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第133話 騎士の矜持



「……お久しぶりね、アキちゃん……その節は多大なご迷惑をおかけしました……」


 多分、前半はともかく、後半はハカセにも向けてのセリフであろう。

 グラマー司祭のセイラさんは、ブルンとたゆませ(・・・・)ながら深々とお辞儀をした。

 俺は以前、彼女と会ったことがあるが……はて、こんなおっとりした話しかただったか……?


 それはいいとして、『ご迷惑』とは、きっと幻魔ゲンマ絡みの事件を言っているのだろう。

 世界の『黄昏』を含めた一連の。

 しかし別に彼女の責任ではないと思う。

 現にハカセも『聖ラちゃん、アナタのせいじゃないわよォ。アレはあたしにも責任があるんだからァ』などと慌てて両手を振っていた。

 なのに決して頭を上げようとしない聖ラさん。

 なんとも律儀なことだ。

 あんな男のためにどうしてここまで……もしかして彼女はあいつを好きだったのだろうか。

 だとしたら切なすぎる。


「アキちゃん。ボクは初めまして、だよね~?(遠くからこっそりとは見てたけどさ~。ごめんよ~) 聖ラさんに聞いてはいたけど、ほんとにキミは可愛いんだね~。あ、ハカセもいたんだ~? 元気~?」


 この間延びした話しかたの『ボクっ子』魔導士がぺろり~ぬのようだ。

 個人的にボクっ子が許されるのは二次元だけだと思っているのだが、それをわざわざ言う必要もなかろう。

 人の趣味嗜好にケチをつけるほど野暮な行為はないのだから。

 それにしてもこの人、確かに初対面のはずだが、どこかでチラッと見かけたような気もする。

 まぁ、同じ【OSO】プレイヤーであるし、そこらですれ違ってたりしていてもなんら不思議はない。

 と言うことで、取り敢えずは無難な挨拶をしておいた。



「アキきゅーん」

「アキさん」

「ん、お疲れ様。それでどうだったのヒナ、ツナ姉さん」

「聖ラさんとぺろり~ぬさんがすっごく協力的でした」

「はい、ありがたいことに」


 駆け寄ってきて、すかさず俺を抱き上げるヒナ。

 ツナの缶詰さんはそっと俺の小さな手を握った。

 二人はツナの缶詰さんの願いを実現するべく、交渉に臨んでいたのだ。

 俺のために強くありたいと言う願いを。

 こんな俺に何故これほど尽くそうとしてくれているのかはわからないが、仲間であるし、良き友人(と俺は勝手に思っている)でもある彼女に出来得る限りの助力は惜しまぬつもりだ。


 最初にツナの缶詰さんが強くなりたいと言い出したのは、【ジングルオールザウェイ】戦の時であった。

 分団がトナカイを仕留め損ね、サンタとの再合体を許してしまい、俺のほうへ向かってきた突進攻撃を単身受け止めるツナの缶詰さん。

 全力で放った防御スキルも虚しく、正面からまともに食らった彼女は一撃でHPの8割を失った。

 そして続く第二撃、サンタの音波攻撃によって遂に全損したのだ。

 しかし、そのお陰で【ジングルオールザウェイ】に隙ができ、こちらの総員による最大火力を叩き込むことで倒しきったのである。

 最大の功労者と言っても良いツナの缶詰さんであったが(実際、最大被ダメージによるMVPを獲得している)、彼女はそれからずっと悔しがっていた。

 あの程度で死ぬようでは、とても邪神に対抗出来ない、と。


 ツナの缶詰さんが言いたいことは、なんとなくだが俺にもわかる。

 何故なら俺たちは邪神と言う存在に相まみえた経験があった。

 そう、ニブルヘイム村の地下深く、エーリューズニルに潜む北欧神話の邪神、【ヘル】と対峙したのだ。

 あの見ただけで肌が泡立つような感覚。

 当時は強がっていたが、今思えばあれは恐怖による絶望感だったのかもしれない。

 しかも恐ろしいことにヘルはあれでまだ未復活状態なのだ。

 真に覚醒した場合、いったいどれほどの……


 となれば、第二大陸で俺たちを待ち受けるエジプト神話の邪神アポピスが、あのヘル(おばさん)よりも弱いと言うことはあるまい。

 アポピスは幻魔の手によって完全な復活を果たしたのだから。


 このままではアキを守ることなど到底無理だ、しかしそれでは騎士の誓いと矜持を破ってしまう、それは耐えがたい恥だ。

 そう思い至ったツナの缶詰さんは、更なる高みを目指したのだ。

 ちなみに彼女は、お姫さまを守護する騎士になるのが夢だったそうな。


 そんな熱意と決意を聞かされた俺とヒナは、模索の末に一計を案じたのである。

 手っ取り早く強くなるにはレベル上げが第一だ。

 しかし我々は既にカンスト済み。

 次に考えられるのは、装備品によるステータスの底上げ。

 だが、強い装備を探索するには時間もかかるし、ドロップ運にもかなり左右されるだろう。

 仮に0.01%なんて途方もない確率だったりしたら果てしなさすぎる。

 ではどうするか?

 ……後はもうユニーク関連しかない、と言うわけだ。


 幻魔の所持していた【カースナイト】の取得を提案したのは、何を隠そう俺である。

 俺のユニークジョブ【姫騎士】と相性が良くなかったのもあるであろうが、かなり苦戦した記憶があったからだ。 

 しかし、所持者はもう居ない。BANによって永久追放されてしまった。

 そこでツナの缶詰さんは、自ら【ハンティングオブグローリー】の幹部である聖ラさんとぺろり~ぬさんに交渉を持ちかけることにしたのである。【カースナイト】取得条件の情報を得るために。

 半ば飛び出す形で抜けてしまった団の幹部と会うのは、さぞや気が引けたことだろう。

 ましてや、三角関係だったかもしれない相手なのだ。

 言わば恋敵と思われても仕方がない。

 それでもツナの缶詰さんは迷わずに会うことを選択したのである。

 そして、見かねたヒナが着き添いで同行してくれたのが功を奏したものか、見事交渉は成功。

 聖ラさんとぺろり~ぬさんも色々と思うところがあったのだろう、率先して協力を申し出たらしい。


 などと考えていた時、その聖ラさんとぺろり~ぬさんがハカセやキンさんとの挨拶を終えて俺に声をかけてきた。


「……アキちゃん、私たちはすぐにでも出発しようと思うのだけれど……」

「善は急げって言うしね~。アキちゃんも一緒にくる~?」

「すっごく興味はあるけど……でも、いいの? ユニーク関連は簡単に明かさないのが鉄則でしょ?」

「……そんなこと、もう気にしなくても大丈夫よ……」

「そ~そ~。ハングロも正式に解散しちゃったしさ~。隠す意味もなくなったもんね~。それに~せっかくのユニ~クを寝かせておくだけなのは勿体ないよ~」

「解散しちゃったの!?」


 驚きはしたものの、さもありなんと俺は思った。

 絶対的牽引者である幻魔がBANになった以上、こうなるのは自明の理とも言える。

 一癖も二癖もある廃人連中をまとめあげるのはそれほど簡単ではないのだ。

 戦力的には申し分ないヤツらだけに少々勿体なくもあるが、うちのキンさんがまとめられるとも思えん。

 引き込むのは諦めよう。


「じゃあ一緒に行こうかな」

「ちょぉっと待ったぁぁ!」


 と返答した時、平手をこちらに向けて待ったをかけたのはヘタレ団長のキンさんだった。

 左手はなにやらコンソールを操作している。


「どうしたの急に?」

「今、たがねさんからメールが来てね」

「うげ」

「とても強い人がいるから僕らに紹介したいそうだ」

「!!」




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