僕達が勇者!?
なんなんだ!? いったい何が起きているんだ!?
佐々木勇気は目の前で起きている惨劇をいまだに信じられないでいた。
突如新潟駅南口周辺の交差点に異形の怪物の群れが現れた。その中の狼のような狂暴そうな銀色の体 毛をした怪物が、目の前の恐怖で腰を抜かして動けない女性を鋭い牙で食い殺した。それを合図に、骸骨のような外見の怪物、首だけの姿で宙に浮いている怪物、岩の塊に岩でできた筋骨粒々な四肢がついている怪物等、様々な種類の怪物が、それぞれの特技や体の性質を利用して逃げ惑う人々を虐殺していく。
ヤバイ! 逃げなきゃ!
勇気は恐怖で震える足を二、三強く叩き、とりあえずひたすらまっすぐ走った。
この状況を知らずに南口付近に近づく車は、怪物達の攻撃により、次々と破壊された。その影響で大規模な火災まで発生してしまった。
勇気は走りながらこの惨劇が目に、耳に嫌でも飛び込んでくる。
助けを求める声や、断末魔の悲鳴、血まみれで倒れている母親のそばで泣き叫ぶ子供の声。刀のような武器を持った怪物にめった刺しにされる若い男。
ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい
僕にはあなた達を助けてあげることはできない。何もできない。だから逃げてます。本当にごめんなさい。
勇気は目の前で起きている惨劇を止めることができない自分の無力さと情けなさに大粒の涙を流した。足は全力で生命維持のためにフル活動を続けている。
もうかれこれ三キロくらいは走ったのではないだろうか、勇気の心臓が悲鳴をあげている。高校を卒業してからもう三年経つが、運動という運動をろくにしなかったせいか、肩で息をしながら膝に手をついてその場で足を休める。
「くそっ……まさかこんなに体力が落ちてるとは」
勇気は高校生の頃はずっとサッカー部に所属していた。強くもなく、弱くもないそこそこのサッカー部で、勇気は三年間ゴールキーパーとして活躍し、三年生最後の大会では、新潟県大会ベスト四だった。
だんだん呼吸が落ち着き始めた頃、道路を挟んで向かい側から鉄のように固そうな金属ぽい足が八本ある、蜘蛛のような怪物が止まっている車を撥ね飛ばしながら勇気の方にものすごいスピードで向かってきた。
「うわああああああああ!」
勇気は全力で怪物から逃げる。が、蜘蛛のような怪物はどんどん距離を詰めてくる。
ダメだ! めっちゃ速い!! 追い付かれる!!
ーーあと二メートル
蜘蛛のような怪物の牙が眼前に迫る。もう逃げ切れない。勇気は自分の人生の終わりを悟ると、涙が知らず知らずのうちに頬を伝っていた。
あぁ……まだ僕は二十一歳なのにな……
勇気は目を閉じて死を受け入れた。不思議と恐怖は無かった。死を覚悟してしまったからかもしれない。しかし、もう死を覚悟して目を閉じてから数十秒は経つのに蜘蛛のような怪物の牙が勇気の体に突き刺さる感触が無いのだ。おかしいなと思い勇気はゆっくりと目を開けてみた。
ああ…… 僕は死んだのか
勇気が目を開けると、有名RPGゲームの『ドラゴンストーリー』の酒場のような雰囲気の場所にいた。
酒場にはカウンターと四人掛けのテーブル席が三つあった。
カウンターにはバーテンダーの格好をした四十代後半くらいの威厳がありそうな男が一人いた。
テーブル席には老若男女が計八人座っていた。
「お兄さんも怪物に襲われたの?」
勇気の隣には目が大きな童顔のおそらく女子高生くらいの女の子がいた。
「うん。蜘蛛みたいなでかいやつに襲われた」
「私はサボテンみたいなやつに襲われた」
「僕は蜘蛛みたいなやつに噛まれる寸前というところで目を閉じたんだ。そして目を開けたら何故かここにいた。ということは、僕は死んだのかな?」
「ううん。死んでないよ。
だって私達心臓動いてるし」
勇気は手を当てて自分の心臓の鼓動を確かめた。平常時よりも少し早めの鼓動だが確かに心臓はちゃんと機能している。
「おーい! あんたらもこっちこいよ!」
若い金髪のホスト風の男がテーブル席から手招きしている。勇気と女子高生はとりあえずその男の席に向かう。
「私は三奈木優。
お兄さんは?」
「僕は佐々木勇気」
二人は歩きながら簡単な自己紹介をすませてホストが一人で座っているテーブル席に座った。
「ねぇねぇ! 君らもまさか怪物に襲われて気付いたらここにいた感じ?」
「君らもってことはあんたも?」
「そうそう! ここにいる全員の共通点はそこ。
だからここはもしかしたらあの世かもね」
「ううん。私達ちゃんと心臓動いてるよ」
優がホスト風の男の心臓を指差した。ホストが恐る恐る心臓に手をあてて、「動いてる!」と大声を上げた。
「なんだよあんちゃん。お前さん気付いてなかったんか?
あんちゃんみたいな明るい死人はおそらくいないぞ!
ガハハハハッ!!」
五十代後半くらいの熊のような逞しい体つきをした色黒の男が大笑いした。
「うるせ~よ! でも普通あの状況じゃあ死んだって思うだろうが!!」
ホスト風の男は顔を真っ赤にしながら熊のような男に恥ずかしそうに言った。熊のような男はホスト風の男の後ろにまわり背中をバシンと叩いた。ホスト風の男は悲鳴をあげて立ち上がり悶絶していた。
「ねえ!!この子達でちょうど十人になったわよ!
早く説明始めてよ!」
二十代後半か三十代前半くらいの化粧の濃いポニーテールの女が誰かを呼んだ。
その声にバニーガールのような格好をした金髪の女が一人歩いてきた。
バニーガールは瞳の色が青色だ。おそらく外人だろう。バニーガールはちょうど酒場の中央あたりまで来た。
「ようこそ! 勇者の酒場へ!
私はエリッサです!
みなさんは新潟県の初代勇者に任命されました~!」
エリッサは笑顔で拍手をしているが、勇気を含めた十人はポカンとした表情を浮かべていた。
エリッサの日本語が普通の日本人のようにはっきりとしたきれいな発音だったことにも驚いたが、エリッサの『勇者に任命』という単語の意味を知りたかった。
勇気はエリッサに聞いてみることにした。
「『勇者』って、あのゲームとかでよく耳にするあの勇者のことですか?」
エリッサは首をかしげた。
「ゲーム? よくわからないですけど、勇者はえっと、兵隊のようなものです」
「兵隊?」
「そうです。みなさんが先程襲われた『魔物』と戦える唯一の存在。それが勇者です。
あなた方にはこれから勇者として新潟県を襲っている魔物達と戦ってもらいます」
エリッサの話に全員が言葉を失った。勇気はエリッサの話を聞いて、蜘蛛のような怪物と対峙した恐怖と絶望感を再び思い出して身震いした。それと同時に勇気と同い年くらいの日焼けした肌が特徴的な小柄なギャルが立ち上がった。
「えっ?なになに?じょうだんでしょ?ウチらが兵隊?そんなの無理に決まってんじゃん!うん!無理無理!
だってウチらあの怪物に殺されかけたじゃん?多分ここにいる人達みんなそうでしょ?
軍隊の人が鉄砲であのヌルヌルした怪物を撃ってもぜっんぜん効かなかったんだよ?
ウチらがどうやってあの怪物に立ち向かえばいいのさ?」
「そうだ!そうだ俺らは日本人だぞ!」
三十代前半くらいの七三分けの気が弱そうなサラリーマンだ。
「だいたい軍が勝てない奴等をあたしら一般人がどうやってやっつけるっての?」
四十代くらいの気が強そうな一重の太った主婦も続いた。
ギャルの発言で火がついたのか、大人しかった他の人々が一斉にエリッサを質問責めにした。
「ちょっとみなさん落ち着いて!
今から説明しますから!」
エリッサがカウンターのバーテンダーに目で何か合図を送るとバーテンダーがカウンターを離れ、奥の扉を開けて中に入っていった。
「あの扉ってさっき開かなかったよな?」
「ああ、壊すつもりで開けようとしたがびくともしんかったぞ」
熊のような男とホストが不思議そうな表情を浮かべて話している。
バーテンダーが開かずの扉に入って数分が経過した。
ガチャリと扉が開き、バーテンダーの男が何やらMサイズくらいのミカン箱のような大きさの白い箱を持ってエリッサの隣に立った。
エリッサはそれから咳払いをひとつしてからまた口を開いた。
「これから勇者の装備を配ります。名前を呼ばれた人から取りに来てください!
本田満様! 永井康之様!」
気が弱そうなサラリーマン本田と年齢はサングラスのせいでよくわからないがスキンヘッドの怖そうな永井が席を立ち、バーテンダーのもとへ向かった。
スキンヘッドの永井は座っているときは気がつかなかったが、身長がかなり低い。体格は筋骨隆々の逞しい体つきだが、その身長のせいで太って見えた。
本田と永井はバーテンダーの前に立ち、スマホのような機器を受け取った。本田と永井が席に戻るとみんなの視線が永井に集まり、永井は一瞬びくっとして席についた。
「佐々木勇気様! 繁沢豪蔵様!」
次は勇気と、熊のような逞しい体格の繁沢だ。
「何貰えるんだろうな! おいらは貰えるもんは性病以外なら何でも貰うぜ! ガハハハハッ!!」
繁沢は熊のような大きい手で勇気の背中をバシンと叩いた。本人は軽くのつもりなんだろうが、勇気は一瞬呼吸が止まりかけた。
「どうぞ~!受け取ってくださ~い!」
勇気と繁沢はバーテンダーからスマホのような機器を受け取った。
バーテンダーは何も喋らず、スマホのような機器を渡すと、その鋭い視線の中に勇気達は入っていなかった。
繁沢はスマホのような機器を隅々まで眺めながらヨタヨタと歩いて席に戻って行くので、勇気が繁沢の熊のような大きな手を引いて席まで行ってやった。
「毛利照子様! 安藤有莉栖様!」
日焼けギャルと太った主婦が同時に立ち上がった。
「あら、あんた照子って言うの? あたしの名前の方がかわいいね~」
「ウチのこと名前で呼ばないで!!ダサいもん!
てかあたしなんかよりも、おばさん完全に名前負けしてるよ!!
百歩譲っておばさんが有莉栖だったとしても有莉栖の前に『紅の』が付くでしょ!!」
「誰が豚だ!!」
有莉栖が叫んだ。それと同時にバーテンダーとエリッサ以外の全員が思わず笑ってしまった。あのスキンヘッドの永井もサングラスのせいで表情がみえないが、笑いを堪えているのか、肩がプルプル震えていた。
顔を真っ赤にした有莉栖のだらしない肉のついたあごを照子がタプタプ手のひらで弄びながらバーテンダーからスマホのような機器を受け取った。
「やべ~! 照子ちゃんも紅の有莉栖も両方好きだわ!!
めっちゃおもしれ~!!」
ホスト風の男が笑いのせいで涙を流しながら机をバシバシ叩いていた。
「うるさいな~!!もう!あんたはなんて名前なのよ~?」
「どうせしようもない名前よ!」
「佐久間麗斗様~!」
誰かの名前が呼ばれた。
「はいは~い!!」
ホスト風の男は照子と有莉栖に勝ち誇ったような表情を浮かべて立ち上がった。
「あれっ?すみませんこの名前は佐久間様の『改名後』の名前でした。
どうやら佐久間様は二十歳の時に名前を改名したようですね!
うふふっ!
佐久間様の改名前の本名は……
佐久間八十吉様ですね~!!」
エリッサがホスト風の麗斗を指差した。
麗斗は汗をダラダラと流してゆっくりとテーブル席を振り返った。
「あんただって名前負けよっ!!」
「うわあああああああ!!!」
麗斗は顔を両手で隠しながらバーテンダーからスマホを受けとり、「うわあああああああ!!」といいながら席に戻り腕に顔を埋めていた。
「あんちゃんあんちゃん!!大丈夫!!八十吉って名前なんかまだ全然かっこいいぞ!
俺の仲間に太郎兵っていう名前の漁師がいるぞ!
ガハハハハッ!!」
繁沢はそう言って再び麗斗の背中をバシンと叩いた。麗斗は痛みで飛び上がり、悶絶しながら背中を押さえた。
「三奈木優様~! 楠木絵理奈様~!」
優とポニーテールの絵理奈が立ち上がった。
「かわいい名前ね」
「あなたも素敵な名前だね」
優と絵理奈は笑顔でバーテンダーからスマホを受けとり席へと戻った。
「山田辰美様~!」
年齢は十代後半くらいだろうか、長身で無駄な脂肪の無い中性的な顔立ちのモデルのような男、山田が最後にバーテンダーからスマホのような機器を受けとり席に着いた。
これで全員がスマホのような機器を受けとった。