第116話 北伐
「父上~! 今度こそランスロットを確保してきます!」
「うん、期待してるね。モーちゃんも気を付けて。いってらっしゃい」
「ま、わらわもおるから大船に乗ったと思うがいいのじゃ。ヒナよ、アキを頼んだぞ」
「任せてくださいヴィヴィアンさん。アキきゅんを見守るのは得意です」
「栗毛サングラスのかた……女性とは怖いものですね……」
「心中お察ししますよ、マーリンさん……ちなみに僕の名はKINTKです。そろそろ覚えていただけると……」
俺たちは今、首都アランテルの西大門でモードレッドちゃん一行の旅立ちを見送るところであった。
ブンブンと元気よく手を振りながら去っていくモーちゃんたちに一抹の不安を覚えるが……
彼女たちが掴んだ情報によると、【湖の騎士】ランスロットらしき人物が、今度は西のほうで目撃されたと言う。
やっぱ強力なNPCは邪神を打倒するのに必須だと思うんだよね。
同じ円卓の騎士であるモーちゃんなら説得も上手くいく可能性が高いしさ。
しかもヴィヴィアンさんとマーリンさんまで揃ってりゃ今度こそなんとかなるでしょ。
……まぁ、マーリンさんはちょっと精神を病んじゃってるみたいだけど。
どうも邪神ヘルに囚われてた時になにかあったっぽい。
その話題になると彼の目から光が消えちゃうもんだから、こっちも聞くに聞けなくてなぁ。
ヘルってSMの女王様みたいな雰囲気だったし、人には言えないようなことをされてたのかも……
キンさんも短時間とは言え捕まってたから、マーリンさんの気持ちを分かち合える唯一の人物なんだろうな。
同じ男性同士なんで尚のこと、ね。
……あれ?
おかしいな。
俺も男性のはずなのに……
もうカテゴリ的には微妙なライン……?
いやいや!
俺は男だ俺は男だ俺は男だ俺は男だ────
「なに唸ってるんですかアキきゅん?」
浮遊感。
ヒナが後ろからヒョイと俺を抱き上げたのだろう。
俺の身体が変異を起こし始めてからと言うもの、ヒナは献身的に俺を気にかけてくれる。
現実でも【OSO】でも。
ちょっと面白がってるような節はあるものの、それで俺がどれだけ救われていることか、どれだけ感謝していることか。
「ありがとねヒナ」
「はい? なんです急に」
「だって、いつも一緒にいてくれるから……お礼くらい言わせて」
「やだもう、水臭いですよ。アキきゅんのいるところに私在りです」
「……ずっと?」
「(キューン! そんなすがるような目で見上げられたら私はもう我慢できません!)ええ勿論! いつまでもずっとです!」
「……わたしが女の子になっちゃっても?」
「むしろ大歓迎! ……こほん。ではなくてですね、私は『アキきゅん』と言う人物を好きになったんですよ。性別なんて関係ありません」
「う、嬉しいけど、なんかそれはそれで色々間違ってるような……」
「ほらほら、そこの百合たち。置いてっちゃうよ? レズってないで、いったん部屋に引き上げよう」
キンさんが鼻歌まじりで踵を返す。
曲はどこかで聞いたようなアニソンだ。
俺たちが百合ならあんたは薔薇だろうが。
さっきマーリンさんと熱い抱擁をしてたの見たぞ。
とうとうホモに目覚めたのかな?
部屋に戻るのは北伐で消耗したアイテムを補充するためだ。
現在の俺たち、と言うか俺たちで育て上げたプレイヤーのみんなは、北を目指して驀進中だった。
目的地は北の果てにある街『ノースエンド』である。
勿論だが目指す理由もはっきりしている。
言わずと知れた新大陸への玄関口が、そのノースエンドなのだ。
既に渡航経験のある【OSO University】や【翰林院】の連中とも協議した結果、邪神アポピスに挑む挑まないは別として、新大陸の現状を調査しておくべきだとの見解で一致した。
邪神が復活し、総員撤退の憂き目に遭って以降、誰もあちらへ渡った者は居ないと言う。
状況が解らないのでは攻略も討伐もなかろう。
とは言え、我々もまだ北伐の途中ではある。
魔法都市を抜け、時計塔を擁する機械仕掛けの街を越え、その更に先へ────
まぁ、道中も結構苦労してるんだけどね。
特に魔法都市のエリアキーパーがひどかった。
聞いて驚くなよ。
なんとボスとのソロ戦だったんだ!
あり得なくね!?
しかも職業によってボスが変化するの!
救いは人型サイズってところだけだったな。
でも、形は確かに人間なんだけど、なんて言えばいいのか……
例えるなら真っ黒なスライムがデロデロになりながらも、かろうじて人型を保ってるって感じ?
設定的には狂気の魔導士が生み出した魔法生物ってことらしいが……
そいつがまたかなり強くてなぁ。
俺やヒナなんかは順当な育て方をしてたからまだどうにかなったけど、キンさんあたりはすっげぇ苦労してたな。
やっぱ奇抜なステ振りも考えもんだね。
みんなクリアできて良かったよホント。
ってかね、一番厄介なのはポータル対策されてることだ。
例えば、誰かが出したイーストエンドへのポータルに俺が乗ったとしても転移できないわけ。
首都アランテルや魔法都市もそうだったけど、対応したエリアキーパーを倒すのが街へ入る条件なんだ。
つまり初回は自力で到達せにゃならんのよ。
ま、ズルして進んでも全然面白くないもんな。
どうせやるなら全部楽しみたいしさ。
あぁ……今や俺の癒しはこの【OSO】をプレイしてる時だけだよ……
過酷な現実を忘れられ、大好きなゲームに没頭できる貴重な時間……
俺を悩ませている原因も【OSO】なんだけど、この際それには目を瞑ろう。
なんてことを考えながら南大門近くの定宿へ向かう。
時刻は深夜だけあって西門付近は人気があまりない。
だが、中央噴水広場へ近付くにつれ、活気が増して行った。
夜中だってのにみんな元気だねぇ。
「幼女ちゃん、掘り出し物あるよ。寄ってかない?」
「ごめんね、また今度」
「おっ、アキ姫ちゃん。回復剤の件なんだけど、もうちょい待ってくれないか?」
「うん。わかった」
「アキちゃん、ヒナちゃん。今日も可愛いわね」
「あはは、ありがと」
「アキさま! 仕入れはいつものとこでいいんですかい!?」
「うん! お願いします!」
顔見知りの通行人や露店商人から次々に声がかかる。
無視するわけにもいかず、それなりに対応せざるを得ない。
後ろからは呆れたような感心したようなヒナとキンさんの会話が聞こえてくる。
「はぁ~……アキきゅん、すっかり有名人ですねぇ」
「だいぶ派手にやっちゃったからね……だけど、レベル上げも出来ず燻ぶっていた人にとってアキくんは救世主だと思うよ?」
「かもしれませんね……でも、すっかり幼女が板に付いちゃって……かわいいですけど」
「金髪碧眼幼女で強いとくれば、そりゃあ人気も出るはずさ。正直羨ましいくらいだよ」
「あははは、キンさんだって人気あるじゃないですか」
「……だが寄ってくるのは何故か男ばかり……うぉおおお! なんでじゃあああああ!」
久々に出たキンさんのキレ芸に、思わず俺も笑ってしまうのであった。




