第117話 ショップ
繁華街────
「騙したな……ヒナ……」
「全然騙してませんよ。ここもデートコースにたまたま入ってたんです」
「それを騙してるって言うんだ……あ、ちょっと用事思い出したから帰る」
「あきのん先輩待ってくださいってば、悪いようにしませんから! ちょっとだけ! ちょっとだけです!」
「やだ! その言いかたもなんかやだ!」
「えっ、なになに? 痴話喧嘩?」
「二人とも超可愛くない?」
「おいおい、マジパネェ子たちなんですけどォ。声かけちゃおっかなァ」
「やぁめとけよ。オメェのツラじゃ無理だわ」
「ンだとテメ」
「(先輩のふくれっ面も可愛いですね!)ほらほら、みんな見てますから。観念してくださいよ、あきのん先輩!」
「ちょっ、こら、押すなって、入りたくない……! 入りたく……んぎぎぎ! ……なんでこんな時だけ力が強いの!?」
グイグイとヒナに背中を押され、半ば無理矢理店内へ押し込まれる。
俺とヒナはデートをするべく賑やかな繁華街へと来ていた。
それと言うのも『美味しいパンケーキのお店が繁華街に出来たんですよー。明日一緒に行きませんか?』などと、ヒナの甘言にまんまと乗せられた形でだ。
今にして思えば俺をこの『ショップ』へ連れて行こうとするヒナの策略だったのであろう。
最近の俺が急激に甘いものを欲するようになったのを利用して。
まさに『甘言』ってか?
……ははは……
いや、ちっとも笑えねぇ。
だって見ろよこれ!
俺の眼前にズラリと並ぶは、色とりどりの……
下着!!
そう、ここは某有名高級ブランドの女性用インナーショップだったのである!
ドドン!
いやいや、変な効果音もいらねぇから……
まだ俺は女子になったつもりはないんですけど!
ってかマジ、目の毒すぎる!
「くっ!」
「ほらほら~、どれにします~? あっ、これなんてあきのん先輩に似合いそうな色ー」
思わず目をそむける俺に、容赦のない追撃をかますヒナ。
ピラピラと音がするのはきっと俺の顔に下着を近付けているからだろう。
なんの拷問だこれぇ!?
俺は洋服屋の類がはっきり言って嫌いである。
服なんて着られれば何でもいいタイプなのだ。
現に今もTシャツにパーカー、そしてジーンズと言うラフなスタイルだった。
だがそれをヒナに伝えたところ、ものすごく怒られたのを思い出す。
やれ『素材はいいのに勿体ない』だの、『私に是非コーディネートさせてください』だのと言われた覚えもあった。
それはまだいいのだが、俺のショップ嫌いたる最大の所以は────
「いらっしゃいませ~。何かお探しですか~?」
これ!
これだよ!
店員の声かけ!
ゆっくり見たいのに、さっさと決めろと言わんばかりのこれ!
このクソみたいな慣例がどれだけ購買意欲を削ぐことか!
自分で決められねぇ時に呼ぶから、取り敢えずはほっとけっての!
入店直後にマッハで近寄ってくんな!
「あ、これはこれは松宮さま。ご来店、毎度ありがとうございます」
「こちらこそお世話になってますー」
店員に対してペコンと礼儀正しくお辞儀をするヒナ。
金持ちの癖に腰が低いところなどはとても好感が持てる。
さすが俺のヒナ。
店員を人とも思わないような態度をとるそこらのカスどもとは大違いだ。
……あれ?
待って。
ヒナは毎回ここで下着を買ってるってこと……?
この中に今ヒナがはいてるパンツがあるってこと……!?
ハァハァ!
変態!
と、己の中のキンさんに似た悪魔に張り手を食らわせる。
まさに獅子身中の虫。
いやいや、今はそれどころじゃねぇだろ。
これってつまり、俺もヒナと同じような下着を着せられる流れか!?
「それで、松宮さま。本日はどうなさいましょうか? 新作のブラなどもございますが」
「えっとですね、この人に見繕ってあげて欲しいんですよ」
「わぁ、可愛らしいお連れ様ですね。ええ、喜んで。では上下のセットにいたしますか?」
「えへへー、そうでしょう? うーん、そのほうがいいかもしれませんねぇ」
やだぁ! と声を上げながら逃走しそうになるが、なんとか踏みとどまる。
奇声を発してヒナの立場を悪くするわけにはいかないのだ。
逃げずに堪えられたのには、もうひとつ理由があった。
それも非常に情けない理由だ。
ヒナが少し前に言った通り、体育の授業などで走った際、こすれて胸が痛むようになったのである。
俺なりに工夫したのだが何度試しても痛いものは痛い。
正直に言えば少々辟易していたところなのだ。
「どうやら彼女、走るとこすれちゃってるみたいでして」
「まあ! それは痛い思いをなさったでしょう!」
「!?」
くそぁ!
ヒナのヤツめ、全部説明しやがった!
しかも俺を『彼女』っつったか!?
うおぉ……なんたる屈辱……!
「ではお連れ様、こちらへどうぞ」
「……は、はい……(うわぁ、やだなぁ……)」
俺は店員に促されるまま、嫌々試着室へ連れ込まれた。
そして何故かいかにも当然と言った風な、なにくわぬ顔でヒナも乱入してくる。
「ではサイズをお測り致しますのでお召し物はこちらへ」
「脱げってことですか?」
「はい」
「わくわく」
ワクワクすんなヒナァ!
なんだその期待に満ちた目は!?
くそっ……!
半ばやけっぱちにパーカーとTシャツを脱いで籠に入れる。
白日の下に曝け出される俺の裸身。
うぅっ。
ヒナの舐め回すような視線が痛い。
「……くっ……あきのん先輩……いつの間にそれほどの成長を遂げたんですか……負けたかも……」
「勝ち負け!? 全然嬉しくないよ!?」
「はーい、では両手を横に広げてくださいねー」
動じない店員は俺の胸囲をメジャーで測っている。
プロとしか言いようがない。
「お連れ様は色も綺麗ですねー」
「色!? なんの!?」
「あきのん先輩のは形もツンとしてて素晴らしいですよね」
「なに言ってんのヒナ!?」
「はい、計測はこれで終わりです。では松宮さま、ブラの種類はいかがいたしましょう?」
「そうですねぇ、なるべく動いても保護出来るような……後は圧迫感もないほうがいいかもです」
「それですとノンワイヤーかスポーツブラがよろしいかもしれません、いくつか見繕って参ります」
「あ、お願いしますー」
俺のあずかり知らぬところでとんとん拍子に話が進んでいく。
ヒナと店員の会話が怪しげな呪文のようにしか聞こえない。
そこからの俺はまるで着せ替え人形状態であった。
店員が次々に持ってくる下着を嬉々としてヒナが着けてくる。
俺は両手を広げたまま棒立ちだ。
二人がかりで俺の胸を矯めつ眇めつされるのはなんとも居心地が悪いし恥ずかしい。
そんな地獄が一時間以上も繰り広げられたのである。
「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしております!」
店の外にまで出て来て俺たちを見送る店員の声が、やたらツヤツヤしていた。
隣を歩くヒナも頬をテカらせ、満足そうに笑っている。
目の保養とでも言いたげだった。
「つ、疲れた……」
「あきのん先輩の可愛い裸体を目に焼き付けましたよ!」
「記憶を失えっ!」
「あははは、楽しかったですー! じゃ、あきのん先輩これ」
ボスッと下着の入った袋を俺に渡すヒナ。
「ちょっと早いですけど、私からあきのん先輩への誕生日プレゼントです!」
「え!? いやいや、こんな高いのもらえないって! ちゃんとバイトしてお金返すよ!」
「いいんですよー! その代わり、私の誕生日の時に期待してますから!」
ヒナはいたずらっ子みたいに片目を瞑る。
金持ちのこいつに見合うような誕生日プレゼントって……
とは言え、せっかくの厚意を無下にするわけにもいくまい。
突っぱねて悲しげな顔をされるのはまっぴら御免だ。
「……わかったよ。ありがとうヒナ、大事にする」
「はいっ!」
弾けるようなヒナの笑顔に、何故か少し救われた気分となる俺なのであった。




