VS ジャミル・リゴール②
勇気は、高層マンションのエントランスで倒れている優を発見した。優の勇者の服は、所々が破けており、破けた箇所からは、まるで絵の具が剥げたかのように優の私服が見えていた。
「三奈木ちゃん! 大丈夫か?」
「……」
優は返事のかわりに頷いた。肉体的なダメージは無いようだが、精神的には大ダメージを受けているようだった。勇気は優の手を取り、立ち上がらせた。
「ありがとう」
「地図を見たら、敵のマークはあと一つだ。
その敵のマークは小さい丸じゃなくて、三角形で記されていて、三角形の中にビックリマークが入っているみたいだ。
多分、敵の親玉なんじゃないかなぁ。
そのマークと仲間のマークが隣接しているから、もう誰かが敵と戦っているのかもしれない。」
「もう誰も死なせない……早く行かなきゃ」
優は急ぎ足でエントランスを出ようとした。しかし、その手を勇気が掴んで止めた。
「三奈木ちゃん!! またさっきみたいに一人で戦おうとしてるのか?」
優は勇気が掴んでいる手を払いのけ、エントランスの出口へと歩き出した。
「行かなきゃ……私が……」
「三奈木ちゃん! なんでも一人で背負うなよ」
勇気はもう一度優の手を力強く引いた。優を振り向かせ、優の目を覗いた。優の目には、光がなかった。
「僕は弱い人間だよ。自分の身かわいさに助けを求める大勢の人々を見捨てたり、自分と同じ境遇の仲間が死んでも涙も流さない。
君みたいに自分の身を省みず、誰かのために戦おうともしなかった最低な人間だよ。でもね、僕は君とまだ出会ってから一時間ちょっとしか経っていないけど一緒に行動してたら君のことがほんの少しだけ理解できたんだ」
優は驚いたような顔と困ったような顔を足したような複雑な表情を浮かべ、次第に顔が俯いていき、表情が見えなくなった。
「……勇気さんに私の何がわかるの?」
「君は優しい人間だ。僕とは違う。殺された仲間を、会って間もない、知人とも知り合いとも言えないような人達に対して心から悲しみ、三人を殺したあの白いスーツの男に対して本気で怒って、自分とあいつの力の差なんか賢い君は絶対にわかっていたはずだ。でも君はあいつに立ち向かって行った。自分を犠牲にし、三人の無念を晴らそうとした。それだけを見ても君は優しい人間なんだって僕だってわかる。
君は気づいていないみたいだから教えておくよ。君は、三人を殺したあいつに対しても、心の奥では殺したくないって思ってたはずだ」
「うるさい!! 私はあいつを!! 三人を殺したあの白スーツの男を殺せる!!」
「殺せないよ!! そして君を殺させない!!」
優は唇をキュッと結び涙を流した。
「君は命を大事にすることができる人間だ。魔物を殺すのも本当は嫌だったんだろ? でも、僕や、あの酒場に集められた人々を君は死なせないために感情を押し殺して戦っていたんだろ? もうそんなことはしちゃ駄目だ! 僕じゃあ頼りないかもしれないけど、ちょっとくらい僕を頼ってくれよ!」
涙が止まらない。 ずっと苦しかった。
「僕は君を死なせたくない」
失うことが怖かった。
「だから、バトンタッチだ」
勇気は優の右手のひらをパチンと叩いて微笑んだ。
「僕は、いつも逃げてきた。失うことが怖かったから。いろんなことから逃げ続けてきた敗北者だ。
ここで逃げたら君を失ってしまうかもしれない。一人で戦おうとする君を守るには、僕が君のかわりに戦うしかない」
勇気は優の肩を叩いてエントランスの出口へと向かって歩き出す。
「勇気さん!!」
優が勇気を呼んだ。勇気は後ろを向いたまま優の呼び掛けに応じた。
「私も無くすのが怖かった。私に関わった人を無くすのが怖かった。私が戦って敵を殺せば誰も死なないって思った。けど、駄目だった。結局私の力だけじゃあ誰も守れない」
優が歩いて勇気の横に並んだ。
「私が間違ってた。誰も死なせないなんてことは無理だってことはわかってるけど、私は一人でも多くの人を救いたい!
だけど、私だけじゃあ無理だった。だから……だから勇気さん! 私と一緒に戦ってください」
勇気は優の目をまっすぐ見つめた。彼女の放つ視線には力強さを感じた。そして、瞳は澄んだような綺麗な輝きを放ち、迷いが無くなっていた。三奈木ちゃんはもう大丈夫だろう。
「わかった。一緒に戦おう! 今度はもう僕も逃げない」
二人は高層マンションのエントランスを出た。
「どうした? どうした~!? どうした~~~!?」
間髪入れずに次々と振るわれるジャミルの刀を辛うじて受け止めている辰美。
クソッ! コイツ…… めちゃくちゃ強えぇ!!
辰美はジャミルの刀を受けながら思った。ジャミルは辰美が少しでも隙を見せたら一瞬で勝負を決めるつもりのようだ。その証拠に、ジャミルの太刀筋は辰美が反撃しやすいように単調に振るっており、右脇腹辺りに自然を装い、わざと隙を作って辰美にそこへ攻撃を誘導しようとしているように感じる。おそらくジャミルの罠だ。
迂闊に攻撃は出来ない!! 今は我慢だ!!
ジャミルの刀を受けながら辰美は微笑んだ。
「楽しいだろ? 今お前と俺は儚い命を削って、この瞬間、瞬間を生きてる!! しっかり感じろ!! これが生きてるってことだ!!」
ジャミルはほんの少しだが、気が緩んだ。少しずつ、戦いの最中に成長している勇者の青年、山田辰美に感心してしまった。その一瞬の気の緩みが刀を甘く振るってしまった。それは常人ならば気づけないようなほんの僅かのミスだった。
ジャミルの刀を受け続けながら隙を伺っていた今の集中力が研ぎ澄まされている辰美は、そのジャミルのほんの僅かなミスを見逃さなかった。
辰美は、甘く入ってきた刃を魔力を込めた左手で受け止めると同時に、体を反転させる勢いを利用して、右手で握った勇者の剣をジャミルの右脇腹に食い込ませ、渾身の力で勇者の剣を引いた。
「グフッ!!」
ジャミルの右脇腹は勇者の剣の鋭い刃により切り裂かれ、ジャミルは今日初めて方膝をついた。