第135話 ショック死
「一手って……わたしがあなたの相手をするの!?」
「はい。見たところ近接職はお嬢さんだけのようですので」
「え、そこのキンさんも殴り司祭で……」
「ウォッホン! 確かに強い近接職は僕たちの中じゃアキくんだけだね!」
俺と修道僧さんの会話に思い切り割って入るキンさん。
そして殊更『強い』の部分を強調していた。
絶対に闘いたくないと言う彼の熱い思いが伝わってくる。
この場で始末しておくべきだろうか。
アバターの見た目だけとは言え、幼女を率先して戦闘させるなど男の風上にも置けない。
ましてや俺は、今やリアルでも完全な少女なのだ。
まぁ、キンさんにはその事実を未だ伝えていないし、彼にそこまでの男らしさを求めてもいないのだが。
とは言え、この状況をどうしたものか。
俺は割と売られた喧嘩は買うほうだ。
『ただしゲーム内に限る』と注釈は入るが、タイマンなら大抵は受ける。
実際、格闘技をやってるせいかPvP(プレイヤー対プレイヤーの意)も嫌いではないのだ。
対人戦で腕を磨くと言うことは、相手が強ければ強いほど己のPSも輝きを増すと言うことでもある。
これは格ゲーなどにも通じることで、むしろ積極的に行うのが上達への近道だと思う。
ただ、最近のゲームCPUは格段に性能が上がっており、人間と遜色のない読み合いや動きを見せる物もある。なので、一概にどちらが良いとは言い切れなくなってきたのも事実ではあるが……
「私もたがねさんからお話は聞いております。あなたがたは最前線の攻略を担う強者の集団であると」
「……それってただの成り行きなんだけどね……」
「理由としては充分です。【チャクラ・アクセル】!」
ゴォッと青いオーラに包まれる修道僧さん。
確か【チャクラ・アクセル】は体内の気を高めてステータスに補正をかける支援魔法だ。
対象は自分のみだが、効果は【祝福】よりも上。
ってかズルい。
「待ちたまえ! ここでやる気かい!? PvPルームでやればいいじゃないか!」
「おっと、そう言えばそうだよね」
この間のアップデートで追加されたPvPルーム。
文字通り対人戦を行う専用マップのことだ。
ウィンドウにて申請し、お互いの了承が得られれば自動でマップへ飛ばされる。
試合が終わればこの座標へ戻る便利機能付き。
うちの団員たちも頻繁にこれを利用して切磋琢磨しているのだ。
嗚呼、素晴らしき向上心。
と言うわけで申請ー。
「じゃ、ちょっと行ってくるね」
「アキきゅん、大丈夫ですか?」
「ん。悪い人じゃなさそうだし、大丈夫だよ。卑怯な手とか使ってきたら……それはむしろわたしの領域だし」
「ああ、アキくんは狡いからね。きみなら更にえげつない手で倒すだろう」
「コスくないっ! なんてこと言うのキンさん!」
「では、お嬢さん。参りましょう」
「あ、はーい」
心配そうなヒナとキンさんを残し、俺と修道僧さんは専用マップへ転移した。
────数分後。
ヒョイン
「あ、帰ってきましたよ! ……あれっ?」
「おお! 無事……のようだね……?」
帰還した俺たちの姿を見て目を白黒させるヒナとキンさん。
そうだろうそうだろう。
俺ですらちっともわからん。
「……で、どうだったんだい?」
「勝ったんですか……?」
「あぁ、うん、まぁ、ね……なんせ彼女はまだレベルカンストしてなかったみたいで……」
「は?」
「はい?」
「でも、たがねさんが言ってた通り強かったよ。体捌きとスキルの使いどころが上手いのなんの。一歩間違えばやられてたのはわたしだったと思う」
「いいえ! アキお嬢さまのお強さに、私は感動いたしました。こんなに小さな体格で、なんと力強く、なんと速いのでございましょう!」
「そ、それよりシーナさん。そろそろ降ろして……」
「お断りします。今日から私の肩がアキお嬢さまの指定席でございますので」
「断らないでよ! キンさんがチラチラこっちを見てるんだから! あと、そんな指定席いらない……」
「なっ!? お嬢さまになんと不埒な……栗毛のサングラス! そこにお直りなさい!」
「キンさん……私のアキきゅんにいやらしい目を……?」
「えぇ!? ぼ、僕は見てない! 冤罪だ!」
そう、俺は修道僧のシーナさん(戦闘前に名前を聞いた)にずっと肩車されていたのだ。
理由はさっぱりだが、きっと勝ったボクサーやレスラーをつい肩車しちゃうような気分だったのだろう。
「やぁやぁ、話はうまくまとまったみたい、かな?」
「あ、たがねさん。気が付いたの?」
「どうにかねー。やれやれ、男に触れるなんて幼稚園児の時以来だわー」
「(……この人、そんな幼い頃からガチレズなんだ……?)あれ? ハカセは?」
「ショックが強すぎたのかな? HPがゼロになって死に戻っていったみたいよ。失礼しちゃうわね」
「!?」
精神的ショックで死んだの!?
まさか脳に強すぎる負荷がかかったから!?
相変わらずおっかねぇシステムだ……
「で、どう? シーナちゃん強かったでしょー?」
「うん、びっくりしちゃった。出発までにレベルカンストさせたら、即一線級だよ」
「よかったよかった。アキちゃんのお眼鏡にかなったみたいね。シーナちゃんもどう? アキちゃんヤバかったっしょ?」
「ええ。本当に驚きました。この愛らしさは次元を超えています」
「そっち!? 相変わらず面白い子ね、シーナちゃんは」
たがねさんはギザ歯を見せて笑いながら椅子によっこらしょと腰かける。
まだ若いのになんだかオバサン臭い。
部屋の主が座れと促したので、俺はようやく肩車から解放された……途端にヒナの膝の上に座らされた。
椅子がどう見ても足りないので仕方あるまい。
「ところでさ、あなたたちを呼んだのはシーナちゃんの件だけじゃないのよねー」
「そうなの?」
インベントリからティーセットを取り出し、俺たちに振る舞いながらニヤリと笑うたがねさん。
それは間違いなく何らかの含みがある笑顔だった。
お茶を一口飲んで唇を湿らせ、彼女は切り出す。
「アタシも第二大陸の遠征に付き合うわ」
「え。あれだけ誘ったけど行かないって……」
「うん、今まではねー。どう考えても製造特化の鍛冶師に戦闘での出番はないと思ってたから」
「そんなことないのに。武器の修理が必要になるだろうって、鍛冶師の人たちを集めてるくらいなんだよ?」
「アタシは裏方なんて嫌なの」
じゃあなんで製造特化にしたんだと言う問いは口に出せない。
聞けば恐ろしい目に遭うからだ。
くすぐりの刑にでも処されれば、待っているのは地獄である。
「聞けばツナの缶詰さんも探索の旅に出たって言うじゃない?」
「うん。どうしても強くなりたいって」
「アタシもさ、見つけたんだ」
「?」
「ユニークジョブを、ね」
「!?」




