第127話 お宅訪問
「……これ、どうすればいいんだろ……」
ゲイム部で部活動を堪能した帰り道。
ヒナと寄り添い歩きながら、先程受け取った可愛らしい小箱を手の平で弄ぶ。
ちなみに対戦成績は12勝6敗でだいぶ勝ち越した。
どうやらヒナは調子を落としているようだが、その理由もなんとなくわかっている。
きっと月一で来る例のアレだろう。
……ついでに言うと、先日とうとう俺にも来てしまった……
夏姉が赤飯を炊いて祝ってたのは恨めしい記憶だ……
それにしても、あれほどだるくなるもんだなんて思ってもみなかったよ……
これから毎月あんな目に遭うのか……憂鬱すぎる……
「あぁ、巫子ちゃんからの誕生日プレゼントですか」
「うん……(ふーん。あの子、ミコちゃんていうんだ? クラスの男子は騒いでたけど興味なかったしなぁ)」
「どうすればって、普通に受け取ったらいいんじゃありません?」
「んー、まぁ、そうなんだけどさ。こういうの、結構困らない?」
「ふぇ?」
「だって、わたしにはヒナがいるのに、他の子のプレゼントを受け取っちゃってもいいのかなって」
「(ドキーーーン! ああん! あきのん先輩ったら意外と古風で可愛いー!)そーですねぇ、私としても少し複雑な気持ちにはなりますよ」
「でしょ?」
「でも、巫子ちゃんの気持ちも汲んであげて欲しいです。たぶん、彼女も私と同じように、精一杯の勇気を振り絞ったんだと思いますから」
「……そう、だね……うん、そうかもしれない。流石ヒナ、いいこと言うね」
「えへへへ」
「だけどこれ、なにが入ってるのかな?」
「うーん……大きさからしてアクセサリーとかですかね?」
「えー!? あんまり高いものは貰えないよ!」
「いえいえ、私たちは高校生ですもん。そんなに高価なものは買えないでしょー」
「……」
高級ブランドのインナーをポンと気前よく俺にプレゼントするようなヤツが言っていいセリフじゃないよね……?
あれって余裕の万単位なんですけど?
そもそもヒナだって告られた男から色々貢いで……いや、いただいて……ん?
「そうだ。ねぇ、ヒナ」
「なんです? むぐむぐ」
「いつの間にか買い食いしてる!? しかもクレープ! 夕飯前に食べるとか、太っても知らないよ」
「うぐっ! 的確に痛いところをついてきますね……いいなぁ~あきのん先輩は。すっごくスレンダーで引き締まってるし」
「そりゃ、鍛えてますから……って、そうじゃなくて。ヒナはさ、男子からもらったプレゼントはどうしてるの?」
「ぶふぉっ!」
「ぎゃー! 汚い! なにしてんのさ!?」
「げへっ! ごほっ! ご、ごめんなさい、急に変なこと言うから驚いちゃって」
「もー、仕方ないなぁ」
クリームだらけになったヒナの顔をハンカチで拭う。
なんでかヒナは『にへー』と笑っていた。
「いつもと逆ですね」
「うん?」
「普段は私が幼女のアキきゅんを拭ってあげてますもん」
「あー、あはは。そうだね」
幼女の時は口が小さい分、どうしてもその周りが汚れてしまう。
それを拭ってくれるのはヒナの役目であるらしい。
弟妹がいないヒナには、それがなんとも楽しいのだと語っていた。
俺も妹の春乃が小さかった頃はよく拭ってやってたっけ。
「さっきの質問ですけど、私はですねー……基本的に大抵の贈り物は丁重にお断りしてます。でも、中には強引に渡してくるやたら押しの強い人もいるじゃないですか? そう言うのは……恥ずかしながら、全て山科さんにお任せしちゃってます」
「えっ、丸投げ?」
「はい。彼女が危険そうな人物からの物と無害な物を選別してくれるんですよ。でも、その後プレゼントがどうなるのかは私も知りません」
「!?」
何者なんだよ山科さん。
松宮家の美人お手伝いさんだったはずなんだけど……
もしや忍者の末裔とか女スパイとかなの?
てか、そもそも危険人物からの贈り物とは……?
「あ、だったらあきのん先輩も迷ってるみたいですし、山科さんに相談してみます?」
「へ?」
「我ながらナイスアイデアですね! ではさっそく我が家へゴーです!」
「ちょ、ちょっと、いきなりお邪魔してもいいの?」
「勿論ですよー! 恋人なのに何を遠慮してるんですか!(先輩とお家デートのチャンスですもん! 逃がしませんよぉ~!)」
女の子の、しかも他ならぬヒナの家に行くのは少しばかり緊張する。
大層立派なお屋敷だし、ご家族だっているだろうに。
しかしヒナは気にする様子もなく、俺の手に指を絡めて繋ぎながら閑静な高級住宅街の方へ向かった。
この辺りは『山手』と呼ばれるだけあって高台となっている。
更には地元の名士らが所有する様々なデザインの豪邸が林立し、まさしく高級住宅街にふさわしい景観であった。
そんな魔境の中でも一際大きな建造物がヒナの家だ。
実は以前、一度だけ来たことがある。
かれこれ数か月ほど前のことだ。
俺がゲイム部部室で一人ゲームに興じていた時、見知らぬ女生徒がひょっこりと顔を覗かせた。
いかにも真面目そうなその子はヒナのクラスの委員長で、俺にプリントを数枚手渡し、松宮家へ届けてくれと言い出したのである。
そう、ヒナはこの日、風邪を引いて休んでいたのだ。
なぜ自分で届けないのかと問う俺に、委員長は『畏れ多くてあんな立派なお屋敷には行けません』とのたまったのには驚いた。
俺は『ゲームする時間が減るじゃねぇか』と思いつつも渋々了承し、実際にヒナの家を見て委員長が言った意味を悟ったのであった。
そして肝心のヒナは病院で診察中につき不在であったが、やたら広い応接間に案内され、お茶やお菓子で丁寧にもてなしてくれたのが、件の山科さんなのである。
山科さんとはその一度きりしか会っていないので、とても面識があるとは言えないが、かなりの美人さんだったことは印象に残っていた。
今や俺も女の子であるし、向こうもいちいち覚えちゃいないだろう。
はいっ、『お宅訪問』の時間です。
と言うわけでですね、え~、本日ご紹介いたしますのはこちらのお宅。
松宮邸ですっ。
いやぁ、本当に立派なお屋敷ですねぇ~。
拳を口の下に当てたエアマイクで脳内実況する俺を、怪訝そうな瞳で見上げるヒナ。
そんな目で見ないでよ!
ちょっとやってみたかっただけじゃん!
俺ら庶民はこんな豪邸に縁がないんだからさ!
「ただいまー!」
「お帰りなさいませ日菜子お嬢さま」
門に設置された防犯カメラでヒナの帰宅を確認したのだろうか、玄関の前に山科さんと思しき女性が深々とお辞儀をしたまま待機していた。
しかも濃紺のロングスカートに純白のエプロン、そして長い黒髪を後ろで一本の三つ編みにした頭部にはホワイトブリムと言う姿。
……前に見た時はもっと普通な格好だったと思うんだけど……
こんなコッテコテなメイドさんスタイルだったっけ?
まさか親父さんの趣味とかなの……?
「日菜子お嬢さまが御学友をお連れになるとは、珍しいこともあるものでございます。明日は雪でしょうか」
「し、失礼な!」
切れ長の瞳も表情も微動だにせず、そう言ってのける山科さん。
雇い主の娘であるヒナを敬っているのかいないのかさっぱりわからないが、なかなか豪胆ではある。
それにしても『御学友』って……
何時代の人?
「……おや? 御学友のかたはとても良い目をなさっておいででごさいますね……では、失礼して」
「あっ、山科さんダメッ!」
「!?」
ビュオッ
山科さんが大した予備動作も見せずに右拳を突き出し、いきなり俺に飛びかかって────!?




