第六話 世界は魔王以外を中心に回っている
魔王専用のドレスルーム、それは俺の部屋の直ぐ近くにあった。
というか、隣だった。
考えてみれば普通だよね、一々着替える度に遠い部屋まで服を取りに行くなんて効率が悪いもの。
例えその衣装をメイドが持ってきてくれるのだとしても、労力が小さいに越した事はない。
問題は、何故俺がその部屋の存在を知らなかったかと言えば、隠蔽の魔法で隠してあったかららしい。
「前魔王様は女性でしたので、衣装は自然と女性向けの物が多くなります。衣装ならまだいいのですが、下着などもありますからね。そんな所に男性である魔王様を自由に出入りさせていいものかどうか迷いましたので…」
ルイーナに相談したところ、その部屋の存在は俺には隠して、必要な服はメイドが持って行けば良いだろうという事になった、との事だ。
幾らなんでも失礼じゃなかろうか?
流石の俺でもそんな所に篭ってなんやかんやする筈がないじゃないか。
例えるならば、下着売り場に迷い込んでしまった野郎の気分であろうか?
興味がないと言えば嘘になるけ………いえ、忘れてください。
そんな隠し部屋であるが、リリアの思いつきによって、ついに?俺にその存在と場所がばれてしまったのであった。
重ねて言うが、知ったからといって一人でこっそりと何かしようとは思わないですよ?
ドレスルームへの案内の為にメイドを呼んだはいいけど、こんなに近くでは意味が無いのではなかろうかと思い、道すがらと言う距離でもないけど聞いてみる事にする。
「こんな歩いて直ぐの場所に案内させるなんてすまないな」
「隠蔽の魔法を解除する為の鍵を持たされていますので、私が居なければ部屋に入る事ができません」
そう言って紫色の小さな宝石の嵌った指輪を見せてくれる。
「魔法解除、ディスペルの魔法を使われれば鍵など意味がないのですが、魔王様は使えないようですので…」
確かに使えないけどね!
便利そうだから優先して練習しようかな?
そうして話をしている内に直ぐに目的の場所にたどり着く。
メイドが指輪を軽く壁に当てると、靄が晴れる様に扉が現れる。
扉自体に鍵はかかっていないらしく、何の抵抗も無く開いた。
「あれ?魔法で隠してる割には、扉に鍵はないんだね?」
「そこにそれが在ると存在を知らないのなら、そこには何も無いと同じですので…」
確かに、そこにあるのが壁だけだと思っていれば鍵など必要ないだろう。
知らなかったのは俺だけみたいだし、尚更だ。
「さて、アンタは自分の仕事に戻りなさい。鍵は、もういらないんじゃないかしら?ばらしてしまった事だし」
「そうですね、では私はこれで失礼いたします」
メイドは指に嵌っている指輪を外してリリアに預けると、優雅に一礼して部屋を去っていくのであった。
「今更なんだけどさ…」
「何よ?」
「俺、あのメイドの名前知らん…」
「ソーマの世話してるのあの子なんだから名前位覚えなさいよ…」
「今までメイドとしか呼んでなかったのが今考えると物凄く失礼だよな…」
「当たり前よ。ちゃんと聞いて名前で呼んであげなさい」
向こうから名乗ってくれてもいいのにと思ったけど、俺だしなぁと思い直して諦める事にする。
今度ちゃんと名前を聞いておこう。
「さ、気を取り直して着せ替えタイムといきましょう!」
若干ウキウキしてるように見えるのは気のせいではあるまい。
軽く見回して見ると、やはり女性ものの衣服が多い。
前魔王が女性だったのだから仕方ないのだが、ここで俺の服を見繕うのは中々大変なのではないだろうか?
俺に女装趣味は残念ながらない。
「あ!」
「今度は何よ…」
「俺、前魔王の名前も知らない」
リリアは面倒臭いという風に頭を振る。
「そんなのどうでもいいわよ、直接会って自分で聞きなさい」
どうでもいいのだろうか?どうでもいいんだろうなぁ…。
「そんな事よりもさっさとはじめるわよ!」
「分かりました…」
機嫌を損ねさせる訳にはいくまい。
素直に従っておくが吉だ。
返事を聞くよりも早く、リリアは衣装を選びに物色を始める。
どの世界の女性もこういうのは好きなんだなぁ。
このまま突っ立って待っているのも面白くないので、邪魔にならない程度に見てまわる事にする。
流石に魔王が着るものだけあって、魔力を放っているものや、煌びやかな装飾を施されている物など値段を聞いたら目が飛び出るのではないだろうかという代物がズラリと並んでいる。
勿論、女性の衣服であったが…。
そんな中に目を引く物が!
「これは!?」
吸い寄せられるようにその服の側に歩み寄る俺。
それはなんというか、漆黒の肌理細やかな布で出来ている女性用の衣類であった。
金糸でアクセント程度に付けられた装飾が美しく着飾り、下品さの欠片もない。
言ってしまえばネグリジェのような物であろうか。
「うむ!エロい!」
「アンタ、そんなの着たいの?」
背後から刺さるような視線を感じる、振り返るのが怖い!
「い、いえ、着たくないであります!」
着て貰うなら大変結構なのだけど、自分で着るとか非常に気持ち悪い。
「そう、よかったわ。もし着たいなんて言うのなら付き合い方を考え直さなきゃいけなかったものね」
目が笑ってねぇ!単純に怖い!
「いやぁね、将来的に彼女でも出来たらこういうの着て貰いたいなぁと」
「そういう事は彼女が出来てから言いなさい」
ピシャリと言い切られる。返す言葉も無いが、思う位いいじゃないか…。
「そんな事より、まずはこれに着替えなさい」
俺の彼女はそんな事か…、いいけどさ。
リリアが持っていたのは、俺のパジャマであった。
「これ俺のじゃん!!」
「今のソーマの格好よりもマシよ。それに、その服軽く呪われてるみたいだしね」
あのメイドめ、なんてもの持ってきやがる!
リクエストした条件がこの服だけだったのかもしれないけど、そんなもの普通着せるだろうか?
それとも困ったような表情というのは、考える限りこれしか該当する服がないからだったのか?
「………呪いの効果って分かる?」
「そうね、まぁ大した事ないわ。人に好かれにくくなるという程「問題ありすぎるだろ!!」
絶賛ボッチ中の俺からすれば、嫌過ぎる呪いである。
辛うじてリリアという幾らか気の許せる存在ができたというのに。
「あ、ちょ!?着替えるならちゃんとそれ専用の個室が」
そんなの聞いていられないとばかりに、着ているローブを脱ぎ捨て、着慣れたパジャマに袖を通す。
うむ、実家の様な安心感!
「そんな話聞いたのに、悠長にしてられる程俺の交友関係は広くない!」
「広いとか言う前にいないんじゃ…」
「アーアーキコエナイナー」
これから増やすんだもん。きっとハーレムとか築いてるはずだよ?魔王なんだから。
リリアは溜息混じりに告げる。
「はいはい、じゃ、改めて探してくるから少し待ってなさい。女性の下着に興味を持つのはいいけど、触っちゃダメよ」
「触んねぇよ!」
俺の心からの叫びを完全にスルーして離れていくリリアであった。
俺から見れば、黒いローブ以上に無いわ~というような服から、これ男にはちょっと色々と危ないんじゃないのか?と思うような服まで、幅広く着替えさせられまくった俺は疲れ果てていた。
着替える前に、これはちょっと…なんていう反論は出来る筈も無く、されるがまま、手渡されるがまま無心で着替えていくのであった。
何より、リリアが物凄く楽しそうだというのもあって、俺はただ我慢するのみである。
(可愛い女性の笑顔はやっぱりいいね!サイズが小さいのがなんだけど!)
さっきの話を引っ張るわけではないが、この状況が彼女とだったらなぁと思わずにはいられないのが正直な気持ちであった。
(さっきの、アレをリリアが着れば………いかんいかん、これは非常にまずい絵柄な気がする!)
小さい子は単純に可愛いと思うが、そっち系の趣味は俺にはない。
リリアの年齢が分からない以上、問題ないのかもしれないけど、女性に年齢を聞くのは怖い。
触らぬ神になんとやらだ。
「さっきからニヤケたり青ざめたりどうしたのよ?」
「いえ、なんでもないですよ!」
これは心に閉まっておこう。それがいいな、うん。
「遊び倒して満足したわ!これが本命よ」
やはり俺は遊ばれていたらしい。
見た目でもうアウトだと分かるような物もあったからな…。
それを着た俺もアウトだと思うけど。
「これで最後?」
「そうね、着替えてきなさい」
手渡された服を抱え着替えに行く道すがら、リリアの顔を覗き見る。
そこには非常に満足したようなリリアの笑顔があった。
(ストレスでも溜まってたのかな…)
実際の仕事を見た事はないが、人と多く関わる関係上面倒も多いのだろう。
(たまにはまたこうやって着せ替え人形になってやろうかなぁ)
などと、そう思う俺は甘くないと思いたい。
簡単なパーテーションで区切られた個室に入った俺は、さっそく手渡された服を広げて見る。
それは、白を基調として、茶色とオレンジがアクセントに入った半袖と、同じく白を基調とした8部丈のパンツであった。
その上から、帯の様なローブを羽織る。
「魔王っぽくないないぁ…」
正直な感想であるが、似合っていないかで言えば似合っている、と思う。
俺が選ぶと絶対に黒1色とまでいかないけど、それに近い感じになるから、俺には出来ないコーディネートだ。
「こんな感じになったんだけど」
「いいじゃない!似合ってるわよ、流石アタシ!!」
「俺が選ぶよりは大分マシだと正直思う」
「当たり前じゃないの、このアタシの見立てなのよ」
機嫌いいなぁ~。
何にせよ、これで笑われない程度の身だしなみは整った訳だ。
「今までの無地の上下より遥かにレベルアップした気がする!」
「あれって、ソーマが自分で選んでたの?」
「まさか、朝起きると部屋に用意されてた」
「毎日魔法の練習で汚して帰ってくるから、汚れてもいいものにされてたのかもね」
そう言われればそんな気がしないでもない。
魔法の練習の結果、服を毎日の様にボロボロに、もしくは汚してくる俺に上等な服は勿体無い。
メイドの判断は正しいようだ。
単なる嫌がらせじゃないかな?と少しでも思ってしまった俺を許してくれ…。
「それじゃ様も済んだし帰る…」
部屋を出て行こうとするリリアはピタリと止まり、クルリと振り返る。
「訳にはまだいかなかったわ。ソーマのアホみたいな笑い声だけが気になって来たんじゃなかったんだったわ」
俺としては物凄く暇だったからタイミング的にはバッチリだったが、一応用があって来たらしかった。
わざわざ俺に知らせるような事ってなんだろうか?
現状、特に何かをしている訳ではないし、もしかしたらあの場所を使うなという苦情だったりする?
「どうやら人間達の勇者が現れたみたいよ。その内魔王を倒す為にここに向かってくるんじゃないかしら?」
「マジでか!?俺、城でぬくぬくしてるだけなのに!」
「こっちの事情なんかあちらさんは知らないしね~。そういう訳だから一応知らせておこうと思って来た訳よ」
それじゃ伝えたからね~と手を振って今度こそ去っていくリリアであった。
話の中だけで出てきた勇者がついに………と思わなくもなかったけど、俺は最初に説明された事をしっかりと覚えている。
勇者を倒す事は業務に含まれていないという事を!
そんな訳で、勇者が現れたよ!なんて聞かされても、そうなんだ~位にしか思わないのであった。
魔王がいるなら、対になる存在も居ますよね!