第113話 腐ってやがる……
「あっ、おはようございます! あきのん……せん……ぱ、い? 誰です!?」
「俺で合ってるよ!?」
「OREさんなんて人は知りません!」
「違うわ! ボケるにはまだ早いぞ! って、このやり取り前にもやったし!」
「えっ、ちょっ、ホントにあきのん先輩なんですか!?」
「……おう……やっぱり変か?」
「変どころか女の子にしか見えませんよ! 声もだいぶ高くなってません!?」
「やめてヒナ……現実を突きつけるのやめて……これでもかなりショックを受けてんだからさ……」
「うわぁ、土日に会わなかったのは失敗でしたね! あきのん先輩が徐々に変化していく様子をじっくり観察したかったなぁ!」
「そっち!? ちょっとは心配しろよ! お前思い切り面白がってるだろ!」
「はいっ!」
すっげぇ綺麗な瞳と声で断言しやがった。
純度100%の好奇心のみかよ。
それでも俺の彼女か。
確かにこの土日はほぼ【OSO】にログインしっ放しと言ってもいいくらい遊んでたからな。
俺自身ですら己の変化に気付きもしなかったぞ。
流石にメシの時は夏姉が泣くからログアウトするけど、マッハで食ってすぐ部屋に戻ってたし、姉ちゃんたちも気付いてなかったっぽいのはさっきの反応を見てもわかる。
段々と死にたい気分に陥ってくるが、登校時間は待っちゃくれない。
俺はともかく、優等生のヒナを遅刻させるわけにはいかん。
理事長たるヒナの親父さんにも申し訳ないからな。
少し早歩きしよう。
ヒナは風になびくツインテールを手で押さえながら、俺のシケたツラをジロジロと見ている。
その気持ちは理解できるが、ジワジワ頬を染めていくのはさっぱり意味がわからない。
「……なんで赤くなってんだよ」
「い、いやー、なんかすっごく可愛いなぁって思いまして……」
「そろそろ泣くぞ俺。ってか俺にはヒナのほうがよっぽど可愛く見えるよ」
「えっ、そ、そうですかぁ~? えへへへ~」
うむ。
テレテレ顔のヒナもキュートだ。
「あきのん先輩。思ったんですけど、それってやっぱり長い時間幼女姿だったのが影響してるんですかね?」
「お、ヒナもそう思う?」
「脳波に干渉するゲームですから、その可能性は否定できません」
「だよなぁ……」
「それであの……」
「ん?」
「身体のほうも変化が……? ……なくなっちゃったとか」
「あるよ!? いや、なにが!?」
「ナニがだなんて言えませんよぅ!」
「じゃあ聞くなよ! いや、今いったよね!? この先どうなるかわかんないけどまだあるから!」
「そ、そうでしたか……ホッ」
なにに安心してんだこいつは……
こっちは死活問題だってのに……
「あのですね。女性ホルモンが増えると、身体つきも丸みを帯びて女性らしくなるみたいですよ」
「そうなの!? そんなのやだ!」
「(くぅっ! ナイス反応です! 『アキきゅん』でいる時も、あきのん先輩の時も可愛いなんてズルいですね……!)真面目な話、休み時間とか逃げたほうが良くないですか?」
「へ? なんで?」
「……きっと囲まれますよ~……女子からも、そして男子からも……!」
「!!」
恐ろしいことをさも面白げに言うヒナであったが、果たしてその言葉通りとなってしまった。
「よう、火神」
「……おう、前園(精一杯の低い声で……)」
「…………? お前、なんでパーカーのフード被ってんの? まだ暑ぃだろ?」
ぐっ。
前園の癖に至極ごもっともなご意見!
ちなみにこいつは俺の前の席に居座る前園だ。
名前なんて覚えなくてもいい。
「ちょっと風邪ひいちまってな……」
「…………」
「……なんだよ? さっさと前を向いてろ」
「……秋乃、ちゃん……?」
「!?」
この野郎!
嫌なことを思い出させやがって!
前園と初めて出会った時、コイツは名前と見た目から俺を女子と勘違いしてそう呼んだんだ。
あの頃はもっと中性的だったもんな俺……
まぁ、当然前園には俺が男だとすぐさまわからせてやったけどね。
「……お前……実はやっぱり女の子だったんだな」
「!? んなわけあるかっ! なんだよ『実はやっぱり』って!」
「前から怪しいと思ってたんだよなぁ……男にしちゃ線が細ぇし……顔もなんだか可愛いし……お前見てると時々胸がドキドキするし……」
「ぅおぇっ! キモいこと言ってんじゃねぇぞ!」
「なんか声も可愛くなってね?」
「!」
慌てて自らの口を両手で塞ぐ。
くそぁ!
突っ込むのに夢中で油断したぁ!
クソ園め、俺をそんな目で見てやがったとは……!
この変態が!
大体テメェ、ヒナが好きだったんじゃねぇのかよ!
キーンコーンカーンコーン
「おーい、席につけー。授業始めるぞー」
鐘の音と共に教室へ入ってくる教師。
彼の背からはまるで後光が見えるかのようであった。
うおぉ!
神降臨!
マジ助かった……
なるべく指されないように顔を伏せ授業をやり過ごす。
ポイントは顔を伏せすぎないこと。
やりすぎると寝ているのではないかと疑われてしまうのだ。
この匙加減が難しい。
地獄にも似た50分間を耐えきり、ようやく訪れた休み時間に身体中を弛緩させた。
────しかし、真の地獄はここから始まるのであった。
突然立ち上がり、俺の顔を舐め回すように見つめる前園。
しかし、別段なにか言い出すわけでもなく、そのまま席を離れていく。
ホッと胸を撫で下ろした時、前園がとあるグループの元へ歩み寄るのが見えてしまった。
お、おい……
あの子らって確か……
そのグループは数名の女子で構成されているのだが、あまりいい意味ではない方向で有名だった。
そんな女子たちへ何事かゴニョゴニョ囁く前園。
耳をそばだてる女子。
数瞬後、ババッと凄まじい勢いで女の子たちが一斉に俺を睨んだ。
いや、これは睨みじゃねぇ。
獲物を見つけた鷹の目だ!
狩られる!
俺はすぐにでもこの場を離れようと決心した。
だが、立ち上がるよりも速く彼女たちは行動し、まるで忍者の使う影分身のように俺の席を一瞬で取り囲んだのだ。
今どうやったの!?
全く足を動かしてなかったよね!?
くのいちかお前ら!
ズイッととんでもない迫力で俺を見おろす女子グループ。
なんと、全員がメガネっ子だ。
そして俺の前に立った赤縁眼鏡の女子、山崎さんがこう告げた。
「……火神くん……あなた男の娘なんですって!?」
「はぁあ!?」
なにを言いやがったんだ前園ォ!
「ねぇ、火神くんは攻めなの!? 受けなの!? そんなに可愛いならやっぱり受け!?」
「もしかして股間とお尻の間にもうひとつ穴があったりしない!?」
「う゛っ……火神くん……ホントに耽美だわ……! 素敵……!」
周囲からの一斉攻撃!
この腐った女子どもめえええええ!
────そう、山崎さんをはじめとするこのグループは、全員が『腐女子』なのだっ!
「ねぇ、ちょっと脱いでみてよ」
「私からもお願い!」
「全部見せて! そしてスケッチさせて!」
「うふふふ~……創作意欲が湧きまくるわぁ!」
「い、い、いやだぁぁぁぁ!!」
ブワワッと溢れる涙を拭いながら、俺は教室を飛び出すのであった。




