予感
佐久間麗斗は道に乗り捨てられていたキーが挿しっぱなしのセダンに乗り込み後部座席に隠れながら、あの魔物がここを通り過ぎるのをじっと待った。
一般的な成人男性の身長くらいの長さのこん棒を地面に引きずりながら歩いてくる巨体な魔物。体の色は灰色で、あちこちに大きな醜いイボができている。顔は体のわりに小さく、豚鼻で、目がなぜか大きいのに、顔のパーツの配置のせいで、酷く醜い顔をしていた。まるでゲームとか漫画に出てくるトロールのようだ。
早くどっか行けよウスノロ
麗斗は心の中で文句を言いながら窓からトロールの行進を見守っていた。
あと数十センチで麗斗が隠れているセダンを通り過ぎるのに、トロールは麗斗が隠れているセダンの真横でピタッと行進を止めた。
なんだ? まさかここがバレたのか?
麗斗はおそるおそる窓を覗こうとした。セダンの天井が突如破壊され、巨大なこん棒が運転席と助手席の背もたれに叩きつけられていた。麗斗があとほんの少し前に体を寄せていればトロールのこん棒が麗斗の脳天を直撃していただろう。麗斗は慌てて後部座席のドアを開けて外に出た。
ーービュンッ!
麗斗が車を降りるのとほぼ同時にトロールのこん棒が今度は横に振られており、麗斗の上半身目掛けて飛んできた。
「うおおおおおお!!」
間一髪、麗斗は地面に飛びこんでこん棒のフルスイングをかわすことに成功した。そのまま地面を転がりながらセダンから数メートル離れて体を起こし、勇者の剣の起動ボタンを押して刃を出すと、即左側のトリガーを引いて、トロールの攻撃に備えた。
「ブオオオオオオオ!!」
「ガハハハハッ!!」
トロールは熊のような体格をした大柄な男に向けてこん棒を振りかぶった。男も、負けじと剣をトロールのこん棒にぶつけるように振るった。両者の武器がバキッという音をたててぶつかり合い、トロールが持っていたこん棒の上半分がスパッと切れて、麗斗の方へ飛んでいった。
「なんで俺の方に飛んでくんだよ!」
麗斗は横にずれてこん棒の破片を避けると、大柄な男のもとへと駆け出した。
「ガハハハハッ!! 八十吉~! そこにいたか~!!」
熊のような大柄な男、繁沢豪蔵は戦意喪失したトロールに飛ぶ斬撃を浴びせていた。トロールが縦に真っ二つになって地面に倒れこんだ。
「おっちゃ~ん! 怖かったよ~」
麗斗は繁沢に抱きついて泣いた。繁沢の上半身は麗斗の涙と鼻水で水溜まりができていた。しばらくして、麗斗が落ち着いたのを確認してから麗斗を引き離した。繁沢の顔はさっきまで笑顔だった顔とは違い、神妙な顔になっていた。
「八十吉、緊急事態だ。今すぐ俺に着いてきてくれ」
勇気さん 勇気さん
誰だろう? 誰かが僕を呼んでいる。
勇気さん 勇気さんってば!
勇気を呼ぶ声の主が、今度は頬をペチペチと叩いてきた。このかわいらしい声は聞き覚えがあるぞ。
勇気はゆっくりと瞼を開けた。黒髪のショートボブヘアーがよく似合う女の子、三奈木優が心配そうな表情で勇気を見下ろしていた。
「良かった~! てっきり死んだのかと思っちゃった」
「あれ? 三奈木さん……ここは?」
キョロキョロと勇気は辺りを見渡した。どうやらどこかの民家の中にいるようだ。
「知らない人の家だよ。勇気さんが蜘蛛の魔物に吹き飛ばされて、この家の壁を突き破って倒れてたの」
「そうだったのか~、誰の家かはわからないけど、申し訳無いことをしたな~」
「しょうがないよ、自然災害みたいなものだと思ってもらうしかないよ」
勇気と優は立ち上がって民家を出た。
「じゃあ三奈木ちゃんたった一人であの蜘蛛を倒したってこと?」
「蜘蛛が勇気さんに気を取られてたから、その隙になんとか倒した。だから私一人って訳じゃないよ」
勇気と優は勇者の証を見ながら移動を始めた。
「あれ? さっき、勇気さんを迎えに行くとき地図を見たらここから東のあたりに仲間のマークが三つと魔物のマークも三つあったと思ったんだけど、六つとも無くなってる」
「魔物を倒してどこかに行ったんじゃないのかな~
三奈木ちゃんは六つのマークがあった場所を覚えてる?」
優は首を縦にふった。
「それじゃあその場所まで行ってみようよ、何かわかるかも」
優は頷き、勇気と一緒に仲間と魔物がおそらく戦っていたであろう場所に行ってみることにした。
今勇気達がいる場所からは六百メートルくらいの距離の場所だ。優は何故だかその場所に近づくにつれて嫌な予感がしてきた。
「ここよ!」
勇気と優は六つの仲間と魔物のマークがあった場所に到着した。広い大きな道路と、道を挟んだ所に住宅地が建ち並んでいる場所だった。コンクリートの壁には切り傷のような跡、道には魔物の肉片のようなものが多数落ちていた。
「やっぱり、魔物を倒して三人はどこかに行ったんじゃないのかな~」
「う~ん……そうかもね」
優と勇気は魔物の肉片の辺りに赤い血痕を発見した。血痕は路地に続いていた。二人は血痕を追って路地に入っていった。
「……うそ……だろ」
先に路地に入った勇気は、固まったように動かなかった。
勇気の足元には、本田、有莉栖、絵理奈の生首が転がっていた。奥の方には頭が無くなった三体の遺体が積み重ねられていて、その上に五十代くらいの白いスーツ姿の男が、まるでソファのように遺体の上に足を組んで優雅に座っていた。
勇気はその男から目が離せなかった。
「おやおや、またお客さんが来なさった」