第129話 ティータイム
「…………」
「…………」
「…………」
あの前回来た時のだだっ広い応接間ではなく、直接ヒナの部屋へ通された俺。
『嬉し恥ずかし! 恋人の部屋初訪問!』となるはずであった。本来ならば。しかも二人きりで。
「…………(汗)」
「…………(怒)」
「…………(♪)」
三人揃ってお喋りするでもなく、ただジッと座ったままだ。
いや、黙っているのは俺とヒナのみか。
もう一人は元から無口であるから。
だが、とても嬉しそうな気配だけは俺の背後から伝わってくる。
かと言って室内がシーンとしているわけではない。
カチャカチャとヒナがお茶の準備をする音だけが聞こえていた。
うん、女の子がお茶を淹れる姿っていいよね。
まぁ、今や俺も女の子なんだけどさ……
でも俺、本格的な紅茶なんて淹れられねーもん。
やっぱヒナはすごいよ。
……ってかさ、なんでヒナにやらせてんの?
お嬢さまよりも適任者がいるよね?
なぁ? 自称下僕のメイドさんよ。
「……あのー……」
「お姉さま、いかがいたしました?」
その声は俺の後頭部あたりから聞こえた。
少し伸びてショートボブっぽくなった俺の髪に息がかかる距離で。
お尻の下には柔らかな太ももの感触。
平静を装っていた俺とヒナの身体が、あり得ない現状に耐え切れずワナワナと震えだす。
そしてついに爆発した。
「ねえ! なんでわたしは抱っこされてるの!?」
「何故あきのん先輩が山科さんに抱っこされてるんです!? それは私の役目ですよ!」
「これっぽっちも他意はございません」
「嘘だぁ!」
「嘘です!」
全く悪びれた様子もなくシレッと嘯く山科さんに、思わず二人でツッコミを入れてしまった。
この人は他意がないのに誰彼構わずいきなり抱っこする性癖でもあると言うのか。
だとしたら、はた迷惑にも程があるだろうに。
下手をすれば事案発生、即検挙のケースも有り得る。
むしろ一度逮捕されたほうが山科さんのためになるかもしれない。
「何を仰いますか。敬愛すべき姉弟子たるあきのんお姉さまがわたくしの上であるのは紛れもない事実でございます。つまり、お姉さまはわたくしの上でお寛ぎくださればよいのです。ささ、つまらないことは気にせず、おやつにいたしましょう。では僭越ながら。はい、あ~ん」
「上ってそう言う意味じゃ……むぐうっ!」
フォークでやたら大きめにカットしたチーズケーキの塊を強引に俺の口へ押し込む山科さん。
明らかに容量オーバーだが、後ろからはそれが見えないだろうし、手加減する気もないらしい。
どうやら山科さんはツナの缶詰さんと同様、大好きなものを見つけると加減が出来なくなる質のようである。
「なっ、なにしてるんですか! 越権行為ですよ! うわっ、あきのん先輩の顔がケーキまみれに! ちょっと! なんで先輩のほっぺを舐めてるんです!? ……ッッフゥゥ~……もう、許せません……」
ゴゴゴゴゴ
ソファからスックと立ち上がったヒナの背後に業火が揺れる。
まるで陽炎のように空間そのものが歪んでいた。
そして天に向かって屹立する二本のツインテ!
まさに怒髪天!
阿修羅面、怒り!
ヒナ、ガチギレである。
彼女が初めて見せる真の怒り。
それでも俺のために怒ってくれたと言う贔屓目からか、怒った顔も可愛らしく見えてしまうバカップル脳であった。
ヒナはおもむろに懐から銀色に光る何かを取り出し、思い切り息を吹き込んだ。
どうやら笛かホイッスルらしい。
……が、何も聞こえなかった。
しかし、俺をガッチリとホールドしている山科さんには顕著に効果が現れた。
ビシッと姿勢を正し、微動だにしなくなったのである。
「霧歌! ハウス!」
「!!」
素早く俺を膝から降ろし、ババッと目にも止まらぬ速さで部屋の入り口横に置いてある……『きりか』と大きく書かれたフェルト製の…………犬小屋らしき物へ一直線に……!
うっうっ……不憫すぎる。
こんなに躾られて……
あ、『霧歌』は山科さんの下の名前ね。
つーか、あの笛ってもしや犬笛?
どんな可聴域してんのよ。
しかしまぁ、とんでもない教育方針だこと。
やっと落ち着いた様子の山科さんを加え、ようやくティータイムを楽しむ俺たち。
あれからヒナは俺の隣に座ってベッタリだ。
これこそ俺の望んでいた光景。
それにしても広い部屋だなー。
よくわかんないけど30畳くらいあるんじゃない?
うわ、天蓋付きのベッドなんて初めて見たよ。
どこのお姫さまなの?
後は本棚とパソコンにゲームだらけ。
この辺りは俺と変わらんな。
お、すっげぇ高いゲーミングチェアもあるね。
人間工学を駆使したとかの謳い文句で電動リクライニング付き。
なんでもその座り心地は飛行機のファーストクラスの座席すら凌駕するとかなんとか。
ほぼフラットにもなるし、ヘッドセットが置いてあることからして、ヒナはこのチェアに横たわって【OSO】をプレイしてるんだろうな。
うーん、贅沢。
安物のパイプベッドにゴロ寝の俺とは大違いだ。
「? あきのん先輩、キョロキョロしてどうしたんです? あ、私の下着ならあっちのチェストに入ってますよ」
「なんの話!?」
「いえ、見たいのかなーって」
どうしても俺を変態にしたいらしい。
そんなに俺は物欲しそうな顔をしていたのかと少し落ち込む。
「女の子は他の子がどんな下着を着けてるのかって、やっぱり気になりますもんね」
「え? あー、うん。そうね」
なるほど。
ヒナはそう受け取ったのか。
邪なのは俺のほうだった。
いや、そもそも下着を探してたんじゃねーし!
「お姉さま。よろしければ夕飯をご一緒いたしたく存じますが」
「えぇ!? いえ、流石に迷惑でしょうから帰りますよ」
「迷惑などではございません」
「……山科さん……それは私が言うセリフですよ……」
「これは失礼を。日菜子お嬢さま」
どうにも山科さんはメイドである己の立場を忘れがちなようだ。
だが、仲の良い姉妹を見ているようで微笑ましくもある。
そこで俺も自分がなんのためにここへ来たのかを思い出した。
「そうだ。山科さん、ちょっとこれを見て欲しいんですけど」
「なんなりと」
俺は通学鞄から例の小箱を取り出した。
山科さんはそれをそっと受け取る。
そしていきなりの歓喜。
「わたくしへのプレゼントでございますか!? あぁっ! お姉さま! わたくしの胸は喜びではちきれそうにございますぅぅ!」
「違うから! 胸を当てないで!」
俺がこれまでの経緯をヒナと共に語ると、山科さんは『失礼して』と言いながら丁寧に包装を解いた。
そして箱の中から現れたのは────
「ふむ。これは紅葉の形をした七宝焼きの髪留めでございます」




