第104話 赤き霧の村
変態ガチムチNPC集団に攫われたキンさんを追跡中の俺たち。
人間一人を担いでいる上、山道だというのにヤツらの速度はまるで落ちない。
それほど急勾配ではないものの、申し訳程度に踏み固められたか細い道は、山の裏側に回るようなルートとなっていた。
辺りは陽光も翳り、枯れ木の木立は長い長い影を落としている。
空気は少し寒々しくなって、日没が間近であることをひしひしと感じさせた。
「ヒナ、ツナ姉さん。暗くなってきたけど、時間のほうは大丈夫? リアルのほうでなにかあるなら遠慮なくそっちを優先してね。キンさんを追いかけるくらいだったら、たぶんわたしだけでもなんとかなると思うし」
「(キューン! アキきゅん優しい! 可愛い! 好き!)なに水臭いこと言ってるんですかー。こんな寂しい場所にアキきゅんを一人きりになんて出来ませんよ。どこまでも一緒です!」
「(きっとアキさんは私たちを気遣って……うぅ……なんと健気な子なのでしょう……! ラブ! ラブです!)ええ、ヒナさんの言う通りです。私の(勝手に決めた)使命は主君たるあなたを守ること。例え虎口へ飛び込もうとも私はアキさんを守護いたします」
なんとも嬉しいことを言ってくれる二人である。
ただ、俺はそこまで深い意味を込めたつもりはなく、単に『夕飯とかトイレ休憩とかどうすんのかな?』程度の気持ちで言ったわけだが……
ま、まぁ、士気は大いに上がったようだし、これはこれでオッケーだろう。
それにしても流石はNPC。
無駄に健脚だ。
ヤツらは疲れた様子など微塵も見せず、えっほえっほと威勢のいい掛け声も聞こえそうな勢いで山道を駆けていく。
一体、どこへ向かっているのだろうか。
「ツナ姉さん。この先って何があるか知ってる?」
「……申し訳ありません。聖ラさんたち先遣隊も、先ほどの寂れた村でなにもイベントが発生しなかったため、そのまま帰還したと申しておりましたゆえ……」
「……そう。ヒナ、ハカセからはなにか聞いてない?」
「いえ……『翰林院』もこの辺りのことは『ハンティングオブグローリー』の人たちに情報提供してもらってたみたいですから」
「そっか」
つまり、『ここから先は君たち自身の目で確かめてみてくれ!』ってことか。
こら!
ゲームの攻略本みたいな言いかたすんな!
……いかん。
自分で自分に突っ込むとは、疲れてんのかな俺。
昼間から色々あったしなぁ。
キンさんが攫われて意外と動揺してるのかもね。
どう見たってこのイベント、罠臭いもんな。
そもそもプレイヤーを拉致するなんて尋常じゃねぇぞ。
こりゃ相当やべぇのが待ち受けてんじゃね?
とは言っても、キンさんを放っておくわけにもいかず、結局は後を追うしかないのだ。
それから更に小一時間ほどが経過し、とっぷりと日も暮れた頃、異変は起きた。
NPCたちはキンさんを担いだまま、山の斜面にへばりつくような家々が並ぶ村か集落と思われる場所へと入って行ったのである。
しかもこの村の前面には、切り立った岩盤がまるで壁のように屹立しており、麓や対面の山からは勿論のこと、間近まで来なければ発見すらできないような造りになっていた。
まさしく隠れ里と言うに相応しいだろう。
更には────
「……な、なんですかあれ……?」
「非常に気味が悪いです……」
ヒナはともかく、ツナの缶詰さんまでもが怖気を感じているようだ。
それもそのはず。
村全体が、得体の知れぬ血のように赤い霧で覆われていたのだから。
俺ですらそのおどろおどろしさに腰が引けそうになる。
しかし。
『な、なんだいここは!? 気持ち悪すぎる! たっ助けておくれーっ! アキくーん! ヒナさーん! ツナの缶詰さーん!』
悲痛なキンさんの声が救援を求めていた。
ぶっちゃけ見捨てて帰りたいと思ったが、どうにか感情をねじ伏せる。
よく考えれば、帰ろうにも転移魔法はキンさんにしか使えないのだ。
クソッ!
結局行くしかねぇじゃんか!
「ほほほほ本当に行くんですかかかかか?」
「どもりすぎだよヒナ!? どんだけビビってんの!? ちょっ、わたしのスカートを握りしめないで! めくれてるってば!」
「ハァハァ……アキさんの全てが露わに……なんと可愛らしいおみ足(そして小さくプリッとしたお尻……!)あぁ……眼福です……!」
「ツナ姉さんも見てないでヒナを止めてよ!」
ホラー嫌いのヒナに至ってはこのザマである。
彼女は俺のスカートの中へ隠れようとしていたのだ。
しかも後ろから。
これでは白いタイツに包まれているとは言え、プリティなお尻が丸出しである。
何故か男の状態で生尻を出すより、何倍も羞恥心が増す。
いや、現実でも生尻なんて出したことないけどさ。
なんか幼女姿だと異様に恥ずかしいんだよね。
もしかして女の子に目覚めそうなのかしら……?
ぶるるっ!
冗談じゃない!
せめて中身くらいは男のままでいさせてくれよ!
「アキさん。ヒナさんは取り押さえました」
「もごもがもごご」
「……うわ。物理的になのね……」
猿轡を噛まされ、ツナの缶詰さんの小脇に抱えられたヒナがなにやら呻いている。
ある意味キンさんよりも扱いが雑だ。
だが、ここでヒナに暴れられてはキンさんを見失いかねない。
なのでこれは上策であろう。
『おぉ~い……! アキくぅ~ん……! こっちだよぉ~……!』
またもやドップラー効果で遠ざかっていくキンさんの声。
まるで悪鬼か悪霊が誘っているような心地になる。
ヒナなど、堪らず目をギュッと瞑ってしまった。
「ツナ姉さん! 行こう!」
「承知」
「もが!? もごごごがが!」
恐怖を振り払うように、ヒナを抱えたツナの缶詰さんと俺は、不気味な村を目がけて走り出すのであった。




