第134話 強い人
「強い人?」
「戦力になりそうなんですか?」
「たがねさんからのメールには、『とにかく一度会ってみて欲しい』と書いてあるんだ」
「ふーん。じゃあそっちはキンさんに任せるね(俺はユニークのほうが気になるし)」
「キンさんお願いします。アキきゅんには私がついてますから」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕だけに押し付ける気かい!? 僕が人見知りなのはきみたちも知っているだろう!?」
そうだったっけ?
……いや、そう言えば聞いた覚えもあるようなないような……
いやいや、数十人規模の団を運営してるってのに、今更そんな言い訳されてもなぁ。
相手がたがねさんだから警戒してるんだなきっと。
ま、俺とヒナも同じ理由なんだけど。
あの人が関わると色々とな……
「ちなみに、『アキちゃんとヒナちゃんは必ず来るように』って書いてあるんだ。逃げようったってそうはいかないね」
「!? たがねさんめ……余計な文言を……」
「それって、ただアキきゅんと私に会いたいだけでは……?」
ヒナの言う通りだと思う。
誰かを紹介するのはついでなのだろう。
「指定時刻は30分後、場所はたがねさんが根城にしてる首都の武器屋だそうだ。ちなみに、了承の旨を既に返信してある。フフフ……」
くっ、これで完全に逃げ道は塞がれた。
残酷な事実を無情に告げるキンさんが恨めしい。
さて、どうしたものか。
俺としては滅多にお目にかかれないユニークジョブ取得の瞬間を見てみたいのだが。
姫騎士の時は気付いたらもう勝手になってて慌てただけだったし、じっくりと見られる機会を見逃す手はなかろう。
だが、あのたがねさんを放置すると後が怖い。
真綿で首を締めるようにネチネチと難癖をつけまくった挙句、とんでもない要求を提示してくることは自明の理だ。
なんと言うジレンマか。
俺の口から無意識に『ぐぬぬ』と言う呻きが漏れる。
しかし同時に興味もあった。
いや、たがねさんの責め苦のほうではなく、その『強い人』のほうにだ。
彼女自身も我々の計画に参加しており既にレベルカンスト済みである。
そのたがねさんが強い人と言うくらいなのだから、それなりにプレイヤースキルが突出していたり、なんらかの強力なユニークを所持しているはずだ。
今の俺たちに即戦力となり得る人材は非常に有用と言える。
「アキさん」
苦悩する俺に声をかけてきたのはツナの缶詰さんであった。
「ちょっと待ってねツナ姉さん。わたし、今すっごく葛藤してるの」
「(はぅん! 悩むアキさんはとっても可愛らしいです!)いえ、そのことですが、アキさんとヒナさんは首都へ向かってください」
「へ? でも……」
「ツナお姉さん一人では……」
「大丈夫です。今は少しでも戦力の増強を図るべきです。そのかたが強いと言うのであれば尚のこと。私のほうはご心配に及びません。聖ラさんもぺろり~ぬさんも頼りになりますので」
そうきっぱりと言い切るツナの缶詰さん。
ゴツい兜で顔は見えぬが、声と態度は自信に満ちていた。
決意を秘めた仲間に水をさせるほど野暮ではない。だったら気持ち良く見送ってあげるべきだろう。
ヒナとも視線を交わして確認する。
キンさん?
彼ならハカセとイチャイチャ(?)している最中だ。ほっとこう。
「ん。ツナ姉さんがそう言うなら全部任せるね」
「ツナお姉さんなら必ず取得できますよ」
「……アキさん、ヒナさん……この身に替えましても」
いや、替えちゃだめでしょうが。
騎士の礼も格好いいし、サマになってるけども、命懸けは困るよ。
だから俺はこう言った。
「ツナ姉さん、肩の力を抜いて楽しんできてね。やっぱりゲームは楽しくプレイしないと」
「! ……そう、ですね。そういたします」
そして、妙に晴れ晴れとした雰囲気のツナの缶詰さん、聖ラさん、ぺろり~ぬさんを歯噛みしながら見送った後、我々も首都へ向けて渋々と発ったのである。やはりユニークジョブ取得の瞬間を目撃出来ぬのは悔しかった。
相変わらず首都アランテルは様々なプレイヤーやNPCで混雑している。
中央噴水広場を抜けて、例の武器屋へ。
「へい、らっしゃい! ……って、なんだお前らか。たがねなら奥だぜ」
「それはどうも」
数度しか会っていない俺たちに、そう声をかける武器屋の店主。
NPCの癖に記憶力のよろしいことで。
……むしろNPCだからか?
ともかく、たがねさんはもう来ているようだ。
いつも武器を買わず、通過するだけの店内。
店主に少しだけ負い目を感じながら奥へ向かう。
たがねさんが間借りしている部屋の扉を開けるのはキンさんに譲った。
もし俺やヒナが開けた途端にたがねさんが飛び出し、抱き着かれでもしたら堪ったものではないからだ。
むしろ、なんで付いてきたのかわからないハカセに任せても良かったかもしれない。
「いらっしゃ~い。待ってたわよー! あ~んアキちゃんヒナちゃん今日も可愛い~!」
やっぱりな!
思った通り、たがねさんは相変わらずのボサボサ髪を振り乱し、その上こちらの策略を読んでいたのか、ドアを開けたキンさんを一瞬で押しのけ俺とヒナへ飛びかかってきたのだ。
だが甘いッ!
俺もすかさず回避しつつ、後ろにいたハカセを前面に押し出したのだ。
その勢いで変態同士が熱い抱擁を……!
「ぎゃあああああ! 男おおおおお!」
「いやぁああああ! 女あああああ!」
それぞれが正反対の絶叫を放つ。
勿論、前者がたがねさん、後者がハカセだ。
二人とも妙な性癖持ち故に、なんともややこしい。
もんどりうって泡を吹く変態どもは放っておいて、俺たちは室内に入った。
この二人はいないほうがきっとスムーズに話は進む。
件の『強い人』は、今の騒ぎを気にした風もなく、椅子に腰かけ優雅にティーカップを口元へ運んでいた。
それだけでかなり豪胆であることが窺える。
銀髪をポニーテールにし、さらしを巻いた身体には白く長い上着を羽織っている。下はなにやらダボダボとしたこれまた白いズボン。
そして顔は……いわゆるカラスマスクを着けていた。
これではまるで、ふた昔くらい前の女ヤンキー『レディース』の格好である。
最早俺にはこの衣装が特攻服にしか見えなかった。
だが、この服は正式なジョブ衣装であることも知っていた。
彼女は修道僧なのだ。
キンさんの着ている長ランみたいな司祭の衣装と言い、修道僧の衣装と言い……なぜ司祭系だけこんな服ばかりなのか……
とても神に仕える者の格好ではない。
「えーと、貴女が……たがねさんに騙され……オッホン。メールにあった人ですか?」
「はい。お初にお目にかかります」
キンさんの問いにゆっくりと頭を下げる彼女。
礼儀もしっかりしているようだ。
人を見た目で判断してはいけないと言う好例であろう。
「かなりお強いとお聞きしましたが」
「どうでしょうか。自分ではよくわかりません。ですので、そこの小さなお嬢さま。私と一手お相手を」
「え!? わたし!?」




