勇者装備
全員の元に黒色のスマホのような機器が行き渡った。
それと同時にバーテンダーは表情をいっさい変えることなくカウンターに戻って行った。
それからエリッサは説明を始めた。
「その機器は『勇者の証』です。
魔物を倒す勇者になるための装備品です。
勇者の証の横にボタンがありますね、それを長押ししてみてください」
全員言われるままにボタンを長押しすると、勇者の証が光り、全員の体を光が包んだ。それは一瞬のことだった。
勇気は手に持っていたはずの勇者の証が無いことに気がついた。
「あれ?勇気さんなんで服が変わってるの?」
優が首をかしげた。
「いやいや、三奈木ちゃんだって服変わって……」
勇気はあることに気がついた。しかし、それに気がついたのは勇気や優だけじゃなくて、その場の全員だった。
「みんな服装が変わってる!!」
照子が有莉栖と辰美をみて叫んだ。
「うるっせ~な~!そんなもん見りゃわかんだろ」
辰美がめんどくさそうに言った。
「みなさん!それが勇者の戦闘服ですよ!
それを着れば身体能力が大幅に上がります。しかも、勇者の服はあらゆる衝撃に強く、着ていれば頑丈な鎧のような効果があります。
ただし、魔物の攻撃を受けすぎたりすれば壊れます。勇者の服が完全に壊れると、みなさんが元着ていた服装に戻ります。
もしも、その状態で魔物の攻撃を受けたのならば……」
エリッサは冷たい笑みを浮かべてそれ以上語らなかったのは、全員がその言葉の先を容易に想像できるからだろう。
勇者の戦闘服は、全身黒色のスーツのような服装で、上着の下には白いYシャツと黒いネクタイ、黒い靴が仕立てられていた。勇気は右手首に腕時計のような形になって巻かれている勇者の証を発見した。しかし、勇者の証のディスプレイ画面には電源が入っておらず、真っ暗だった。
「うおっ!左足っとこになんかあんぞ!」
麗斗が何かを取り出した。
「それは勇者の剣です。みなさんも利き手側の方に装着されていると思うので取り出してみて下さい」
みんながいっせいに勇者の剣を引っ張りだした。
勇気も剣を取り出した。勇気の場合剣はズボンの右側の太もも辺りについていた。剣は刀身が無く、握る部分の白い色の柄とそのすぐ上にCDよりほんの少し小さいサイズの黒い円形の輪があるだけだった。
「これが剣?んっ、あれ、これにもボタンがついてる」
勇気は勇者の剣の柄についているボタンを押してみた。
勇者の剣は風を切り裂く鋭い音を発しながら円形の輪の中から銀色の刀身が顔を出した。そして同時に、握っている柄に拳銃のトリガーのようなものが左右二つ同時に出現した。
「綺麗な刀」
優が勇者の剣にみとれている。
「この刀で硬い牛肉とか切ったら楽そうだね~」
有莉栖も勇者の剣の刃をみながら言った。
「このトリガーはなんなんだろ」
本田が気の弱そうな顔でトリガーを見ている。
「その左右二つあるトリガーの左側のトリガーを引きっぱなしにしておくと、右側のトリガーがうっすらと光ります。光ったら左側のトリガーを離して右側のトリガーを引くと、刃の斬撃を三十~四十メートルくらい飛ばせます」
全員が、勇者の剣の説明を聞いて驚嘆の声をあげた。
エリッサは一瞬悲しそうな顔を浮かべて、すぐに元の笑顔に戻った。
「これで戦闘準備が整いました。まだまだみなさんに話さなければならないことはたくさんあるのですが、もう時間が来てしまいました。続きは無事にまたここへ帰って来られた方に話したいと思いますので、ひとまずみなさんは戦場である新潟駅に向かってもらいます」
エリッサはそう言って何か言葉を発した。すると、酒場の奥の方に巨大な扉が出現した。
勇気達は言われるがままに巨大な扉の前まで来てしまった。
おそらくこの扉の先はあの地獄のような新潟駅周辺に通じているのだろう。
「みなさんの任務は至極単純です。」
エリッサが一呼吸おいて全員を見回した。
「新潟駅で暴れている魔物を一匹残らず駆逐する」
エリッサはさっきまでの笑顔とは真逆の冷徹な微笑みを浮かべていた。
全員の脳裏には魔物への恐怖が刷り込まれていた。またあの地獄に行くのかと思うと吐きそうになる。全員は一歩が踏み出せない。心の準備ができていないから、誰かが先にあの扉を開けて欲しいと思っている。しばらくしてから辰美が深呼吸をして一歩を踏み出した。
「とりあえず武器もあるし、なんとかなるっしよ」
辰美は涼しい顔をしながらゆっくりと扉の中に入っていった。
「……俺も行く」
「よ~し!あたしも行ったるわ!」
スキンヘッドの永井と太った主婦の有莉栖も扉の中に消えた。
「ええ~い! 俺も行くぜ~!」
「ガハハハハッ! よく言った八十吉! おいらも行くとするか~!」
「ちょっと待って! 私も行くわ!」
麗斗と繁沢と絵理奈も扉の中に、消えていった。
残りは、勇気、優、本田、照子の四人だけだった。
「あっ! みなさん時間ですので扉に吸引されます」
エリッサがそう言って四人に手をふった。
その瞬間四人はまるで掃除機に吸われる埃のように、扉に吸い込まれて消えた。
「さて、何人生き残れるか……」
無口なバーテンダーがコップを拭きながらそう呟いた。