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第102話 略取



 邪神を復活させようと目論む連中を追うモードレッドちゃんたち。

 そして彼女らを助力するべく捜索中の我々。


 しかしモーちゃんへの返信を託した鷹からは連絡がまだない。

 今のところ手掛かりすらなにもない。


 これはもはや壮絶なイタチごっこと言っても過言ではなかろう。


 いや、これでこそ昔のロールプレイングゲームにありがちな謎解きの『んなもんヒントなしでわかるかい!』といった古き良き理不尽さなのかもしれない。


 解けるまでの憤りと、解けた瞬間のカタルシス&虚無感!


 ……勘弁してください。

 今時そんなゲームはやってられません。


 ただ、その今時のゲームってヤツは、異様に周回させるものが氾濫しまくってるよな。

 長持ちや延命させるために仕方ないのかもしれんが、ぐるぐる回るだけのハムゲーは正直食傷気味ですよ。


 あ、ハムゲーってのはいわゆる『ハムスターゲーム』ね。

 ハムスターが延々と車を回してるみたいに、同じことを何度も何度もやらされるゲームな。


 レベル上げしかり、素材集め然り、どんな名作であろうと周回要素は付き物だ。

 だが、作業感が強まれば強まるほど飽きも早い。

 プレイヤーに飽きさせないような工夫こそがゲーム業界における命題と言えるだろう。


 ま、俺の勝手な言い分なんだけどね。

 ある程度の作業は仕方ないとしても、それが苦痛に感じるほどじゃゲームとして終わってると思うんだがなぁ。

 現実が厳しいぶん、せめてゲームくらいは楽しく爽快にやりたいもんだよ。


 やべ。

 おっさんみたいなこと言ってんな俺。



「あっ、あれじゃないですかアキきゅん」


 なんて妄想をしながら歩いていると、ヒナが指し示す通り、山間に粗末な柵で囲まれた集落が目に飛び込んできた。

 あれこそツナの缶詰さんが言っていた『寂れた集落』だろう。

 証拠に彼女も脳内の情報と照らし合わせ、無言で大きく頷いている。


 それにしても寂れ具合が半端ない。


 柵はヒナの腰くらいまでしかなく、人やモンスターが易々と侵入できそうだ。

 いくつか点在する家々も、こう言っては口幅ったいが、やたらとみすぼらしい。


 ってかこれ完全に廃村じゃねぇの?

 こんなところに住む物好きなんているのか?

 いくらNPCでも御免だろうに……


 村へ近付くにつれ、それはより顕著となる。


 入口たる門扉は、右側の戸が無くなってる始末。

 残った片方も、そよ風を受けキィキィと寂しげに揺れるばかりであった。


 家とは名ばかりの掘っ立て小屋は壁があちこち剥がれ落ち、隙間風もさることながら強風でも吹けば一発で倒壊しそうなほどみすぼらしいものであった。


 立地が枯れ木ばかりの山間なことも相まって、幽霊でも出そうな雰囲気である。

 ましてや今は夕暮れ時。


 古来より『逢魔おうまとき』と呼ばれる現世と幽世かくりよが交錯する時間だ。

 『大禍時おおまがとき』とも言われるそれは、怪異や災禍に見舞われる時間帯であると様々な古文書に記されている。


 そしてこの【OSO】においての夕暮れ時といえば、そう『黄昏』だ。

 こちらの言葉もネガティブなイメージが付きまとう。

 『隆盛は陰りを見せ、静かに滅びの道を歩む』と言った風な比喩が込められているからである。

 神々の時代は終わり、邪神が台頭してきた現状からもそれは顕著だった。


 そんな退廃的な雰囲気を人一倍敏感に嗅ぎ取ったヒナがポツリという。


「……静か、ですね」


 少し怯えているのか、ヒナは俺の小さな背を抱きしめた。

 こういう時、俺は敢えて軽口を叩くのが常だ。


「うーん、こりゃひどい。オークやゴブリンでも、もうちょっとマシな生活してんじゃね? やっぱ廃村なのかも」

「いや、アキくん奥の家を見たまえ。煙が立ち昇っているよ」

「ホントだ。じゃあ人がいるってことか……」

「シッ、誰か来ます」


 ツナの缶詰さんの小さな声で、思わず身構えてしまう俺たち。

 村の放つ雰囲気のせいか、妙な警戒心が沸きあがったのだ。


 しかし手前の掘っ立て小屋から出てきた巨漢の男は、こちらを一瞥すらせずに奥の小屋へ、のそりと歩いて行く。

 その何気ない動きは普通の人間(NPC)だった。


 だが、彼はやたらとみすぼらしく粗末な衣装を纏っている。

 例えるならゾンビですら着ていないだろうと思われるボロきれだ。


「……なんだありゃ……あれじゃまるで……」

「……囚人、みたいですよね」

「いやいや、きみたち。囚人はフラフラ出歩いたりしないと思うよ」

「幾人か住人がいるとは聞いていますので、その中の一人ではないでしょうか」


 なんだ。

 普通の住人かよ。

 じゃあ構える必要ないか。

 ま、貴重な情報源だし話しておくべきだろうな。

 みすみす逃す手はないもんね。


「あのー、すみません」


 俺の可愛らしい声に、巨漢ばかりかヒナたちまでビクッと身を震わせる。

 まるで、想定していなかったと言わんばかりに。


「なんじゃ小娘ェ!? 驚かすな!」


 巨漢の男は驚きを怒気に変えて俺を睨みつけた。


「小娘ばかりでこんなところまで来たんか! ここにゃなんにもねェぞ!」


 俺、ヒナ、ツナの缶詰さんと、視線をギョロギョロ動かしながら大男が言い含める。

 怒声ではあるが、女性多しと見て気遣っているのだろうか。


「ちょっとだけ話を聞きたいんですけど……」

「もう夜になる! ここら辺のモンスターは強ぇんだからさっさとけぇんな! 女子供だけじゃ危ねェ!」


 だが男はこちらの話を聞く気もないらしい。

 鬱陶しそうに手を振って追い返す素振りをするばかりだ。


「あのぉ、一応このパーティーには歴とした男もいるんですが……出来れば少し話を聞いてもらえませんかね」


 おずおずと俺の前に進み出ながら手を挙げるキンさん。


 今までツナ姉さんの陰に隠れておいて何言ってんだこの人。

 ちっとも男らしくないぞ。


 しかし巨漢の反応は俺の想像したものとは違っていた。


「お、おめェ男か……!?」

「え? え、えぇ、そうですが」


 驚愕に目を剥く巨漢。

 質問の意図がわからず目を白黒させるキンさん。

 二人の視線がぶつかり合い、ねっとりと絡み合う。


「な、なんか怪しい雰囲気じゃないです?」

「何故かはわかりませんが、私もドキドキしています」


 ヒナとツナの缶詰さんが、見つめ合う男たちへなにかを期待するように瞳を輝かせた。


 おいおい……

 やめてくれよ……

 俺はそんなBL的展開は望んでないぞ……


 そもそもキンさんは蛇に睨まれた蛙状態なだけだろあれ。

 完全に硬直してんぞ。

 最悪の未来を想像して走馬燈でも回ってんのかもな。


 勿論、そんな未来は訪れることもなく。



 ───待っていたのは、もっと最悪な未来だった。



「野郎どもおおお! 男だ! 男が来たぞぉぉぉおお!!」



 ビリビリと空気を揺るがす大音量で雄叫びを放つ巨漢。


 途端に掘っ立て小屋から現れる複数の影。

 全員が男性だ。


 こんなに住んでたの!?


 そいつらはヒナとツナの缶詰さんを一瞬だけ確認するように視線を向けた後、俺を見てピタリと止まる。

 測るような視線と明らかな逡巡。


 だがすぐに視線は外れ、男どもはキンさんのほうへ近付いた。


 今の間はなに?

 ヒナとツナ姉さんを『なんだ、女か』ってな風に見てたぞ。

 そして俺のことは……『どっち!?』みたいな目だったんですが……

 見た目幼女だけど、ステータス上では男性ですしね俺。

 ……そして結局女の子と判断されたわけか……複雑な気分。


 などと溜息を吐いた時、事態は動いてしまっていた。



「よぉぉぉし! 運べぇぇぇぇ!」

「うおおおおおおおお!」

「おらあああああああ!」

「はああああああああ!」


「へっ!? えっ!? な、なにをするんだいきみたち!? ……ぎゃあああああ!!」



 男たちは一斉にキンさんを担ぎ上げた後、脱兎の如く村から出て行ってしまったのである。


 キンさんの絶叫がドップラー効果と共に小さくなっていく。


 今度こそ誰もいなくなった村に、ポツンと残される俺も含めた女性陣。




 嘘ォ!?

 さっ、さらわれたぁぁぁ!?




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