第130話 人さらい
「へー、七宝焼き」
「綺麗ですねー。良く出来てるー」
「ねぇ、ヒナ」
「はい?」
「七宝焼きって……なに?」
俺の発言にズベンとコケるヒナ。
見れば山科さんもテーブルとごっつんこしていた。
律儀である。
「知らないのに感心してたんですかっ!」
「だ、だって初めて見たんだもん」
「ッッ! 可愛いので許しますっ!」
「わたくしも日菜子お嬢さまに激しく同意いたします」
「一瞬で許された!?」
食って掛かってきたはずのヒナに思い切りハグされる。
それに無表情で便乗する山科さん。
なにこのめっちゃ百合百合しい空間。
嫌じゃないけど。
「七宝焼きとは、簡単言えば焼き物の一種でございます」
山科さんがズイとのしかかり、息が顔にかかるほどの近距離で言う。
あまりの近さにちょっと引いた。
「や、焼き物って、あの壺とか皿とかの?」
「そうですよー。あ、巫子ちゃんは陶芸部なんです。きっと部の機材で作ったんでしょうね」
負けじとヒナもグイと顔を寄せ、最早唇が触れ合いそうだ。
ってか少し触れてる。
「渋っ! 陶芸部なんてあったんだ?」
「昔からあるみたいですよ。確か、巫子ちゃんのお父さんが陶芸家のはずなんで、その影響で入部したのかもしれませんね」
「ふーん。じゃあこれってやっぱり……手作り?」
「かと思われます。箱や包装に店舗名等がありませんので」
ヒナと山科さんが交互に答えてくれるが、この近さはドキドキするのでやめてほしい。
「あきのんお姉さま。素地となる地金は銀のようでございます。そこに赤い釉薬を焼成して紅葉の色を再現してあるのでしょう」
「銀って結構高いんじゃなかった?」
「金と比べれば10分の1と言ったところでしょうか。とはいえ、重さにもよりますが銀も決して安くはありません。高校生のお小遣いとしてはそれなりの出費となるでしょう」
「……だよね」
そうだろう、と俺は心の中で頷く。
俺だって月に5千円の小遣いでやりくりしているのだ。
新作ゲームラッシュなどが控えてる場合は、バイトをして貯めたりと色々苦労もある。
俺のクラスの前園に至っては月々2千円で頑張っていると涙ながらに訴えていた。キモい。
だが例え少額でも、貰えるだけ俺たちは恵まれていると言わざるを得ない。
家庭の事情で貰えないヤツもいるであろうから。
大事なお小遣いの中から俺なんかのために巫子ちゃんはこうして誕生日プレゼントを用意してくれたわけだ。
しかも地金?の銀部分以外は手作りと来た。
エナメル質のツルツルした髪留めをそっと撫でる。
紅葉の形なのは、俺が秋の生まれであるからだろう。
巫子ちゃんがこれにどんな想いを込めて作ったのかと考えるだけで胸がキュンとする。
情にほだされたつもりはないが、この素敵なプレゼントを無下にする気はもう完全に消え失せていた。
元々は『厄介そうな贈り物なら山科さんに丸投げしちゃえ』などと思っていたのが嘘のように。
「……どう、かな?」
前髪の左側に髪留めを着けてみる。
丁度、目に入りそうなくらいに伸びた前髪を鬱陶しいと思っていたところなのだ。
お陰で視界がスッキリとした。
「やーん! あきのん先輩にぴったりですー! 可愛いー! 素敵ー! 食べちゃいたいー!(比喩ではなく物理的に!)」
「とてもよくお似合いでございます。まるでお姉さまを輝かせるために生まれてきたような逸品と申し上げざるを得ません。お姉さまを見ているだけで……わたくしは、わたくしはもうこの劣じょ……いえ、激情が燃え上がってしまいます!」
「そ、そう? 褒めすぎじゃない?」
目をキラキラさせたヒナと山科さんの二人がかりでベタ褒めされると照れ臭いったらありゃしない。
いや、山科さんの目はギラギラって感じだけど。
「髪留めを先輩が着けているところを見たら、きっと巫子ちゃんも喜びますねー」
ヒナは満面の笑顔でそう言ってくれたが、本当にこれでいいのだろうか。
俺はヒナを裏切っているのではないかと煩悶する。
「……ヒナ、いいの?」
「さっきも言ったじゃないですか。巫子ちゃんの気持ちも汲んであげて欲しいって。あ、でもあきのん先輩は私だけのものですからねっ! 他の子を好きになっちゃ嫌ですよ!」
「……うん……わかった。ありがとねヒナ」
「(キューーーーン! 優しい笑顔ーーー! ラヴ! 先輩ラヴですぅぅ!!)えへへー! はいっ!」
「そんな桃色空間へ颯爽と白馬に乗ったわたくしが参上いたしました。そしてお姉さまを攫って行きます。日菜子お嬢さまはそこで指を咥えて眺めているのがお似合いでございます。それでは、アデュー」
ガバリと俺を後ろから抱きしめ、本気で連れ去ろうとする山科さん。
この人は奇行種か何かなのだろうか。
やることがいちいち奇抜で困る。
「なにが『アデュー』ですかっ! させませんよ!」
阻止するべく雄々しく立ち上がったヒナ。
なんと頼もしい姿か。
この二人はいつもこんな風に過ごしているのだろう。
なんだか俺も楽しくなってきた。
ちょっと悪ノリしよっと。
「あーれー、ヒナさまお助けを~」
「棒読みじゃないですか先輩! 山科さんも、どこへ行く気なんです!?」
「わたくしの聖地、キッチンでございます。そろそろ夕食の支度をいたしませんと。そこでわたくしの華麗に調理する姿をお姉さまにご覧いただこうかと思いまして」
「あっ、確かに。だったら、私も手伝いますね。先輩に食べてもらいたい料理もありますし」
「えっ? 迷惑になるから帰るよ」
「だーめーでーすっ! 私と先輩の間に迷惑なんてありません!」
「帰宅など断固拒否いたします。このままキッチンへ驀進いたしましょう」
「えぇ!? 人さらいー!」
結局キッチンへ連行された俺は、楽し気に調理をする姉妹のような二人を眺め、絶品としか言えない料理を味わうこととなったのである。
しかし、帰宅直後に俺を待っていたのは、『夕飯食べてくる』の連絡を入れ忘れていたことによる夏姉の怒りと涙であった。
ごめんなさい。