第122話 トリックオアトリック
夜の首都アランテルは、普段と別の活気や喧騒に溢れていた。
街は様々な装飾と派手派手しいネオンで飾り付けられ、軽妙な音楽も相まって道行くプレイヤーやNPCも楽し気であった。
────ただし、俺を除いては。
「…………」
「ハッピーハロウィ~ン!」
「ヒャッフー!」
「うぇえーい!」
「……いや、ちっともハッピーじゃないよ……なにこれ?」
己の姿を見おろし、愕然となる俺。
明らかに他の連中と毛色が違うのだ。
ハカセを見れば黒いマントに黒いタキシード。
背中にはコウモリのような羽を生やし、口元から覗くのは鋭い牙。
いかにもなドラキュラやヴァンパイア然とした格好である。
普段から付けているモノクルと長身瘦躯も相まって、とてもよく似合っているのが逆に業腹だ。
黙って毅然としてりゃモテそうなのに……
口を開けばすぐに変態だと露呈しちゃうからね……
キンさんときたら全身を包帯で巻かれ、所々が破れていたり、ほつれていたりと、おどろおどろしいミイラ男が見事に再現されているではないか。
ただ、顔までグルグル巻きのくせに、何故かサングラスだけはしっかりとかけていて思わず吹き出してしまった。
意味あるのそれ?
どっちみちなにも見えないんじゃない?
そしてヒナだが……
ズルいことに猫耳や肉球グローブとブーツ、しかも赤いリボンのついた尻尾で黒猫魔女っ子風なのだ!
更にその尻尾や耳は……なんと、ヒナの感情によって自動で動くと言うとんでもない逸品!!
そして俺に向かって『にゃん』とばかりに招き猫のポーズを決めてる!
あざとい!
でも可愛い!
……うらやましいと思っちゃうのは、俺が完全な女の子になっちゃったからなのかな……?
なんて言うか、こう……自分も可愛くなりたいって……
いかんいかん!
そんな考えじゃますます男から乖離していくぞ!
心を強く持て、俺!
あー、でも、くそぅ!
やっぱ可愛いなあの衣装!
そう、今は大型アップデートに先んじて実装された、ハロウィンイベントの真っ最中なのである。
開始と同時にみんなでイベントマップに特攻し、ハロウィンモンスターから『ハロウィン衣装袋』と言う衣装変更アイテムをゲット!
イベントに相応しいコスプレに変身できるとあって、俺たちは早速ウッキウキで使ってみたところなのだ。
「なに言ってるんですか! アキきゅんこそ、と~っても可愛いですよ! もう食べちゃいたいくらい! ラブ!」
「それって見た目からの感想じゃない!? んむぎゅ~!」
「美味しそうなのはアキきゅんです! ちゅっちゅっ!」
いつものようにヒナは問答無用で俺を抱きしめて顔中にキスをする。
これはゲーム内でも現実でも変わらない。
俺が女の子になってからと言うもの、ヒナが積極的すぎて困るほどだ。
だが今日ばかりは肉球グローブが顔に当たってプニプニと気持ちがいい。
う~ん。
マジでその衣装いいなぁ~!
惜しいのはイベント期間が過ぎれば自動で消滅してしまうのと、戦闘にはなんの意味もない見た目だけの装備と言うことか。
いや、やっぱり惜しくない……
だって……
俺の姿を見ろよ!
ジャックオーランタンを模したと思われるカボチャの帽子に頭を噛み付かれてるんだぞ!?
そしてカボチャの胸当てにカボチャのスカート!
更にカボチャの肩当て、カボチャの手甲、カボチャのブーツ!
しまいにはカボチャパンツときたもんだ!!
全身オレンジ色まみれじゃねぇか!
しかもご丁寧にジャックオーランタンの目や口の部分に炎が宿ってピカピカと明滅するおまけ付き!
いらねぇ!
「このカボチャリュックも可愛いですよアキきゅん!」
「えー!? 背中まで!? なんでわたしだけこんな衣装なの!?」
理不尽すぎるだろう。
他の連中を見てみろ。
我が団員筆頭のマーカーくんは狼男っぽくて格好いい姿だし、サッチーことサチさんは妖艶な女悪魔みたいな衣装だ。
キンさんを『アニキ』と慕うマチャルは、その体躯に似合うフランケンシュタインで、ツナの缶詰さんを『お姉さま』呼ぶ、みっきみきちゃんは……サキュバスのようなちょっとだけエッチなコスプレだけど俺よりはマシと言ったところ。
ちなみにこの4人は、俺たちが最初に育て上げたプレイヤーだ。
今や立派なプレイヤースキルとレベルを兼ね備えた猛者なのである。
「はっはっは。なにを言ってるんだいアキくん。きみなんてまだまだいいほうだよ」
少しくぐもった声で笑うキンさん。
口まで包帯を巻かれているせいであろうが、そんなところまでリアルなあたりも【OSO】開発陣は頭がおかしいと言わざるを得ない。
「あれを見たまえ!」
包帯まみれの指先でキンさんが一点を示した。
無駄に身体をのけ反らせて。
「べろべろばぁ~お化けです~」
振り返ると、そこにはどう見てもただの真っ白なシーツを頭から被っただけとしか思えないツナの缶詰さんの陽気な姿が!
「彼女よりは遥かにまともだと悟ったかね」
「……そもそもあれはコスプレなの?」
「少々垂れ気味だが、ちゃんと真っ黒な目や口が描かれているじゃないか」
「……地味にベロもあるね」
「うむ。立派なお化けの衣装だと思うよ」
「ツナ姉さんはあれでいいのかな……」
「……本人は非常に楽しそうだがね」
フラフラ、ユラユラと他のプレイヤーに寄っていっては『べろべろばぁ~』と両手を挙げてアピールするツナの缶詰さん。
きっとお化けになり切り、驚かせているつもりなのだろう。
プレイヤーたちも引きつった顔で『うわぁ、驚いた』と、いちいち付き合ってあげているようだ。
なんとも優しいヤツらである。
うん。
確かにツナ姉さんは楽しそうだ。
あんな衣装でも喜べるのは見習うべき部分かもしれん。
こうなったら俺も全力で楽しむまでだな。
嫌な現実なんて忘れよう!
「アキきゅん、もうすぐイベントボスが湧く時間らしいですよ」
「おっ、いいね! 面白そう! ヒナ、一緒に行こう」
「勿論ですよー。抱っこしたまま行きますね!」
「それは恥ずかしいからやめて!」
「当然僕も行くよ」
「キンさんの場合は『逝く』じゃないの?」
「よしてくれアキくん! 縁起でもない!」
「あははは! キンさんの特技は即死ですもんね!」
「僕自身が初耳なんだけど!?」
などと笑い合った時。
「ア~キ~ちゃ~ん……トリックオアトリック~」
「ヒッ!?」
まるで冥府からの呼び声がしたかのような心地に思わず悲鳴を上げる。
見ればユラリと悪霊の如く、深々と黒いローブのフードを被った人影が近付いてきていた。
手には長い柄の大鎌が!
死神だ!
「アキちゃ~ん……グヘヘヘヘ……お菓子なんていらないからイタズラさせてぇ~……」
変質者的なセリフと共に、フードから覗く口が邪悪な笑みを浮かべ……
「ぎゃー! ギザ歯ーーー!」
「アキちゅわ~ん! どうしてアタシも誘ってくんないのよー!」
死神の正体はガチレズ鍛冶師たがねさんでした!
逃げよう!




