第一話 呼ばれた理由はあんまりだった
オルディリアという世界のクラヴニースという大陸にある魔都オルディオンという街に召喚された。
簡単に言えば、そういう事だった。
いかにもと言う名前で納得する。
世界とこの街の名前が似通っているのは、ここが一番古い街だからだそうだ。
日本の首都とかの名前だったらそれはそれで面白いのかもしれないけど。
正直に言えば、魔王様という響きはとても心地よかった。
例えるなら、妄想が現実になるRPG!いや、なんでもないです。
だけど確かに、気分的にはそんなフレーズが頭に浮かぶ程、浮かれていたのかもしれない。
俺が魔王…うん、いいじゃないか。
そんな感慨に浸る俺を現実に引き戻す褐色エルフ。
「いかがなされましたか、パジャ魔王様?」
「誰がパジャ魔王だ!?」
確かにパジャマ姿だけども!
好きでこの格好でいる訳ではない。
その名前が定着したらどうするんだ。
案の定、
「パジャ魔王…」
とざわめく声が聞こえてきた。
本当にやめて欲しい、何でもはしないけど。
「失礼いたしました」
目覚めて五分で、いらんあだ名が定着したような気がした。
もういいや、とりあえず目的位は聞いておこう。
魔王として呼ばれたからには、やっぱりやる事はこれなんだろうか?
「それで俺は勇者を倒「倒さなくていいです」
まだ最後まで言ってないのに…。
どうやら違うらしい。
なら何をしろというのだろうか?
魔王の仕事なんて打倒勇者って相場が決まっているだろうに。
ならこっちの線だろうか?
「世界を恐怖と破壊の混沌の渦に包「包み込まなくていいです」
おぅふ………
「じゃぁ何をしろっていうのさ?」
はっきり言おう。俺は魔王が普段何をしているのかなんて知らない!
だってそうだろう?
ゲームだって、物語後半辺りから急に出てきて、実は黒幕でしたってそれで倒して終わりなのが殆どだ。
魔王の日常生活なんて知るはずも無い。
「いえ、特に何もしなくていいです」
「何もしなくていいのかよ!?」
思わず突っ込んでしまう。
何もしなくていいのに魔王とはこれいかに?
何もしないから魔王なのか?
首を捻っていると、
「実は………」
当たり前だが理由を話してくれるようだ。
この辺、丁寧に話してくれるのは好感が持てる。
「前魔王様が暇だから辞めると言って城を出奔しましてですね…」
やれやれと言う表情だ。
家出したって、上に立つ者がそんなのでいいのだろうか?
なんて奴だ、魔王の風上にも置けん!
「それで代わりこいつを魔王にしろと城の入り口に…」
手紙と共に転がされていたようだ。
扱いがとても悪い気がする。俺、本当に魔王様なの?
「どうしようか考えましたが、魔力を調べた所、前魔王様から魔力を譲渡されたという判定が下されまして、それならとここまで運んだ次第です」
それでいいのかと思ったけど、いいんだろうなぁ。
(みんな受け入れてしまってるみたいだし)
周囲を見回すと、誰も文句を言う奴はいない、というか、あの魔王ならやりかねないなという空気が漂っている。
魔王がそれでいいのか…。
「因みにその前魔王ってのは今どこに?」
「さぁ、それは存じませんね…」
綺麗に首を傾げる姿は可愛い、じゃなくて本当に前魔王は暇と言うだけの理由でどこかにいったのか…
「という事は、あの時聞こえたガキの声が魔王様だったって事なのか?」
どうやら幻聴ではなかったらしい事に安心する。
夢見がちなのは自覚しているが、まだボケるには早い。
(誰がガキか!)
と、そんな声が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「確かに前魔王様のお姿はガ…失礼しました、子供でいらっしゃいますが、それなりに年齢を重ねていますので」
ロリババアとかロリジジイの類だったか…
一応聞いてみる。
「因みにその前魔王様の性別は?」
なんの関係があるんだと首を傾げるが答えてくれる。
「女性ですが、それが?」
よし、前者の方だった!内心ガッツポーズをとる。
男に興味はないし、大事なのは見た目ですよね!
「いえ、俺も男ですから」
とまぁ、これ以上前魔王の事を考えても、俺の状況にはなんの役にも立たない。
それよりも、魔力を調べたという事は、確認しなければならない事はまずこれだろう。
「その、俺って、魔法とか使えるの?」
これは大事な事だ。中二病患者と言う名のロマンを追い求める諸君よ、理由はわかるな?
「勿論使えますよ。魔王様から直接魔力を譲渡されたようなので、大概の事は出来ると思いますが…」
よし!流石は魔王、なんだかテンションが上がってきた!
夢が膨らむ。あんな魔法やこんな魔法も思うがままか!?
「大概の事はできません」
あれー?出来るとか出来ないとか意味が分からないんだが…。
「どういう事?」
「強大な魔力は確かにあります。ですが、今の貴方は魔力があるというだけですので」
魔法そのものの使い方を知らないから今は何も使えないという話だった。
「なら、使い方を覚えれば使えるのか?」
「問題なく使えるかと思います」
よかった、それならば何もいう事はない。
今の状態は、中身はパンパンに詰まってるけど取り出すための穴が狭い、そんな感じらしい。
初級の魔法から練習して、少しずつ穴を広げていくのがいいと教えられた。
話が脱線してきたようなので、軌道修正してやる、というかしないと困る。
「で、さっきの話に戻るんだけど、本当に何もしなくていいの?」
「はい、正確には、1日の半分程をこのオルディオンで過ごしていただくだけで結構です」
どういう事だろう?
「この魔都オルディオンを包み込む結界や、諸々のエネルギーは代々魔王様の魔力で賄われているのです。ですから、仕事と言える仕事は基本的にこのオルディオンにいて頂く事がそれに当たります。城や兵の管理は我らが行いますので…」
なんと、夢にまで見た異世界に呼ばれた理由は、ただのバッテリーだった。
あんまりにもといえばあんまりな理由であった。
勇者に魔王が倒されたから代わりに同じ資質を持つものを呼び寄せたとか、人間からの侵略に対抗するために、魔王軍の勇者として召喚されたとか、そういう格好いい理由でないのが残念すぎる。
更に言えば、確かに人間の軍と戦う事はあるが、それは魔王の仕事ではないらしかった。
勇者と戦う事、城や兵の管理、各地域へのモンスターの派遣、そういう事はそれ専門の部下が全て取り仕切っているという話だった。
前魔王が暇だと言うのもなんとなく分かるような気がする。
だけど、
「俺は初めてだからな、そんな事はない!」
若干もう馴染んでしまっている気がしないでもないが、生まれて初めて魔法を使う事が出来るかもしれない。
自由な時間があると言う事は、魔法の鍛錬し放題じゃないか。
それに、空想の中でだけに存在した、種族、世界、そんなものに自分のてで触れられるのだから楽しくないわけがなかった。
実際、目の前にそれらが存在しているのだから。
興奮冷めやらぬ中、そういえばと忘れていた事を思い出した。
まず礼儀としてこれはやらなければならないだろう。
互いの関係を円滑にする第一歩だからな。
「そうだ、名前だ。自己紹介がまだだった」
立ち上がり胸に手を当て、腰を軽く折る。こんな感じでいいだろうか?
「俺の名前は、相馬凰「伺っております。相馬凰輝様ですね」
またか…
被せなくてもいいだろうに…
「読みに《まおう》が入っているなんて流石魔王様ですね」
………
馬鹿にされているのだろうか?
いやいや、多分、きっと、絶対違う、そうに違いない。
「そ、それほどでもない」
返す言葉は歯切れが悪かった。
これ以上続けてもいい事は無いはずだ、さっさと名前を聞いてしまおう。
「貴女の名前はなんですか?」
続けて、マドモアゼルという言葉を物凄く言いたかったけど、我慢する。
伝わらないかもしれないからね!
「私の名前はルイーナ・ノルシス。見た目でお分かりかと思いますが、ダークエルフです」
そう言って優雅に一礼する姿は、とても美しいのであった。
難しい事は考えない。
魔王という単語がインフレしてとどまる事を知らない。
12/22 少し加筆しました。