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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機械になった、愚かな俺。

機械になった、愚かな俺。

作者: 苗字名前

前作の「主人公になりたいなんて願うから、こうなる」を読んでから、この作品を読んでください。

「機械になった、愚かな俺」と言うシリーズ名のリンクから行けます。

 目が覚めれば其処は異世界、ではなく、未来だった。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢




 微睡んだ意識がゆっくりと覚醒していく。

 頭が痛い。目の前が真っ暗だ。背中から柔らかい感触が伝わってくる。布団だろうか。


―――俺は、どうしたんだっけ。


 スウ、と息を吸い込む。病室のような、独特の匂いがする。

 此処は自宅ではないのだろうかと疑問を抱いた。

 上手く回らない頭でぼんやりと思考する。

 まず、目を開けようとした。重い瞼は震えながら開く。少し揺れる視界を左、そして右へと向けた。

 真っ白い天井と硝子が見えた。

 己を纏う周囲へと、目を凝らしてみれば自分は何やら卵形のカプセルのようなものに入っていた。


――まだ、夢でも見ているのだろうか。


 ぴくり、と指を動かしてみると、間接に痛みが走って、思わず眉を顰めた。

 何か大きな勘違いをしているような気がして、身体を起こそうとする。下に肘を付いてまず上半身を起こす。すると、自分が何やら透明な液体に浸かっていたことに気付いた。


「……っ、」


 は?と声を漏らすはずだったのに、喉から出るのは乾いた呼吸だけで、改めて自分の肉体に違和感を覚えた。

 とりあえず体を起こしてみようと、筋力が落ちてしまったようにも思える、力の入らない腕を一生懸命に伸ばして、起き上がった。


 ぷしゅり。何とも間抜けな空音が響いた。

 途端に、どうやらカプセルの蓋だったらしい硝子が開いて、外の空気が流れ込んできた。久しぶりに空気に触れた気がした。


 身を覆う倦怠感を無視しながら頭を振ると、今度は自分が裸なことに気が付く。

 気のせいか、腹筋が見事に割れ、足にはしっかりと程よい筋肉がついていた。

 なんか、スタイルよくなってないか、俺……?


 そんな引き締まった自分の身体を見て、ボーっと真っ白になっていた思考が段々とクリアになり、徐々に働き出した。


「……っぉれ、なンで」


 絞り出した声はなんとも、酷いものだった。よぼよぼのお婆さんの方がよっぽとマシだと思えるほどに、掠れていた。

 霞みが霧散した頭の中で次に生まれるのは、数々の疑問と混乱で。痛む米神を抑えながら俺は必死に現状を把握しようとした。

 すると、


『No.192、覚醒状態入りました。機体、脳波、接続線、共に正常。オールグリーン、健康状態確認しました』

「っ……」


 唐突に、前触れもなく響いた声に、驚きの余り、息を飲んだ。

 吃驚した……心臓が今、思いっきり跳ねるような心地がしたぞ。


「っど、っヵら」


 誰か居るのか?

 キョロキョロと再度周りを見渡すが、誰も居ない。影一つない、真っ白な空間に顔を歪めながら、俺は体を縮こませた。

 では、さっきの声の主は誰だ?

 そんな俺の不安に答えるように、声が再び反響した。


『おはようございます。沢渡さわたり様。そしてようこそ、2500年へ。お目覚めの気分はいかがですか?』


 丁重に紡がれる音声は、どうやら己が今しがた自分が眠っていたカプセルから発せられているようだ。

 予想外の事態に頭が再び混乱の渦へと引き戻されそうになった。


「っ、え」


――いや、待て待て待て。2500年? え、何それ? 何えもん? ってか、今これ喋ったよね?


 お目覚めの気分などと聞かれて、思わず「最悪」だ、と吐き捨てそうになる自分を落ち着けるように、『声』は静かに語りだした。


『「なろう、主人公育成計画――プロジェクトS」で土方さまが説明した通り、沢渡様にはゲームに参加していただきました』

「しゅじ、ンこ゚う?」


 その単語を耳にした瞬間、脳裏から一つの記憶が引きずり出された。

 そうだ、イベントだ。あのイベントで俺はとんでもない、狂言混じりの演説を聞かされた。

 デスゲーム、脳移植、コールドスリープ、人形、主人公。

 一見、関わりのない言葉の羅列が脳内で連鎖し、バラバラだったパズルのピースが嵌ってゆく。


(いやいやいや。これ、夢だよな……?)


『はい、ルールを改めて説明させていただきます』


 だが、そんな俺の当惑した様子などお構いなしに、機械仕掛けの『声』は淡々と続けた。


『まず、ゲーム参加者は1000人。このプレーヤーたちとお好きなように対戦し、お好きなように殺しあってください』


 初っ端からかまされた物騒な発言に、苦虫を噛み潰したような気分がして、思わず眉を顰める。


『沢渡様を含む全てのプレーヤーは、ご存じの通り機械仕掛けの肉体を手にしています。

 その特徴も機能性もプレーヤーによっては違いますし、戦い方も異なるものとなります。

 どのような特性を有しているのか、ご自分でバトルなどでご確認ください』


 何とも投げやりなサービス精神(と言えるのかは知らないが)に益々、不安が募ってゆく。一体どこから、どう突っ込めばいいのやら。


『頭の中で、ゲームのメニュー画面を開く想像、或いはその“作動”を指示してみてください』

「……ㇵっ?」


 メニュー画面? 開く? 何を言っているんだ、この機械は。

 だが、気のせいか沈黙した音声から、威圧感を感じて、渋々と奴の命令に従ってみた。


――あー、と……


 瞑った瞼の奥で想像するのはオンラインやRPGゲームなどで、よく見かけたメニュー画面。

 瞬間、


「……え、」


 脳神経に、何かが走ったような気がして、驚愕のあまり目を開いた。すると、


「ガ、めん……?」


 視界に「MENU」と書かれた蛍光色のボックスが映っていた。


『思考性画面です。それはプレーヤー自身以外、確認する事は出来ません』


 目の前に映るスクリーンには、SETTINGS、RECORD、MAP、RANK、MESSAGEなどとアルファベットの羅列が表示されていた。


『機体設定はもちろん、地図、沢渡様の戦闘記録及び成績、プレーヤーのランキングの確認。そして他とのメッセージのやりとりが出来ます。

 後に、お好きなように探索などしてみてください』


――記録? 成績? ランキング?


 次々へと、義務的に言葉を紡ぐ無機質な『声』は、俺の混乱を助長させるばかりで、段々と煩わしくさえ思えた。それでも、今の己の状況を把握するにはこの声に頼るしか無く、静かに耳を傾けるしかなかったのだ。


『尚、個体の損傷や故障が生じた場合は、再度このカプセルにお戻りください。速やかに修復作業を行わせていただきます。

 また、健康診断ヘルスチェック、及びメンテナンスもこちらで行いますので、お忘れなきを』


 つまり、この機械は俺の“担当医”、のようなものなのだろうか。駄目だ、状況の余りの規格外さに、情報処理が追いつかない。とりあえず、混乱の一つを来している目の前のメニューボックスが視界から消えるように念じてみた。

 すると、自分が感じていた煩わしさを察したのかように、それは瞬時に姿を消す。


『ゲームに関しての説明は以上です。何か、ご質問はありますか?』

「……」


 聞きたいことなど山ほどある。だが、何処から聞けば良いのか分からず、俺はしばしの間沈黙してしまった。


「……ぁの、ココハ、どこでㇲか?」

『東京都世田谷区、尾山台、2-3-11、クリオマンションの503号室――沢渡様の住居でございます』

「ジゅう、キョ?」

『はい。尚、設定された沢渡様の年齢は15歳。まだ学生ですので、渋谷の公立校――成城学園へと通っていただくことになります。始業式は来週の4月4日に行われます』

「ガク、ぇん……?」

『学費や生活費などの費用は全て此方から用意されておりますので、心配なさらず、どうぞご自由に学園生活を謳歌なさってください』


 どうぞ自由に、とこの機械は言うが、その口調は何処か強制的にも聞こえる。

 というか、駄目だ。何一つ、理解が出来ない。いや、言ってることは理解できるのだが、どうも上手く事情を呑み込めないのだ。


 混乱する己を律するため、そして状況を把握するためにこの『声』に対して質問をしてみた訳だが、駄目だ。余計に頭がこんがらがってきた。そして、胸の奥で餌付いていた不安が、『情報』と言う名の餌を得る度に、徐々に俺の心を侵食し始めた。


――違う。俺が知りたいのはそんなことじゃない。


「とリあえ、ず……ヵぇらして、ください」


 頭の片隅で警報が鳴り響く。これ以上は、聞いちゃいけない。耳を塞げ。此処から出ろ。だが、そんな指示も虚しく、『声』によって打ち切られた。


『此処が沢渡様の家です』

「ィえ、オレがいってるのは、ココじゃなくて、シナガワ、の」

『沢渡様のご実家なら既に401年前、2099年8月6日に取り壊されています』

「……ヵあサンたちは、」

『沢渡一郎さまは2055年、肝臓癌で信川病院にてお亡くなりました。沢渡美千代さまは、2075年齢100歳、自宅にて、老衰で他界しております』


 それは、一切の躊躇も、感情も何も無い、淡々とした声だった。紡がれる言葉は大したことも何もない情報、いや、説明事項だった。そう、説明事項。こいつは今、人の親の死を、唯の言葉の羅列のように述べたのだ。


(人の親、勝手に死んだことにするなよ……)


 ボーっと、再び曇りだした、碌に回らない頭で思考しながら、俺はもう一度だけ、この機械に問いかけた。


「も、ヒトつ、キキたィことが、ある」

『はい、何でしょうか』

「こ゚れ、は、ユメか?」

『いいえ、紛れも無い現実です、沢渡様。その証拠に、貴方のこのカプセルの温度も感触も、この部屋の匂いも――全ての五感が働いているはずです』

「……ソ、か」

『ですが、痛覚は戦闘のことを視野に入れて、現在は遮断されております。“起動”なされますか?』

「……ィや、いい、ヨ」

『声帯の方は、覚醒なされたばかりで多少の不協和音を発していますが、時期に正常に廻り出すはずです』


 さらさらと、声を聞き流しながら、何処かぎこちない身体を動かした。膝を立てて、己を閉じ込めていたカプセルの壁に手をかけながら、立ちあがろうとする。

 パシャリと己が浸かっている液体が音を立てた。膝頭から、寂れた鉄が擦りあうような不思議な感覚を覚えたが、あえて無視しながら腰を上げた。

 自分の身体じゃないようだ。鉄の身体など持ったこと無いくせに、全ての間接が鉄で出来ているように感じた。もし、自分がロボットだったら、こんな感覚を味わうのだろうか。

 そんな馬鹿げたことを思いながら、カプセルから足を出して、ひんやりとした冷たい床に、親指からソッ、と下ろしていった。


 部屋の中の冷温を感じながらも、寒い、とは感じなかった。

 改めて、自分の身体を見下ろしてみる。

 割れた腹筋に、引き締まった腰元。太腿から脹脛まで、綺麗な筋肉が付いているのが見えて、俺はほんの少しだけ、高揚した。


――そうだ、これは、夢だ。


 それは今までの出来事を振り返り、あの『声』の言葉を聞いたうえで出した結論だった。

 機械仕掛けの身体や、喋る機械。変わってしまった自分の身体は夢の中の出来事以外の何でもないのだ。






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



『どちらへ行かれるのですか?』

「家に戻る……」

『沢渡様のご自宅は此方です』

「はいはい」


 背後で何度も繰り返される言葉を後ろで流しながら、隣の部屋に置かれてあった引き出しから服を取り出した。(自分の部屋ではあるらしいが)見知らぬ家から、勝手に服を借りるのは気が引けるが、裸で歩き回るのはさすがに否める。


 シンプルな黒のシャツに袖を通し、ジーパンを腰まで引き上げる。サイズは自分のために用意されていたのか、ピッタリ合っていた。


「財布は……」


 数分して、ようやく真面に出るようになった声は間違いなく、聞きなれた自分のもので、何となくホッとする。顔も、身体も、大きな鏡で確かめた時は違ったもので、少し落ち着かなかったのだ。


 最初に自分が目覚めた部屋は、カプセルが中央に設置されている以外何もなく殺風景だったが、隣室へ出ると、必要な家具や多少の置物や飾りなどが置かれていて、無意識に安堵した。だが、どの部屋も何処となく綺麗すぎて、生活環を感じられない。

 キョロキョロと、外へと出かけるために必要なものを探し回るが、何処にあるのか皆目見当もつかず、眉を顰める。すると、あのカプセルの部屋から音声が響いてきた。


『電子金や、パスカードは全て携帯端末として、ダイニングルームのテーブルの上に置かれています』

「あ、そうなんだ……有難う」

『まだ、この時代や、生活面、機体についての説明は終わっていませんが、宜しいのですか?』

「ああ、帰ってきてから聞くよ」

『畏まりました。沢渡様は覚醒したばかりの身ゆえ、機体にまだ多少のぎこちなさがあるかもしれないので、あまり無理をせず、早めのご帰還をお勧めいたします』

「わかった……ありがとう」


 其処は、『願う』ではなく、『勧める』、なんだ。なんて、どうでも良いことを考えながら、適当な上着をクローゼットから漁って、羽織った。出かけ際にテーブル上の物を確認し、腕輪のようなものを手に取った。


(これが、端末……?)


 指先で腕輪に触れると、瞬時にホログラムのようなものが宙に浮かび上がった。


「すっげ……」


 浮かび上がった画面は、自分が普段携帯しているスマートフォンの画面と似ていた。確かめるように、その浮いている画面に触れようとしてみる。


――ヴン


「ぅおっ!」


 てっきり指が画面を通り抜けると思ったのだが、逆にそれは触れた俺の指に対して反応を示した。触れた指先から波が広がっている。

 一体、どうゆう仕掛けをしてるのだろうか。


「これも、思考性とか……? いや、でも」


 しばらくその仕組みについて考えてみたが、分かるはずもない、とすぐに思考を打ち消した。そもそも、これは夢なのだ。考えたって何の意味も無い。それよりも、まずこの部屋を出よう。

 もう一度腕輪に触れて画面を閉じる。


(これに金とか、電車賃、全部はいってんのかな……)


 あの機械は、現金ではなく、電子金と言っていたし、恐らくそうなのだろう。


「てか、どうやって着け……」


 ホックも、腕に嵌める隙間も無い腕輪をどうしようか四苦八苦していると、不意に左手首に近づけた瞬間、腕輪に隙間が空いた。


「え、」


 突然変形した腕輪に、ビクリと肩を揺らしながらも、恐る恐ると腕を通してみた。そうしてみると、あら不思議。腕輪の隙間が塞がれた。


「……テクノロジー」


 ボソリと呟いてみたボケとも取れるそれに、ツッコミを入れる相手は一人もこの空間には居なかった。








 未知なる技術や近代未来的な風景。街中に浮かぶテレビ画面や、腕が生えた丸い半球体みたいなのが、ホイールで走り過ぎるの眺めながら、駅へと足を勧めた。道程は腕輪についているナビのお蔭で手に取るように分かる。

 ところで例の半球体だが、ゴミを拾っては頭の蓋を開けて投げ入れているのだが、あれは掃除ロボットという奴なのだろうか。

 普段の自分ならちょっとした感動を覚えるのだが、何故か少し気だるくて、そのまま無視するかのように駅へと足を踏み入れた。


 2500年というが、街中も電車も大して変わったように見えず、機械の使い方も、技術は多少進化はしているが、使い方が分かりやすく助かった。

 そして難なく、新しくなったように見える電車に乗り込むことが出来、何となく安堵する。

 そうやって、何回か電車を乗換え、俺は品川へと向かった。






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 家は駅から十五分歩いた所にある。見慣れた住宅街の中に溶け込むようにそれは建っていて、初めてウチに来る奴は俺の案内が無いと必ず迷う。何せ似たような家がズラリと何件も並んで建っているのだ。間違って隣の家のチャイムを押してしまった友人は一人や二人じゃない。


 茶色い屋根に白い壁。あと、何の変哲もない、そこらへんと同じ玄関口。そんな描写しか出来ない平凡な家。

 品川駅から歩いて十七分。家はまだ見えず、思ったよりも時間がかかっている。道もやはり幾つか変わっていて、今までと違うルートを歩く羽目になった。

 だが、手元にはナビがあるので問題ない。あと少しで家に着くはずだ。そう、この角を曲がれば、其処は――


「家、のわけねーよな……」


 真っ白なビルを前に、ポツリと独り、ごちた。

 耳元へと届く音は近所の住民の声ではなく、時々すれ違う人の声や、遠くから聞こえるクラクションばかりで、自分が居る場所は住宅街ではなく、入り組んだ街路だった。

 ナビが示す俺の住所は此処だ。番地も全て合っている。だけど、見慣れた景色は最早面影さえも残すことなく消えていた。

 ポロリ。涙が一つ、目から零れ落ちた。

 夢だなんだと、片付けてはいたが、俺は本当は頭の何処かで気付いていた。


――これは紛れも無い現実だ。


 味がしたり、匂いがしたり、そんな錯覚を覚える、時々妙にリアな夢を見ることはあったが、これが夢ではないことは分かっていた。

 だって、夢の中で、こんなに細部まで色々なものを再現できないし。夢なら、頭の片隅で夢だと理解するから。


 だけど、これは違う。

 あの部屋で触れたカプセルの冷たい感触、肌で感じた涼しい冷気はまぎれもなく本物だった。今、着ている服だって、そうだ。初めは冷たい、と思った服も、着ることで段々と体温で暖かくなっていったのだ。

 

 ボーっとしていた頭が徐々に覚めていく。嫌だ、と何処かで自分の声がした。

 嫌だ、まだ認めたくない。こんな状況理解したくない。眠ったままで居たい。布団に包まってこのまま今をやり過ごしたい。


 心が、現実を理解することに対して拒絶反応を起こした。


(帰りたい、そうだ……帰りたい)


――でも、何処へ?


 頭の機能が停止した。混乱する暇も与えられず、全ての事態を把握した頭はショックで真っ白になった。それでも、不安は胸の中でインクのように染み渡った。心臓がどこかに追いやられたような感じがする。

 駄目だ。駄目だ。これ以上考えちゃ駄目だ。そう思うのに、脳が勝手に働いていく。

 嫌だ、嫌だ。こんな現実、俺は、


――認めたくない。


 まるで、感情と思考が別れたみたいだ。心は現状を理解することに対して拒絶反応を起こしているのに、思考は勝手に働いて、勝手に現状の推理をしていく。そうして、あらゆることを把握し、整理し終えると、結論をあっさりと心に突きつけるのだ。


 此処は現実。そして、あのシアターで起きたイベントも現実。

 最早自分の家族も、家も、全て――何もかも、当の前に無くなってしまったのだ。


 弾き出された答えは残酷で、無慈悲で、ありえないのに、自然とそれを事実だと受け止めてしまっている自分が居る。


 ポロリ、ポロリ。次々と溢れる涙と共に、膝が床へと落ちた。

 視線を感じる。偶にすれ違う人は何事かと俺を見るが、声をかけてくる人は誰一人居なくて、俺はしばらくそのまま地面の上で蹲った。


 立つ気にも、動く気にもなれず、そのままの体制で居て、どれくらい経ったのだろうか。


 日が傾き、橙色の光がアスファルトを染める頃、長く伸びた黒い影が、俺の上に覆いかぶさった。


「ねぇねぇ、君……もしかして、プレイヤー?」


 無邪気なアルトボイスに振り向こうとした瞬間、何かが俺の胸を貫く音と感触がした。









すいません、まだまだ序章あたりです。

とりあえず、気が向いたら更新。ということで、気長に書いていきたいなと思います。

途中でやめたりするのか分からないので、一話完結として、シリーズものにさせていただきます。

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