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第101話 追跡



「おおりゃっ! 今だヒナ!」


「穿て! 氷結の槍よ! 【フロストジャベリン】!」


「傷つきし戦士に癒しの御手みてを! 【セイクリッドヒール】!」


「アキさん! 私の後ろへ! 敵の大技が来ます! 【シールドオポジッション】!」




 ファトスの街を出立し、以前にヒナとモンスターの粘液まみれになった森を抜け、街道とも言えぬほど申し訳程度に踏み固められた道を、南へ向かって歩くこと数時間。


 ごく普通の平原だと言うのに、やたらと強敵ばかりが現れる。

 明らかに白蓮の森よりも強力なモンスターが出没していた。


「ぶはぁ……どうなってんだ南は……」


 それでも何とか蹴散らし、一息つく。


「もしかしたら……初心者が南へ行かないように強いモンスターが配置されてるのかもしれませんね」


 問いともつかない俺の発言に対し、律儀に答えをくれるヒナ。


「あー、なるほど。ストッパーってわけね。さすがヒナヒナ、我が頭脳ブレイン

「えへへー」


 微妙な褒め言葉でも喜んでくれるヒナがなんとも愛おしい。

 当り前のように俺を抱っこしているのは意味不明だが。

 そんなに抱きしめたら、心底羨まし気なツナの缶詰さんの視線が一層痛いではないか。


「確かに南へ向かうという考えは初心者だと出てこないな。ラビもしつこく『まずは北のファトスへ行け』ってうるさかったし」

「うむ、アキくんの言う通りだ。ヘルプの項目にも最初のミッションはファトスの街で転職せよ、となっていたよ」

「そこまで徹底してファトスへ向かわせたかったのは……」


 ツナの缶詰さんの言葉を受け、俺は少し唇をつり上げながら言う。


「裏を返せば、序盤で南に行かせたくないってことだよね」

「はー……アキきゅんはゲームのことなら頭が回るんですねぇ。ゲーム脳もバカにできませんね」

「失敬だよヒナ!?」


 頭上にあるヒナの顔を見上げて抗議する。

 だがヒナは俺のしかめっ面を見ても、にへへと笑うばかりであった。


 メンタル強いな!

 一応これでも憤りの顔なんですけど!

 幼女姿だと威厳も迫力もないってことね!?

 オッケー! 愛してる!


 ……すまん。

 ちょっと暴走した。


「とにかく、運営が南に行かせたくないのは間違いないと思う」

「ですね。首都へ向かうにしても、最前線や新大陸を目指すとしても北方向ですし」

「ここを通って南へ行くような酔狂者は『University』とか『翰林院アカデミー』みたいな考察に命を懸ける連中と……」

「……『ハンティングオブグローリー』をはじめとしたトップの団でしょう」


 ツナの缶詰さんが、少しだけ複雑そうな声音で言った。

 兜でその表情が見えなかったのは幸か不幸か。


 かつて彼女が在籍していた廃人の集まる団。

 そして図らずも彼女が抜けたことによる軋轢で瓦解を迎えたその団。

 ツナの缶詰さんの心中は如何ばかりか推し量ることは出来ない。


「私が入団したばかりの頃、既にトップの団であった彼らは南へ向かったと聞き及んでいます。いくつかの遺跡やダンジョンの発見に至ったとも、そしてさしたる成果もなく帰還したとも」


 感情を交えず、ただ淡々と事実を述べるツナの缶詰さん。

 戦闘中、誰よりも冷静な彼女らしいと言えるだろう。


「つまり、南も完全な未知の世界じゃないってことね……」

「ええ。そうなります」


 その後、ツナの缶詰さんから南についてのレクチャーを受けた。

 とは言っても、大まかな位置関係などである。

 だが何も情報がないよりは遥かにマシだ。


「その中で邪神と関係ありそうな……ってかヴィヴィアンさんやモーちゃんが行きそうなところってあるの?」

「……それなんですが……」


 割と、はきはき喋るタイプであるツナの缶詰さんが急に言い淀んだ。

 その態度だけでむしろ言いたいことの全てが伝わってくる。


「わからないのね……じゃあモーちゃんたちはどこに行っちゃったのかな?」

「アキきゅんが受け取った手紙には『怪しい奴らを追う』と書いてありましたよね」

「モーちゃん(可愛い呼び方だね……僕も真似しよう)がわざわざ『やつら』と書くくらいだから、もしかすると……」

「プレイヤー、ないしはNPCのことでしょう。いえ、それも早計かもしれません。モーちゃん(とっても可愛らしい呼び方なので私も便乗させていただきます)の言う『やつら』が、もっと広義を指すとすれば……」


 4人の視線が交錯し、皆同じ考えに至った。

 そして流石は以心伝心の我がパーティー、口を開くのも見事な同時────


「運営だな」

「NPCですね」

「プレイヤーだろう」

「モンスターでしょう」


 ちょま!

 全然同じ考えに至ってねぇし!

 てんでバラバラじゃんか!

 息が合わな過ぎだよ!?


「NPCですよねアキきゅん!?」

「いやいや、ヒナさん。他人に迷惑をかけたがるプレイヤーはどこにでもいるものだよ」

「いえ、知性の高い、もしくは邪神の眷属たるモンスターと考えるのが合理的であり妥当な線と思われます」

「待って待って! みんな待ってってば!」


 好き勝手に言い放つ面々。

 さ、流石は我がパーティー。

 なんて自由なんだ。


「ここはひとつリーダーにまとめてもらおうか」

「あ、いい考えですねそれ」

「私も異存はありません」


 3人はそう言いつつ俺の顔をじっと見つめる。


「えっ!? リーダーって、お……わたし!?」


 あ、確かにパーティーリーダーだった。

 でも俺、絶対に運営の悪戯心だと思ってたからなぁ。

 こういう時に自分の意見を押し通すのもなんだし、俺の運営説は取り敢えず引っ込めておこう。


 ともかく冷静に考えてみれば、プレイヤーがわざわざ自分も不利益となるだけの邪神を叩き起こそうとするのかな?とは思う。

 それに生半可なプレイヤーでは、この強敵だらけな南を通過するのですら難しいだろう。

 つまり、キンさんの意見は少し弱い。


 となると、ヒナのいうNPCか、それともツナ姉さんのいうモンスター説だ。

 うーん、どっちもありそうなんだよなぁ。


 ん?

 NPC……そうか、NPCが南にもいるとするなら……


「ツナ姉さん、南に街や村はないの?」

「大きな街はないと思います。ただし、南も全てを踏破したわけではありませんので絶対にないとは言い切れません。後は……」

「後は?」

「寂れた集落と、廃墟の村です」

「!」


 臭い。

 いい感じに臭うね。


 寂れた集落?

 寂れてはいてもNPCはいるってことだろう?


 廃墟の村?

 もしその村が邪神崇拝のモンスターに滅ぼされたとしたら?


 二か所とも良い情報がゴロゴロしてそうじゃないか!


 ふへへ、これならモーちゃんたちの足取りもつかめるんじゃない?



「アキきゅん! またモンスターですよ!」


 俺を抱っこしたまま立ち上がるヒナ。

 その腕の中から躍り出し、ガラガラとインベントリから聖剣エクスカリバーを引っこ抜く。



 さぁ、とっとと始末して先へ進みましょうか!





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