第109話 深淵に潜みしは
「……ぅっ……ぷ……」
「ツナ姉さん大丈夫?」
「あんまり我慢しないほうがいいですよ」
「そーそー、ヒナの言う通り。辛かったらログアウトしてもいいからね」
「……いえ、この程度……へっちゃらです」
『へっちゃら』などと、普段彼女があまり口にしない単語が出るあたり、ツナの缶詰さんは相当テンパっているようだ。
それも無理からぬことではある。
この通路というかトンネルというか、とにかく地下へと誘うようなこの道は、得体の知れない臓物で溢れかえっているのだから。
それもやたらと活きが良くて新鮮な。
太い大腸と思われる臓器はいかにも健康そうに蠕動を繰り返しているし、無数に血管を張り巡らせた良くわからんデカい肉の塊は不気味な脈動を続けていた。
小腸に至っては、ビタンビタンと床や壁を打ち鳴らすほどピッチピチだ。
正直言って、俺も出来ることなら近付きたくも触れたくもない代物である。
「なんだか何者かの体内に入り込んだみたいだな」
「もしやここは巨人の腹の中ですか?」
「やめれヒナ。ここが直腸だったら嫌すぎるぞ」
「あっははは! アキきゅんは汚い想像が好きですねー」
「好きなわけあるかっ!」
「それにしてもこの臓器……ずっと先まで続いてますよね」
「うん。まるで生きてるみたいだ」
「……これが本当に生体だとしたら、栄養はどこに送られてるんですかね?」
「マジやめれ! なんか巨神兵を思い出しちゃうだろ!」
「あはは、私もそう思ったんですよー」
「あんなのが出てきたら王蟲じゃなくてプレイヤーがビームで薙ぎ払われるわ!」
「……お、お二人は何故そのように平気なのですか……うぷっ……特にアキさんはまだ幼いと言うのに……」
フルフェイスの兜で顔はわからないが、いかにも青ざめている様子なツナの缶詰さん。
吐き気のせいであろう、口元に手を当てているのがその証拠だ。
うんうん、これが普通の女子的反応ですよねー。
やっぱスプラッタゲー慣れしてるヒナがおかしいんだよ。
そもそも心霊ゲームは苦手でもスプラッタは得意とか意味わかんねぇし。
ってか俺、幼くないよ!?
見た目が幼女なだけ!
「ま、人には得手不得手があるからね。ツナ姉さん、なんなら目を瞑っていてもいいよ。わたしが手を引いてあげる。そうすれば怖くないでしょ?」
「(ドキーン!)この程度の怪異など全く恐れてはおりませぬが……ぜ、ぜ、是非ともお願いいたします!」
(……完全に強がりじゃん)
(明らかな強がりですよね……)
俺とヒナはアイコンタクトだけ会話し、頷き合う。
内容は『このまま何も言わず突っ込まないであげよう』と言う意見で一致したのである。
ツナの缶詰さんは現状でも騎士役を絶賛ロールプレイ中だ。
わざわざそれを阻害するのも無粋というもの。
実際、俺が握った彼女の手は小刻みに震えている。
それほどまでに怯えつつもログアウトしないのは、俺を守ると言う誓いを立てた騎士としての使命感かもしれない。
ぶっちゃけすっげぇツッコミたいけどね。
でも、敢えてそっとしておくのが優しさってやつよ。
さてと。
いつまでもこんなとこでグズグズしてらんねぇな。
後ろの階段から気配と足音がする、ってことはNPCも追ってきたんだろ。
つまり目的地はこの先で間違いないわけだ。
「じゃあ、行くよ。ツナ姉さん、わたしの指示通りに歩いてね」
「りょ、了解です」
「ヒナ、隊列交代。先頭をお願い」
「アイアイサー」
ピシッと可愛らしく敬礼して前に出るヒナ。
のたうつ臓物を器用にぴょんぴょん避けている。
うむ、流石だ。
INT-DEX型は伊達じゃないな。
あいつ、元々運動神経いいし。
……頭脳、容姿、身体能力の三拍子揃ってるなんて、こいつ完璧超人か。
そんで俺の彼女とか、あり得ねぇわ。
よくもまぁ俺なんかに惚れたもんだ……
あっ、ノロケじゃないの!
石投げないで!
「よし、ツナ姉さん。まずは真っ直ぐだよ。合図したら大きく跨いで」
「この身、全てアキさんにゆだねます」
それから俺たちはしばらくの間、コケることもなく思ったよりも順調に進んだ。
ただ指示しながらである以上、どうしても歩みは遅い。
歩みが遅いと言うことは────
「!? アキきゅん! 後ろ! 後ろからNPCたちが来ちゃってます!」
「なんだって!? クソッ! やっぱりか! 急げ急げ!」
「言葉が汚いですよ!」
「あらいやだ、おほほ……って、突っ込むとこそこ!? いいから走れ!」
予想通り、NPCたちの歩行速度以下だったようで、あっさりと追いつかれてしまった。
生気のないゾンビみたいなNPCの群れがぞろぞろうようよしている様は、ちょっとしたホラーだ。
そして甚だ困ったことがもうひとつ。
いくら広い通路とは言え、ああも密集されては退路が断たれたも同然なのである。
だが、どのみち戻るなんて選択肢は元々ない。
囚われのキンさんがこの先で待っているのだ。
ガチムチのマッチョに囲まれヘロヘロの状態で。
「ツナ姉さん! ジャンプ! 次は大股! そこで右にステップ!」
「はいっ! はいっ! はいぃぃ!」
きっちりと俺の指示をこなすツナの缶詰さん。
目を閉じたままでもこの身のこなし。
彼女も元から運動神経がいいらしい。
「ひぃぃ! 追いつかれちゃいますよアキきゅん! すぐ後ろまで来てます!」
とか叫んでるヒナだが、自分だけはだいぶ先まで逃げているのがズルい。
なんと薄情で狡猾な。
あとで尻をモミモミ……失礼。
ペンペンしてやらねば。
「くそぁ! こうなったら最後の手段!」
「え? えっ!? アキさん!?」
「ふんぬぬぬぬぬ!」
もがくツナの缶詰さんを強引に背負い、ガバリと立ち上がる俺。
全身鎧のごっつい騎士を軽々と担ぐ幼女。
STRカンストのパワーをとくと見よ。
「行くぞ! おりゃあああぁぁ!」
「な、なにがどうなって……!? ひぎぃぃ!」
どうやらツナの缶詰さんは未だ目を閉じたままらしく、事態が全く把握できていないようだった。
だがそんな些事に構っている暇はない。
俺はスーパーマ○オよろしく、うねる小腸を飛び越え、膨縮を繰り返す臓器の隙間を駆け抜けた。
気分的にはどっちかってーとヨ○シーだけどな!
どれくらいの間走り続けただろうか。
夢中だったのでよくわからないが、相当な地中深くにまで到達したと思う。
気付けばいつの間にかヒナが立ち止まっている。
俺の足も自然と、そして無意識に動かなくなった。
何故ならば、突如として眼前が開け、超巨大な岩盤をくり抜いたような空間と────
「これは……屋敷……? 館……?」
中世風で立派としか形容のしようがない、城とも見まごうほどの大きさを誇る建物が現れたのであった。




