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第108話 胎動



 大地の慟哭を思わせるほどに不気味で不吉な鐘(?)の音以降、更に濃密さを増していく赤い霧。

 まさに一寸先は闇と言える血霧の中でも迷うことなく同じ方向へ歩くNPCたちの間を、縫うように駆ける俺たち一行。

 キンさんの声もほぼ途絶えた今、彼らだけが唯一の手掛かりだった。


 ところでさぁ、二人ともそろそろ降ろしてくんない?

 未だに宇宙人連行状態のままだぞ。

 一応俺も走ってるていを醸し出すために足は回転させてるけど。

 こらヒナ! ツナ姉さんも!

 萌え萌えの恍惚とした顔で俺を見るんじゃない!

 ちっちゃくてわるぅござんした!


 それにしても、NPCがこんなにいたとはな。

 いったい、どこから湧いてきたんだよ。

 ……もしかしてこいつら全員BANされたヤツなの?

 多すぎねぇ?


 って、なんだあいつ!?

 後ろ向きで歩いてる!

 奇行種か!?

 じゃなくて、バグってんのかな?


 しかし、あれでよく転ばないもんだ。

 ちゃんと他の連中と同じ方に歩いてるし。

 自動モーションなんだろうけど、めっちゃキモい。

 うわ、こっち見んな。


 ドロリと濁ったまなこで俺を見るNPC。

 目が合った瞬間、反射的にブッた斬りたい衝動と怖気おぞけが背中を走る。


 おっとと。

 いかんいかん。

 向こうから襲ってきたならともかく、いきなり無害なNPCを斬っちゃマズいよな。


 この【OSO】では、NPCが死んだ場合どうなるのかもわからんし。

 他のゲームだと何事もなかったように生き返ったりするけどさ。

 しまいには攻撃した途端に無敵化してこっちが殺されるなんてこともあったぞ。


 もっとひどいのになると、誰がったのか知らんがストーリーに関わる重要NPCなのに生き返らず、ゲーム進行がそこで完全に止まっちまうケースもあったくらいだ。

 しかも運営の対応が遅すぎて、修正されるまでの数か月にプレイヤーの引退が相次ぎ過疎りまくってた。

 俺もヒナも御多分に漏れずそこでリタイアしちまったが、その後結局ユーザーの信頼を取り戻せずサービス終了を迎えたそうだ。

 なーむー。


「アキきゅん、なんだか人が増えてません?」

「うん。わたしも思ってた」


 俺の右手を握るヒナの言う通り、進むにつれてNPCが増えた気がする。

 いや。

 これは増えたというよりも────


「密集、ですか」

「だね。さすがツナ姉さん」

「むー」


 むくれるヒナを可愛いと思いながら、俺の左手を握ったツナの缶詰さんに大きな頷きを返す。

 そうなのだ。

 増加したのではなく、バラけて歩いていたNPCたちの間隔が狭まったために人口密度が上がったように感じる、と言うほうが正しいのである。


「こりゃさっさと前に出たほうがいいかも」

「ふぇ? なんでです?」


 ただでさえ大きな瞳を見開きキョトンとするヒナ。

 普段の知性はどこへやら、その欠片すら失ってしまったかのような白痴美とでも言うべき表情よ。


 こらこら。

 頭いいんだからそんな顔すんな。

 もしヒナがアホの子だったとしても俺は好きだけどさぁ。


 だが、ツナの缶詰さんは俺の言わんとしていることをいち早く察したようで大きく頷く。


「……なるほど、流石アキさんです。早速実行いたしましょう」

「うん、ここからは回避重視。縦列で行こ」

「了解です。では私が殿しんがりを」

「よろしくツナ姉さん」

「お任せあれ」

「ちょっ、なんですかー!? 二人だけでわかっちゃって! わからない私がアホってことですか!?」


 流れるような会話に交じれず、ヒナが河豚フグのように頬を膨らませた。


 なんだ。

 アホの子だって自覚あるのか。

 なーんて口が裂けても言えないな。

 勉強ではヒナに一切勝てねぇし。

 むしろ教わってるし。

 年下から教わる俺のほうがぶっちゃけ情けない。


「ヒナ、いいから間に入って。わたしが先導するから」

「むーっ」

「そんなにむくれるなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

「えっ? ……えへへへー」


 先頭に立つ俺の後ろからヒナの照れ笑いが聞こえた。

 振り返らずとも、彼女が頬を染めてモジモジしている姿が容易に思い浮かぶ。

 こんなチョロ……げふんげふん……いヤツにはヒントをあげねばなるまい。


「つまりあれだ。NPCが密集してるのは、目的地が近いって証拠ね」

「!」


 この一言でヒナもピンときたらしい。

 察しのいい彼女にはこれ以上の説明は必要なさそうだった。


 無数のNPCが集う一点。

 そこに囚われのキンさんがいる。

 そして多分、モードレッド(モーちゃん)一行も。


 ひょいひょいと連中を避けながら進むにつれ、フラフラノタノタと歩くNPCの群れは綺麗な二列になっていった。

 それを見て取った俺たちはヤツらの列から離れ、外側から一気に抜き去る。


 そして先頭者の前へ出た時、ついにその目的地を見つけたのだ。


「……ここ、だよね?」

「……あからさまですもんねぇ」

「……間違いないと思われます」


 俺が確認したくなるのも仕方あるまい。


 なにせ、普通の地面にポッカリと大きな階段が突如現れたのだから。


 背後にはNPCの気配。

 彼らもここを目指している。


「……いかにもすぎて嫌な予感しかしないんだけど……」

「私もですよぅ!」

「奇遇なことに私もです」


 階段から立ち昇る不気味な気配に怖気おじけづく俺たち。

 意外とビビりのヒナはともかく、ツナの缶詰さんが真面目な顔で震えているのはちょっと可愛らしい。

 これがギャップ萌えというやつだろうか。

 だが、躊躇している暇はない。


「ひぃ! 後ろからいっぱい来てますよ!」

「しかも訓練された騎士のように見事な隊列です」


 これだもんな。


「ええい! ままよ!」

「私はママじゃないです! ……将来的に結婚したらママになるかもしれませんけどぉ……てへへ」

「ならば僭越ながら私がアキさんのママとなりましょう」

「そういう意味じゃないよ!? 二人ともトチ狂っちゃったの!?」


 アホアホな会話はさておき、俺を皮切りにヒナとツナの缶詰さんも清水の舞台から飛び降りるつもりで大階段へ飛び込む。

 そして一目散に駆け下りた。

 まるで迫り来る恐怖から逃げるように。


 しかし異変イベントと言うものは俺たちの逃走を常に阻むものなのだ。


 かなりの深さまで下り、ようやく平坦な通路へ出たその矢先であった。


 石造りだった階段は一変し、広い空間はずっと先まで────


 ドク……ン ドク……ン


「なっ、なんだこりゃ!?」

「うわっ! キモッ! キモいですよ! なんですかここ!」

「……ぅっぐ……私……騎士として情けないことにスプラッタは苦手なのです……」


 ────赤黒い血と粘液にまみれた臓腑で満たされていた。


 ドク……ン ドク……ン



 それも、まるで生きている証の如く、胎動を伴って。




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