさんが一瞬で首を……

 とんでもない殺人技術である。

 どこが修道僧だ、これじゃ暗殺者ではないか。

 リアルで誰かに使われないことを願おう……


 そうそう、たがねさんのユニークジョブなんだけどさ。

 ジョブチェンジの瞬間を目撃したんだが、思わず笑っちまったよ。

 まさか【発明家】なんてジョブがあるとはね……

 様々な素材などからアイテムを作り出す職業らしいが、ある意味では彼女にピッタリだよ。

 この人、いかにもわけのわかんねーアイテムとか作り出しそうだもん。

 今のとこ出来たのは使い物にならないのばっかりだけどね。

 最初に作った『諸刃の剣』なんて、柄の部分までが刃でどうしようかと思ったし、次の『クラスターボム』はかっこいい名前の割に、いつどこで爆発するかわからない恐怖の代物だったぞ。キンさんが持った途端に爆発して木っ端微塵になったのはちょっと面白かったけど。

 ま、今ならジョブレベルも上がったから、もうちょいマシな物が作れると思う。

 今後に期待ってヤツだね。

 そのうち『こんなこともあろーかと!』とか言い出すんじゃない?


「アキきゅーん! ツナお姉さんを見つけましたよー!」

「はぁ、ふぅ、なんとか搭乗が間に合いました。ログインが遅くなり申し訳ありません」

「ううん。間に合ってよかったねー。心配しちゃった」

「(はぅん! やはりアキさんはとてもとてもお可愛らしいです!)ご心配をおかけしました」


 何故かモジモジするツナの缶詰さんと、ヒナも人混みを縫ってこちらにやってきた。

 ツナの缶詰さんも無事ユニークジョブを取得し、今は【カースナイト】にジョブチェンジを果たしていた。

 それはいいのだが、旅の途中で見つけたとか言う、その真っ黒な鎧はどうにかならなかったのだろうか。

 なにせ、胴体の部分がでっかい髑髏ドクロにしか見えないのだ。

 肩もドクロ、膝もドクロ、兜は……ドクロではない。なにこれ? 統一感は?

 ともかく、カースナイトなんて職業とも相まって、呪われているとしか思えない装備だ。

 そんな鎧に抱っこされる俺の身にもなって欲しい。

 ちなみにツナの缶詰さんは、内臓系はダメだけど、骨は別に怖くないらしい。


 なんにせよ、彼女が間に合ったのは重畳と言える。

 ハカセの話だと、第二大陸までは数日かかる船旅だと言うのだから。

 疑うわけではないが、船長からも確認を取っているので間違いない。

 リアルなら一ヶ月はかかりそうな航海も、そこはゲーム故に簡略化されているのだろう。


 それに、乗船しないとこの船のセーブポイントに登録できないと言う弊害がある。

 だからなるべくみんながログインできそうな休日をわざわざ出航日に選んだのだ。

 一度登録さえしておけば、あとはいつログインしようと船に戻れる。

 現に向こう(リアル)で用事がある者は、出航後すぐにログアウトしていた。



 俺たちは暇なんで船旅を楽しむけどね。


 待ってろよ第二大陸!




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― 新着の感想 ―
[一言] たがねさんはジョブが変わってもたがねさんだった。
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