逃げちゃダメだ!
「ヤバイ! 三奈木ちゃん逃げるよ!」
再び蜘蛛の魔物が目の前に現れたことで動揺した勇気は、優の手を取り逃げようとした。しかし、優は勇気の掴んでいる手を振り払って蜘蛛のような魔物の元へと飛ぶように駆けて行った。
「ダメだー! 三奈木ちゃん逃げろー!」
近くの倒れている棚を軽く押すと、棚は簡単に脇に逸れて、優は蜘蛛へと続く道を作った。それから勇者の剣を蜘蛛のまるで鉄のように固そうな足にむけて横に払った。しかし、蜘蛛のような魔物は優の剣をジャンプして避けると、そのまま雑誌コーナーの棚と窓を破壊して外に出た。
「逃げてばかりじゃダメだよ。これが現実なんだから」
優は勇気の目を見ながらそれだけ言うと蜘蛛の魔物を追って外に出た。
そんなことは分かってる……でも、僕は……
勇者の剣をギュッと握りしめて、勇気も外に出た。
「ヤアッ!!」
優は剣を蜘蛛の魔物の足を薙ぎ払うように剣を振るうが、蜘蛛のような魔物はその巨大な体躯のわりにかなり俊敏な動きをする。一振り、二振りと、優の剣を軽々とかわし、ついには、優の飛ぶ斬撃までかわした。
「はあっ、はあっ、ダメだ、全然当たんない!
この魔物……かなり強い」
優は息を切らしながら蜘蛛の魔物と相対していた。
「うおらああああああ!!」
勇気と蜘蛛の魔物との距離はおよそ二十メートル。
勇気は剣を真っ直ぐ蜘蛛の魔物に向け振り落とした。
「くっそ~!!速いな~」
蜘蛛の魔物は勇気の放った飛ぶ斬撃を軽々とかわすと同時にヒクヒクしている蜘蛛の尻穴部分をこちらに向けた。
「勇気さん!なんか来るよ!気を付けて」
「了解!!」
次の瞬間、蜘蛛の尻穴から、糸では無く、レーザー光線を照射した。レーザーは勇気の頬を霞めて、後ろのコンビニを跡形もなく吹き飛ばしていた。
「……うそ……だろ?」
「糸……じゃないの?」
蜘蛛は尻穴を後ろに戻し、今度はその複眼で勇気を見据え、凄まじいスピードで勇気の元へと迫ってくる。全長軽く二~三メートルはあるであろう蜘蛛の迫ってくる時の圧力は、まるでダンプカーのようだ。
「うわあああああああ!!」
勇気は全速力で迫ってくる蜘蛛の魔物から逃げて行く。あの時の恐怖がフラッシュバックしてくる。勇気の戦意は完全に喪失していた。
「もう、めんどくさい」
優は勇者の剣の左側のトリガーを引きながら、蜘蛛と勇気を追って走り出した。
逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ! 逃げちゃ……
勇気は蜘蛛のような魔物の鋭い爪を背中に受けて、ゴムマリのように跳ねながら民家に吹き飛ばされた。
「そこだ!!」
勇気に気をとられた一瞬の隙をつき、優は蜘蛛の魔物に飛ぶ斬撃をお見舞いしていた。
鋭い斬撃は蜘蛛の八本あるまるで鉄のように頑丈そうな右足を三本切り飛ばし、背中に深い傷口を作った。
蜘蛛のような魔物の耳をつんざくような甲高い叫び声をあげて優から距離を取ろうとする。
「うるさい、耳がキーンってする。
勇気さんが心配だけど、今はあんたにとどめをさすのが先決」
優は蜘蛛ののような魔物に向けて走り出した。蜘蛛のような魔物は残りの爪を優に向けて応戦の構えをとった。
頭上から一振り! これを交わす。
足元と左脇腹辺りに一振りずつ! これも交わすと、優は蜘蛛のような魔物の腹へと入り込んだ。
やっぱり足を斬ったのは正解だった。さっきより全然遅い
「ヤアッ!!」
蜘蛛の腹を跳躍しながら上へ上へと斬り進め、見事、優は蜘蛛のような魔物を腹から真っ二つにした。
緑色の返り血を体に浴びて、優はムスッとした顔をして勇者の証を確認すると、赤い小さな丸は消えていた。
なんとか倒せたみたい
優は顔にかかった返り血を手で拭きながら勇気が吹き飛ばされた民家に向かった。
ー新潟駅南口バスターミナルー
「なんだよ。こんなもんか」
中性的な美しい顔立ちをした青年の顔には緑色の液体がべっとりとついていた。
鬱陶しそうに顔を拭いながら勇者の剣を足元に鋭く振り、返り血を振り払いその場を去った。
山田辰美が先程までいたバスターミナルには四台の横転しているバスと、巨大な蜘蛛のような魔物が三体、バラバラに切り刻まれて死んでいた。