VS ジャミル・リゴール⑤
ーージャミルと戦う数分前ーー
「その煙みたいなのは何?」
優が驚いた顔で人指し指を見ている。どうやら、繁沢も麗斗も、優と同じ顔をしていたので、三人は魔力が見えているらしい。
「さっき、僕らが会った魔人が、『魔力』、『妖力』という単語を発した時、僕はまるで忘れていた記憶を思い出すかのように、しかもごく自然に魔力という力を使えていました。おそらくこの魔力を使えるようになる条件は、自分の魔力に気がつくことだと思います」
三人は、自分の体を隅々まで見つめていた。やがて三人は、自然に魔力で体を包み込んだ。
「なんか力が湧いてくる感じがすんな~」
麗斗は左腕を見ながら、魔力を実感していた。
「でも、なんだろ。私達が会った魔人みたいな嫌な感じが全然しない」
「優しい力だな」
「この力は、魔人の禍々しいような邪悪な力とは正反対ですよね。力強くて、それでいて温かくて安らぎを感じる力。僕はこの力に希望を感じました。
この力があればきっと僕らは勝てます。山田君を助けて、みんなで生きて帰りましょう」
「離しやがれ!!」
ジャミルは自分の腰を押さえつけている繁沢の背中に触手で殴り続けた。勇者の服はほとんどが剥がれ、いつ勇者の服が機能しなくなってもおかしくない状態になっていた。
「繁沢さん!!」
優がジャミルの上半身目掛けて魔力を込めた飛ぶ斬撃を発射した。ジャミルは優の魔力をいち早く感じとり、後方にいる勇気と辰美を触手と刀で吹き飛ばし、押さえつけている繁沢には、触手を鋭い刺のような形にして、思い切り背中に振り下ろした。
ーードシュッ!!
「うっ……」
触手は勇者の服を壊すと同時に繁沢の背中を貫通した。繁沢は口から血を吐き、地面に崩れるように倒れた。そして、優が放った飛ぶ斬撃をジャミルはなんとか体を捻るようにして地面に倒れこんで直撃を避けたが、右肩甲骨側の触手は切断された。
「おっちゃーーーーーん!!」
麗斗は血まみれの繁沢のもとへと駆け寄り、繁沢を抱き起こした。
「おっちゃん!! おい!! しっかりしろよ!! 約束したじゃね~かよ、みんなで生きて帰るって!!」
麗斗は大粒の涙を流し、瀕死の状態の繁沢の意識を繋ぎ止めようとした。繁沢の傷は深く、肺にまで達しており、もはや呼吸をすることも容易ではなかった。
勇気、辰美、優も繁沢の状態に気がついた。優はジャミルへの追撃を忘れて繁沢のもとへと駆け寄った。
だが、勇気と辰美は違った。ジャミルの一撃をくらい地面に伏していたが、起き上がり、状況を把握した。本当はすぐにでも繁沢のもとへと駆け寄りたかった。しかし、麗斗に抱えられている瀕死の繁沢の右手の人指し指が倒れているジャミルの方向を指差しているのに気がついた。繁沢は瀕死の重症を負いながらもまだ戦っているのだ。
繁沢さんの思いを無駄には出来ない!!
勇気と辰美は同時にジャミルを挟みこむ形で追撃を開始した。
ふぅ…… なんやかんやで妖力の六割を消費しちまったな。
ジャミルはゆっくりと立ち上がり、刀を地面に向けて鋭く振った。
「そこのお前! 名前はなんて言うんだ?」
ジャミルは後ろを振り返り勇気に刀を向けた。
「僕? ……佐々木勇気」
勇気はキョトンとした顔をした。
「俺はムジート国十四番隊三尉ジャミル・リゴールだ。
山田辰美にも言ったが、俺は戦士として認めた相手には敬意を示す。佐々木勇気! テメェを認めてやる」
勇気にそう言うと、ジャミルの右の腰に生えている触手が、まるで綱のように太く強靭そうな形に変貌した。
「お前らはまだ魔力の扱いが下手だ。もうじき魔力が底をつくだろうな」
勇気は辰美の方に目をやった。辰美も勇気の視線に気がつくと、首を縦にふった。どうやら辰美も魔力がもう少しで無くなることを理解しているようだ。勇気もそうである。全身の倦怠感が酷く、あともう数分も戦えないのではないかと思っていた。
「魔力が切れてお前らが俺に殺されれば他の奴等もみんな死ぬ。だが、俺を殺せばお前らは生き残れる。素晴らしいじゃね~か! これがこの世の真実だ!」
ジャミルは大きく真上に高々と両手をかかげて陶酔したような表情を浮かべている。
「どっかで聞いたことのあるセリフだな」
辰美はジャミルに接近し、体重を乗せた重い一撃をジャミルに振るった。
ジャミルは刀で軽く受け止めた。
「そこで死にかけてるオヤジに言ったことだ。そういえばあの時お前も聞いてたんだったな!」
ジャミルは刀を鍔迫り合い中の辰美ごと振り払い、辰美を大きく後方に吹き飛ばした。
勇気も辰美が吹き飛ばされる直前にジャミルに斬りかかり、渾身の力と魔力を込めた一撃を見舞ったが、綱のように太いジャミルの触手が簡単にそれを防ぎ、かつ、勇気も辰美のように
力で大きく後方に吹き飛ばされた。
「力! 力! 力~~!!
圧倒的強者の前では弱者は地面に伏すことしかできない。天災のように! 災害のように! 仕方がないと諦めるしかないのだ!!」
ジャミルが辰美のもとへと追撃にやって来た。辰美はジャミルに吹き飛ばされた時に、勇者の剣を地面に落としていた。
「マジかよ……」
辰美は自分の致命的なミスに笑いたくなった。武器が無ければ身を守ることも奴を攻撃することも出来ない。
追撃に来るジャミルと辰美の距離はほんの数十メートル。
もう魔力も残りわずかのこの状況は辰美に死を予感させた。
我ながらあっけなかったな……おっさん、あんたの仇取れなかったわ……
目を瞑り死神の足音に耳をすました。
「……とれ!」
誰かの声が聞こえる。いよいよ死が近づいてきたのか?
「受けとれ~~!!」
辰美は閉じていた目を開いた。その時の光景はまるでスローモーションのようにゆっくりと展開された。
辰美と追撃に来たジャミルとの距離はほんの数メートルに縮まっていた。ジャミルは刀を横に振り払う最中のようだ。
辰美は次に誰かの声が聞こえた方向に目を向けた。声は、辰美の右手側から聞こえていた。辰美は気づいた。手を伸ばせば届く距離に勇者の剣が飛んで来ている。そして、辰美は声の主が麗斗であることに気づいた。走馬灯が駆け巡るかのようにゆっくりと展開する一瞬の出来事。辰美は、時間にすれば一秒に満たないくらいの短い時間。だが、この一瞬で回転しながらものすごいスピードで辰美のもとへと向かっている勇者の剣の飛ぶ斬撃のチャージが完了していることを示す右トリガーの光沢さえも辰美は捉えることができた。
手を伸ばし、勇者の剣を握った所でスローモーションだった光景が一瞬で元通りになった。それと同時にあることがわかった。
そうか……この剣は……
ジャミルの横に振るった刀が辰美の首すじに届く前に、勇者の剣から飛ぶ斬撃が放たれ、ジャミルの体を二つに分けた。
辰美が手にしている勇者の剣は、繁沢のものだった。