第103話 智嚢
「どっどどどどうしよう!? キンさんがさらわれちゃった! MMORPGでこんなイベントって反則じゃないの!?」
「お、落ち着いてくださいアキきゅん! えーと、えーと、そうです! こういう時は私とキスですよ!」
「なるほど! じゃあ、んー……って、意味わからんわっ! ヒナも相当混乱してんじゃん!」
「アアアアキさん、ヒナさん、慌てているところ申し訳ありませんが、こういった場合は深呼吸するのが定番でありベターだと具申させていただきます」
おお、流石はいつも冷静沈着なツナ姉さん!
なんかドモってる気もするが、ナイスアドバイスだ!
俺はともかく、パーティーの知恵袋たるヒナには落ち着いてもらわないとな!
すぅぅぅう、はぁぁぁぁあ。
……よーし!
オッケー!
なにも事態は変わってないぞぅ!
どうしよう!?
こんなケースは零歳からゲームをしていたという(親父談)、俺の17年に及ぶ人生でも初めてのことだ。
仲間の一時的、もしくは長期離脱や死亡といったイベント自体はコンシューマーのRPGにおいてならば良くある。
だが、ネトゲで、しかもVRMMOで仲間が拉致されるなど、見たことも聞いたこともない。
間違いなくなんらかのイベントフラグなんだろうけどさぁ。
これってプレイヤーが毎度攫われるわけ?
しかもNPCたち、キンさんを見て『男だー!』とか叫んでたよな。
ってことは男性プレイヤーを狙ってるのか……?
いやまぁ、確かに男女比率で見れば男のほうが圧倒的に多いだろうし、獲物には事欠かないと思うけど。
……ここを訪れたのが男性のみのパーティーだったら、いったいどうなってたんですかねぇ……?
脳内に浮かび上がった男同士がくんずほぐれつする地獄絵図を振り払う。
今だけは自分の姿が幼女であることを神々に感謝しつつ。
しかし同時にあられもない格好のキンさんまで想像してしまい、軽く吐き気を催す。
うぉえっ。
誰得なんだこんなイベ。
……腐った女子の皆さん向けか……?
だがおかしな話、妄想と吐き気のお陰でだいぶ頭はハッキリしてきた。
俺たちがまずやらねばならぬことも思い出す。
「とにかくすぐにキンさんの後を追おう」
「で、ですねっ! そう言えば忘れてました!」
「そうでした! アキさんの意見に同意いたします!(いけませんね。動転してキンさんのことをすっかり失念していました)」
二人とも忘れてたんかーい、と思い切り突っ込みたくなったがグッとこらえ、キンさんと男たちが走り去ったほうを確認する。
ヤツらはどうやら彼を担いだまま山の上へと向かったようだ。
この寒村は大きな山の中腹あたりに位置しているが、それほど峻険な地ではない。
つまり、追跡もさして困難ではなかろう。
上になにがあるのかは知らないが、仮に罠が張ってあったとしても……行くしかないんだよねぇ?
「あっ、アキきゅん。早くキンさんにメッセージを送ったほうがいいんじゃありませんか?」
「ん? なんで?」
村のボロい門を潜り抜けながらヒナへ小首をかしげて見せる。
「多分、いきなり攫われてキンさんもパニックになっていると思うんですよ」
「だろうねぇ」
「そんな緊急事態に陥った時、人はどんな行動をすると思います?」
「そりゃ、なんとか逃げようとするんじゃ……」
「それですよ!」
俺が斜面を滑り落ちないよう、握ってくれていたヒナの手に力が入る。
「ですが、あのNPCたちは身体つきも立派でした。彼らからキンさんが逃れられるとはとても思えませんが……」
俺たちが転げ落ちた場合、いつでも受け止めるために後ろを歩くツナの缶詰さんが当然の疑問を口にした。
勿論俺も同感である。
「はい、私もそう思います。担がれてたら転移魔法なんて使えないですもん。しかしですね、そんな非力なキンさんでもひとつだけ脱出する方法があるんですよ」
そこまでヒナが言った時、ようやく俺にもピンときた。
力尽くもダメ、魔法もダメとするなら……
「そうか……ログアウトすれば……!」
「! なるほど……その手が……」
「はい、アキきゅん正解です! よくできました~」
そう褒めながら、俺のこめかみあたりにキスをするヒナ。
ツナの缶詰さんの、もの欲しそうな視線。
「キンさんが慌ててログアウトしちゃったら追跡できなくなっちゃうもんね!」
「ですです! それに、あのNPCたちがどこへ向かうのか、後のために確認しといたほうが良いと思うんですよ」
「……確かにそうかもしれません。彼らの目的地と意図はイベントを進める上でも知っておくべきでしょう」
うーむ。
まさに正論。
理詰めはヒナの十八番だもんな。
頭が良いってのは羨ましいね。
俺は早速ウィンドウを開いて、歩きながらキンさんへのメールをしたためる。
「そういやツナ姉さんが団の人に村の話を聞いた時って、このイベントの話題は出なかったの?」
「いえ、全く。その時は聖ラさんをリーダーとする女性のみのパーティーで村に訪れたと聞いております」
「あー、やっぱりね……よし、送信完了っと」
やはりこれは、男性がパーティー内にいないと発生しないタイプのイベントなのだろう。
たまたま男一人だったキンさんは『南無』としか言いようがない。
キンさんもつくづく運のない人だねぇ。
『メールを受信しました。送信者:KINTK』
『本文:今まさにログアウトする寸前どぁったよ! きみたちの考えは了解しとあ。でも何されるかわからなくてこあいからなるべくはあくたすけとえおくれ!』
うむ。
誤字だらけだ。
ユッサユッサと揺れるガチムチたちの上でメールを打てば、こうなるのも仕方なかろう。
もしかしたらまだ動転してるのが出ちゃったのかもね。
「怖いからなるべく早く助けておくれ、だってさ」
「ひえぇ……なんだか切実さが伝わってきますね……」
「ならば急ぎましょう」
山間の枯れ木立に見え隠れするNPCを追って、足を速める俺たちなのであった。




