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第七話 とある少女の始まりの記憶

ちょっと暗いです、多分ちょっとだけ。

そして少しだけ長いです。

 少し昔語りをしましょうか。

 人に聞かせてもあまり楽しい話じゃないけどね。

 私が七~八歳の頃だったかな?




「アリシア、巻きを拾ってきてくれない?」


 お母さんにそう言われた私は元気良く返事をする。


「わかった!!」


 私の毎日の日課であった。

 生まれ育った場所だ。

 危険な場所も、安全な場所も良く知っている。


「暗くなる前に戻ってくるのよ?」

「わかってる~」


 私は、そうして勢い良く外に駆け出すのであった。

 途中で近所の友達を何人か誘って一緒に向かう。

 これも毎日の事であった。

 森での巻き拾いは、遊びと仕事を兼ねている。

 たまにキノコや木の実、食べられる物を採って帰ると喜ばれた。

 始めの内は、食べられる物とそうでない物の区別が付かなかった。

 例えるなら毒キノコとかね。

 そういった物の中でも、食べても症状が軽い物はわざと食べさせられたものだ。

 食中りで寝込んだ時は、知っているなら教えてくれと恨んだものだが理由を聞くと一応の納得はできた。

 食べて、実際に危ないという事を身を持って体験しないと幾ら口で説明しても分からないからだという。

 友達に聞くと、他の家庭では実際に良い物と駄目な物を見せられる程度で、食べる事はなかったそうだ。

 我が親ながら、少し過激だと思った。


 森の中は、陽の光が木々の枝葉に遮られ、薄暗く少しジメッとしている。

 でも、枝葉の隙間から太陽の光が帯の様に差し込み、葉に付着している水滴が光を反射してキラキラと輝く光景はどこか幻想的にすら見える、というのは贔屓が過ぎるだろうか。

 時折足を止めては、枝を拾ったり食べられる物がないか探しながら危なげなく進んでいく。

 そんな中、男の友達の一人がボソッと呟いた。


「なんか今日の森変じゃないか…?」


 みんな足を止めて周囲を見回してみる。


「そうかなぁ?いつもと一緒じゃない?」

「そうそう、気のせいだって!」

「そうかなぁ…」


 その時、森に違和感を感じたのはその友達だけだった。

 私も勿論何も無いと思った。

 みんなの気のせいじゃないかという意見に押し切られるようにして、その友達もやっぱり勘違いだったと考え直す。

 今思えば確かに変化はあったのだ。

 その日は、いつもなら聞こえてくる森の動物や虫の声が、不自然な程聞こえてこなかったという事に最後まで私達は気づく事ができなかったのであった。



 太陽が沈んでからどれほどの時間が流れただろうか。

 昼間は暖かな木漏れ日が差し込む森は、今はただ深い闇が広がるばかりである。

 木々を切り倒して作られた広場には、松明の明かりが点々と家々を照らしていたが、今は数を減らし広場を微かに照らすだけだ。

 そこは、森の中に作られた小さな村であった。

 隣の集落までの距離は馬で一日程、王都までは五日といった所にある僻地と言ってもいい村である。

 僻地ではあるが、ここ何年かはモンスターなど見かける事はなかった。

 狩猟と採取で生計を立てる、そういう穏やかな時間が流れる場所であった。

 だが、今日は少し違った。


「アリシア!起きなさい、早く!」


 私は体を強く揺さぶられる。

 普段であれば優しいお母さんの切羽詰った余裕の無い表情を、寝ぼけ眼で見上げる。

 一体どうしたのだろうか?

 そうして微睡んでいる内に木が砕けるような激しい音が響き渡った。

 普段であれば皆が床に付き静かな筈の村に響いたその音に、私の意識は一気に覚醒した。


「な、何!?」

「わからないわ、今お父さんが確認しに行ってる所よ」


 まるで、明かりが落ち村の皆が寝てしまうのを待っていたかの様に村のあちこちで破砕音が聞こえてきたらしい。

 家の扉が勢い良く開かれる。

 大きな音に身が竦むが、現れた姿に安堵する。


「お父さん!」

「あなた、一体何があったの?」


 現れたお父さんは相当急いで戻ってきたのか、肩で息をしている。

 呼吸を整える時間も惜しいという様に私達に言う。


「モンスターだ!オークの群れが村を囲んでいるようだ」


 モンスター、それは話の中で、本の中でだけ知る存在であった。

 少なくとも、私が生まれてからこの村に現れたという話は聞いた事がない。


「何年も見なかったのになんで今頃になって…」


 お母さんの顔色は青くなっているが、私がいるからか取り乱すことなく気丈に振舞う。

 優しくはあるが、元々気の強い方じゃないお母さんの姿は無理をしているように見えなくも無い。


「俺は村の自警団と一緒にモンスターの討伐に向かう。お前達は蔵に隠れていろ」


 蔵というのはこの村の家の殆どにある食料保存庫である。

 家の下に縦穴を掘って、その上に木の板を乗せるという簡単な作りであるが、それなりに頑丈な作りになっている。

 そこに隠れていろという事だった。


「大丈夫なの?」

「何、たかがオークだ。問題なく追い払ってやるさ」


 オークはゴブリンと並んで、最下級と言ってもいいモンスターに分類されているらしいが、何年も戦いのなかったこの村の戦力で戦いになるものだろうか?

 私の不安が顔にでていたのか、お父さんは力強い笑みを浮かべる。


「大丈夫だアリシア。そうだね、お母さんと良い子にして待っていたらいい物をあげよう」


 お父さんはゴツゴツした手で私の頭をクシャクシャと撫で、外に出て行く。


「あなた、無理だけはしないでね」


 お父さんは返事をする事無く、大丈夫だと言う風に手を振り外に走り去っていった。


 お父さんが外に行ってから少しの時間も経たない内に聞こえてくる音は激しくなった。

 外からは、人々の喧騒と家が壊れる音なのだろうか?が、止む事無く聞こえてくる。

 私はその音が聞こえる度にビクビクと体を震わせて動けないでいた。

 カチカチと鳴っているのは私の歯だろうか。

 音を鳴らさないように、少しも外に漏れないように歯を食いしばって我慢しようとしたけど、私の意志とは関係なく震えは止まらなかった。

 私の体が不意に温かな温度に包まれる。

 お母さんが後ろから私を抱きしめたのだ。


「大丈夫よ、お父さんが守ってくれるから」


 お母さんの顔を見上げようとするが、思ったよりも強く抱きしめられているのか上手く動けない。

 私を抱きしめたお母さんのその腕は少し震えていたように思う。


 (そうか、お母さんも怖いんだ…)


 そんな当たり前の事に今更ながら気がつく。

 もしかしたら、モンスターを実際に見たことがあって、その怖さを身を持って知っているのかもしれない。


「さぁ、お父さんに言われたとおり隠れましょう」


 腕をゆっくりと解き、私を安心させるように微笑みながら手を引き蔵に向かう。

 外から漏れてくる松明の光を不気味だと思ったのは、今日が始めてだった。

 音は止む事無く続いている。



 ひっきりなしに聞こえていた音はもう聞こえない。

 聞こえるのは何かを探るようなガサガサとした音だけだ。

 お父さん達はどうなったのだろうか?

 私は幼いながら、このとき本当はどうなっているのか理解していたのだと思う。

 ただ、気持ちがそれを認めたくなかった。


「お父さんは…」

「大丈夫よ、お父さんは戻ってくるわ」


 私よりもとっくの先に気がついていたのだろう。

 それでもお母さんは私を安心させる為に言い切る。

 少し迷った風にした後、お母さんは言う。


「少し外を見てくるわ。貴方はどんな事があっても外にでちゃダメよ…」


 私の返事を聞く事もなく、お母さんは蔵からでて行ってしまう。

 そして、蓋をしたかと思うと、上から何か重い物をを引きずるような音が聞こえた。


「お母さん!?」


 蓋を空けようと力を込めるが、私の力ではびくともしない。

 力の篭ったお母さんの声が上から聞こえてくる。


「いい?静かに隠れてなさい、何があっても…」


 私の返事を待つ事無く、足音は遠くなっていった。



 どれ程の時間がたったのだろうか?

 身じろぎ一つせずに、私は蔵の中で小さく固まっていた。

 微かに外から漏れてくる松明の光が、不意に大きくなる。

 扉が乱暴に開かれる。

 バン!っと扉が吹き飛びそうな程の大きな音がしたけど、私は歯を食いしばって声を出さないように耐える。

 お母さんと、お父さんと約束したんだ。

 天井を覆っている板のほんの僅かな隙間から、見えた。

 あれが、モンスター…。

 始めてみるモンスターに私は息が詰まる。

 体格は大人程で、筋肉質な緑色の肌をしている。

 顔は豚のような鼻を持ち、酷くブサイクに見えた。

 それが部屋を物色するかのように視線を巡らせている。

 手に持つのは、モンスターが持つには少し立派に見える剣であった。

 考えたくないけど、人を切ったのか赤黒い血のりでべったりと汚れていた。

 私の隠れている場所の上にはお母さんが乗せていったベッドだろうか?が置かれていたせいで、気が付かれる事はなかった。

 オークは鼻がいいと聞いた事があるから、本当ならこんな程度で隠れきる事なんかできないと思うのだけど、その理由は直ぐにわかった。


「ここで全部か。どうやら村の奴らは全員始末できたみたいだな」


 オークが人間の言葉を話す事ができるとは思わなかった。

 そして、次にそのオークが取った行動が信じられなかった。

 何故なら…


「いつまでもこんなクセェもん被ってるなんて冗談じゃねぇ」


 オークは頭に手をかけたと思うと、ズルリとそれを脱ぎ捨てた。

 その下からでてきたのは、人間の顔であった。


「そいつを取るのはここから離れてからだって決めてただろうが」


 新たなオーク、いや、人間が部屋に入ってくる。


「もう終わったんだ、いいじゃねぇか。それにもう全員殺した後だしよ」

「念の為だ、ここを離れるまでもう一度被っておけ」

「仕方ねぇな」


 男は嫌そうに脱いだそれを被りなおす。


「取るものも取ったし、日が昇る前に撤収するぞ」


 全員殺した?

 殺された?お父さんも、お母さんも、友達も、村の皆も?

 頭に昨日までの優しく暖かな日々が流れるが、それと同時にもうそんな日々はないんだと理解してしまった。

 私は、それと向き合える程強くなかった。

 声を出す事もなく、私はあっけなく意識を手放すのであった。



 重い目蓋に光が差す。

 上から重い物を引きずる音が聞こえたと同時に、板が外される。

 一瞬にして昨日の光景が頭をよぎり、悲鳴を上げかけるが、かけられた声は知っている優しいものであった。


「アリシアちゃん無事だったか!」

「おじさん…」


 それは、道具屋のおじさんであった。

 お母さんに頼まれてお使いに行くと、よくサービスしてくれた気のいい人だ。

 王都に仕入れに行くのに暫く前から村を空けていたようだけど、タイミングよく今日戻ってきたらしい。

 いや、悪くだろうか。


「村が見えたと思ったらボロボロになってるし、何があった?」


 小さな子供に聞く事ではないのはおじさんも分かっているだろうけど、どうやら生き残っているのは私だけだったらしい。


「モンスターが…」


 そう続けようとして、昨日の光景を思い出す。

 オークのマスクの下から現れた人間の顔を。


「そうだ!」


 その先は言葉にならなかった。

 何故なら知らない人が後ろから現れたから。


「生き残りは居たかい?」

「おう、なんとか一人だけ見つけることができたよ!」

「それはよかったな」


 現れたのは革の鎧を着た男であった。


「この村に帰ってくる途中で会って食料を売ってくれって言われてな。ここまで帰るって話したら、食料の礼に護衛してくれる事になった。何年もなかったからいらないと言ったんだが、彼等はモンスターを実際に討伐した直後らしくてな」


 戻ってきてのこの光景を見ると彼らの話は本当だったと驚いたそうだ。

 そして、もう誰も居ないという事にも。


 彼等は冒険者という職業らしい。

 冒険者ギルドに登録してランクを与えられ、依頼によってモンスターを狩ったり、ダンジョンに潜って一攫千金を狙ったりそういう何でも屋のようなものだそうだ。

 モンスターの討伐証明に耳だったり鼻だったりを冒険者ギルドに持っていくと報奨金を貰えるシステムで、彼等はオークの鼻を持っていた。


 私が驚いたのは冒険者云々の話ではない。

 それは、この冒険者の顔を私は見ているという事だ。

 記憶に焼きついていると言ってもいい。

 悲鳴を上げる余裕もなく、頭の中は真っ白になった。

 何故なら、その冒険者の顔はオークのマスクの下から現れたそれだったのだから。


「まさかそんな所に部屋があるとはな」

「この村の特徴ですね。食糧なんかを保存するためにこういう穴を掘るんですよ」

「ふ~ん穴ねぇ…」


 冒険者の男は探るような視線を向けていたと思う。

 私は咄嗟に嘘を付く。


「私、昨日ベッドで寝たはずなのになんでこんな所にいるの?」


 私の鼓動は早鐘を打ち、外に聞こえるのではないかと思ってしまうほどだった。

 それに気が付いたわけではないが、おじさんの言葉は私の話をアシストする形になる。


「昨日の夜、この村はオークの群れに襲われたらしくてな…、オーク共はこの冒険者さん達が倒したらしいんだけど、村のみんなは…」


 死んでしまった、と。

 それを私は知っている。

 だけど、私は何も知らないと嘘を貫き通すしかない。

 私が、この村で何があったのか全部知っているとばれてしまえば私だけでなく、おじさんまで殺されてしまうだろうから。

 私は涙を流しながら癇癪を起こしたように叫ぶ。


「お母さんは!?お父さんは!?みんなもういないの!?なんで?私達何も悪い事してないのに…」


 その様子を見ていた冒険者の男は納得したのか、声をかけてくる。


「モンスター共に理由なんざ聞いても無駄だ。食料が目当てなのか女が目当てだったのか知らないけどな。俺達が始末したから安心しな、嬢ちゃん」


 そうして私の頭をゴツゴツした手でクシャリと撫でる。

 触れられた時、ビクリとしそうになったけど、必死に耐える。

 お父さんと同じ行為なのに、これほどまでに違うのだろうか。


「こんな状態じゃな。悲しいけど、この村は捨てるしかないな…」


 おじさんは覚悟したように告げる。

 私よりも長い間ここで暮らしていたおじさんの方が辛いものがあるのだろう。

 遠くを見つめるような目をして、吹っ切るように言う。


「さぁ、村のみんなを弔ってやろう。このままだと化けて出てきそうだからな」


 そう告げるおじさんは笑っていたが、同時に泣いているように見えた。



 二~三日の間は何も考える暇がない程であった。

 お父さんとお母さんの死体を見つけた時、静かに泣いた。

 おじさんに声をかけられるまで、私は立ったまま涙を流し続けていたらしい。

 それからだろうか。

 死体を見ても何も思わなくなったのは、私のどこかが壊れてしまったのかもしれない。

 あの冒険者を見ても自然と笑えるようになっていた。

 私の親の仇を撃ってくれた英雄なのだと褒め称える事すらできた。

 私も大きくなったら、冒険者になってモンスターからみんなを守るんだと、そんな風に。

 知らず知らずに内に、私の仮面は時間と共に厚く硬く、多くなっていった。

 笑う時も、泣く時も、怒る時も、喜びすらも、私の心を動かす事はなかった。


 彼らは王都に戻ってギルドに報告すれば、オークというそれほどでもないモンスターの討伐報酬と、村を滅ぼしたモンスターを討伐したと言うかなり大きな報酬を貰う事になるだろうという話をしていた。

 証人は最中を生き残った私と、おじさんの2人。

 たとえその場で私が見た真実を告げたところで、誰も信じはしないだろう。

 子供の妄言か恐怖に駆られてそう見えたとか、現実を受け入れたくない精神的な錯乱だとか。


 私は悔かったのだと思う。

 穏やかで、暖かな生活が一瞬で消えてしまった。

 こんなのが人間なのだろうかと。

 私にはモンスターよりも人間の方がよほど恐ろしく見えた。

 私は密かに決意する。強くなろうと。

 誰にも、何者にも奪われない為の力をつける。

 逆に私が奪える程に…。


 そして、まず私は一人の人間を殺した。

 冒険者達ではない。

 モンスターでも、ない。

 私はこれから仮面を被って生きていくのだろう。

 使い分ける方法は、もう覚えた。



 私が今までの生涯で一番最初に殺したのは、私自身だった。


魔王がアホっぽくて勢い重視の分、こういう暗めの物を書くのは中々大変ですね。文や描写が思ったように行かなくて、力不足を感じます。

漢字と数字がごっちゃになってるのを修正、いかんですね…

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