一話中編
悲劇的な終わりを告げた夢と違って現実には、惰性のような続きがある。
そのまま救急車で搬送された恵は、病院で死亡が確認されて、さらにその後、早すぎる死を悼まれながら、しめやかに葬儀が行われる、筈だった。楽しい思い出に終わるはずだった、夏と、俺たちに大きな疵を残して。
着慣れない喪服なんか着て、挨拶して、ビイビイ泣いている雄真の横に支えるように坐って、しばらくして、坊さんが坐って、滞りなく通夜は行われた。
やけに布擦れの音が聞こえた。
長い読経が終わって、別れに、と、棺桶に花とゆかりの物を入れよう、となった段。スタッフの方が蓋を開け、皆が花やらお菓子を入れ始めたとき、違和感に気づいた。
恵が、暖かかったのだ。
息はしていない。脈拍も打っている様子がない。しかし、ひたすら熱を放っている。困惑した。
どうしたものかと、皆が首をひねっているとき。ずっと下を向いて泣いていた雄真が、こう叫んだ。
ーーもしかして、生きてるんじゃ⁉︎
勿論、そんなわけはない。ふざけているのか、と怒声が飛ぶ。
でも、恵はあったかいよ。いや、何かおかしいんだ。恵は死んだんだろう。生き返ったのかも。馬鹿かお前は。
名前も知らない恵の親戚の爺さんに、雄真は必死に口答えしていた。恵の死の瞬間に立ち会ったのは、まごうことなく彼と俺だったけれど、それでも、恵が生きているという可能性に浸りたかったのかもしれない。口論の末に恵が飛び出したのを、雄真はすごく悔いていたから。
布擦れがまたして、不審に思って棺桶の中を見ると、棺桶が、ギシ、と音を立てた。
その場が静まり返った。
そして、固唾を呑んで見守られる中で、恵の身体は、ゆっくりと身体が起きあがっていった。
「あれ、ホテルのディナーは……?」
「恵!」
きょろきょろと辺りを見回して、それでも今自分がどこにいるかさっぱりわからないという様子の彼女に駆け寄り、手を取る。脈は相変わらずない。でも、身体はあたたかい。不思議そうな茶色の瞳が、此方を向く。
「ねえ、寿太郎、ここ、いったいどこ? あたし、海にいたよね?」
「ここは斎場だよ。それより、身体に何かないかい。痛いとか、苦しいとか」
「さ、斎場⁉︎ なに、いったいどういうこと⁉︎」
「め、恵!」
「雄真! よく見たら、あんた、似合わない格好して…寿太郎も! なに、あたしも! …あたし、死んだの? まさかね」
それから、周りを見回して、あ、パパ、とか、おばさん、久しぶり、とか言った後、白い服を摘まんで、おかしそうに笑った。
「身体は大丈夫?」
「え、もしかして、本当? いや、身体は別に悪いとこ無いけど……どうやって死んだのかな、面白い」
恵の体の傷はすっかり治っていて、痕すらないようだった。
「悪りいとこ、無いんだな⁉︎」
「ないわよ、ていうか、うるさい」
「よ、よかった……」
そう言うと、雄真は床に座り込み、そのまま後ろに倒れこんで頭を打った。安堵のあまり気絶したようだ。
それでまた斎場が大騒ぎになったので、大事をとって(恵のためにも)救急車を呼んでやった。スマートフォンの画面はもう綺麗に拭いてある。この画面、恵の血が付いてたんだぜ、なんて言うと、笑い上戸なところもある恵は、ええ本当、なんて声をあげて、またおかしそうに笑った。
「あ、でも私、今息してないかも」
「それでもいいよ、なんだっていい。恵が生きてれば」
前回よりかはいくらか余裕を持った気持ちで救急車に付き添い、病院に向かった。
しかし病院でも、恵の病状はわからないということだった。この病院ではわかりませんがもしやすると、と前置きをして、医者は、とある病院に紹介状を書いた。田村医院。
搬送された大学病院でなくどうしてこんないかにも個人経営の医院でわかるのか、と不思議に思ったが、恵が心配なので、行ってみることにした。雄真が打った頭はどうともなっていなかった。
翌朝、田村医院に行って、待合室に入ると、そこそこ人がいた。しかし大学病院に比べるとほとんどいないのと一緒だった。おばあさんやおじいさんばかりで、そこらで歩いている看護師さんを捕まえて一緒に世間話をしていた。多分病気じゃない。
少し不安になりつつ、受付で、あの、予約していた、と言いかけた。
すると、それを聞きつけて、奥の方から、医者が飛び出してきた。
早口でまくし立てて、手を取る。手首を押さえつけられたようだった。
「はいはいはい、予約くださった佐藤恵さんですね! お待ちしておりました! いや、こんな医院にはるばる、どうも! あなたが恵さん? おほ! あったかい! 本当に息して」
「院長先生?」
受付の人が医者に注意した。
「あ、ごめんなさい! こちらへどうぞ」
取ってつけたように謝って、それでも興奮冷めやらぬといった具合で、大きい手振りで、奥の方に案内された。それについていく。
廊下を歩いている途中、恵の様子を伺った。
騒ぎたいだけ騒がれた後、脈を急に測られ、困惑している様子の恵。背中にそっと手を回し、ポンポンと叩いた。俺はその類のボディータッチをしない方だったので、少し驚いていた。しかし、心地好さそうに距離を詰めてきたので、頭も撫でてやる。
労わる意図もあったが、なにより、恵が隣にいるのがどうも夢見心地で、嬉しいのかなんなのかよくわからない。不思議な感覚だった。小学校から大学まで、ずっと一緒だった。就職のことはよくわからないが、自分たちの住んでいるところはそこまで田舎でもないし、出て行く理由がない。漠然と、きっとこれからもずっと一緒なのだと思っていた。その矢先。
恵の身体はまだ暖かかった。
「ありがとう」
診察室の扉を開けるとき、恵はまとめて礼を言った。
「当たり前だよ、俺たち幼馴染みだろ」
いったんちょん切り。近く加筆修正します
あとタイトル変えました