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一話前編

4ヶ月前だから、8月の終わりに、海へ行った帰りだったか。雄真と、恵と、俺で、海岸沿いの歩道を三人で歩いていた。

「結構暮れちゃったね」

恵が言った。見やる。空が綺麗だ。堤防の向こうに見える真っ直ぐな水平線と、ふくふく膨らんだ入道雲が、茜色と淡いラベンダー色のコントラストをしたたかに立ち上がらせている。

「そりゃ恵、あんだけ屋台で食ってりゃなあ」

「う、うるさい! みんなで食べるごはんはなんでも美味しいの!」

結んだ髪を揺らし、恵は雄真に突っかかっていった。雄真はそれを笑って躱す。それで余計に怒って、恵は雄真をど突いた。

空から視線を戻し、ふたりの顔も街頭と夕焼けに薄っすら照らされていて、ああ、幸せだなあ、と思った。ほんとうに、来られて良かった。

「あんまり食うとデブるぞ、今もそんなに痩せてない癖に」

夕焼けのだいだい色に照らされてもわかるほど、雄真の顔が赤い。雄真が嘘とかからかいとかを恵によくするのは、単なる照れ隠しだって俺は知っていた。でも恵は知らないようだ。

「デブじゃないし太らないもん! ビキニだって着られるし! ねね、そう思うよね、寿太郎?」

「恵、ずっとパーカー脱がなかったじゃねえか、体型隠してたんじゃないのか」

「ち、ちーがーうー! 雄真のバカあ」

「お前はどう思う? 寿太郎」

雄真が小突いてきた。こっちにふられてもなあ。時計を見て、恵に告げる。

「まあ、太ってないとは思うけど、それよりも、もうすぐホテルのディナータイム始まっちゃうよ」

「あ、もう、寿太郎まで! 雄真も寿太郎もひどい! 分かったわよ、私が悪かった! 急げばいいんでしょう⁉︎

バーカバーカ! ふたりともバーカ!」

そう言って恵は雄真をまたど突き、ホテルの方に走っていった。雄真はど突かれたところをさすりさすり、笑った。

俺は恵の走っていった方を見て、そうしたら、小さな横断歩道があった。

「あ、恵、飛び出しちゃ危ないよお」

信号すら置かれていない、小さな横断歩道。しかし、反射的に注意をした。

恵に届いていたかどうかはわからないが、返事がなかったので、多分聞いていなかったのだろう。

悪いと思ったのか、雄真が追いかけ始めた。俺も仕方なく走った。

恵の小さな身体が横断歩道に収まりかけ、さあ追いつくぞ、といったところ。いや、もっと先だったかもしれない。

恵の汗を吸って艶やかな髪がひときわ大きく揺れた、ような気がした。


エンジンの匂い、スクラップ轟音、

ドン。バキャア。ヒタタタタ。大きな音が鳴った! 恵はすごく速い、飛ばされた! ド! 大きな音! 凹んだボンネット!

焦げ臭い匂いに我に返って顔を触ると、暖かくてぬるぬるする液が付いていた。

「た、た、……たいへんだよ! 雄真!」

同じく茫然自失の雄真を揺って、必死で、恵に駆け寄る。どうしよう。服が裂けて、其処彼処から出血、受身もまともに取れておらず、道路のゴツゴツしたアスファルトにうつ伏せに強く打ち付けられていた。

剥き出しの肩から、抉れた肉と、少し痣が見えた。

「あ、恵、恵? おい、うそだろ」

雄真が狼狽える。恵からはどんどん出血している。ガソリンの焦げ臭い匂いがする。エンジンの音がする。

咄嗟に、車の方まで駆け寄った。

ーー逃げるつもりだ。

「雄真、病院!」

ポケットに、千切れてもいいというほど力を込めて、スマートフォンを引っ張り出す。画面が汚れた。スリープを解除してすぐ、車の写真を撮った。

バックにハンドルを大きく切っている。逃げられる前に。証拠を残さないと。

特に、ナンバープレートがしっかり映るように、特にナンバープレート。特にナンバープレート。10枚くらい連写した。多分全体像も写っている。白いトラックだった。

「うわあああ!!」

雄真の叫び声。びっくりして恵の方に駆け戻ると、車は逃げてしまった。

救急車は呼んでいないようだった。

「きゅうきゅ、救急車呼、呼ぶから、あ、119番だっけ? 110番? わかんなみ、ないから、適当にかけるね、あ、画面よげ、汚れ! てる」

フリックが上手くいかなかったが、パスコードは間違えなかった。電話。電話。119番!

「恵い、めぎゅ、恵恵恵い、けた、どうしよう、こたろ」

画面が汚れている。茶色になりかけの赤色。まだ固まっていない。顔にもついている。血だ。

「なに? 119番? 110番?」

「どっちかな、どうしよ。どうしたら。どっちなんだろ。なあ、恵、脈、無いんだよ。まだ生きてるかな? 回復体位なんてしならいよ。いや、知らないよ! 血が出てる? 死んじゃうよ! どうしよう、俺の所為で、いや、どっちかな、やだ」

恵。死んじゃ嫌だよ。雄真が言って臥した恵を揺する。電話が繋がる。

「ゆ、揺すっちゃダメだよ! 余計に! …あ、すみません、轢かれたんです、女の子…」



…………



「おい、起きな。ショックだろうとは思うけど、拠点に戻るよ」


座っていたパイプ椅子を後ろから蹴り上げられた。

「ユリアナさん! あーあ、本当に蹴ったよ…大丈夫? 傷になってない?」

机と椅子ごと後ろに倒れこむと、蹴った奴の隣から手が貸された。

貸された手はゆるく尖っていて、しかし柔らかく、ペンだこが出来ていた。

袖は白い。白衣だ。アンバーの金髪を短く切り、青い目で此方を覗きこんでいる。

「大丈夫です…ありがとうございます、博士」

礼を言うと、彼は安心したように微笑んだ。

あたりを見回すと、留置所の一室だった。博士とユリアナさんは多分俺を迎えに来たんだろう。あの遊歩道でないことに、少しだけ安堵した。

よろけつ立ち上がり、倒れた机と椅子を並べなおす。律儀ねえ、と、俺を蹴った当人、ユリアナ・マリア・ルーデルは、感心したようにそれを眺めていた。

博士のまっすぐの金髪とは対照的な、艶があってゆるいウェーブがかかった、黒い短髪。

よく磨かれた革のブーツ。細身のジャケットにスリットパンツ。はっきりと引いてある赤い口紅。

「おつかれさま、寿太郎ちゃん」

「ユリアナさん、幾ら何でも、蹴ることは……イタタタ」

嫌なことを思い出していた。どうやら夢だったようだ。

結論を言うと恵はあの時死んだ。

4ヶ月前の、海辺の横断歩道で、車に轢かれて。

でも俺は、ついさっき、恵を、電気スタンドで殴った。動いている恵を。

「寿太郎くん、大丈夫? 他にいたいとこない?」

まだ心配だったようだ。茶化すようにユリアナさんが答える。

「ああ、ゾンビに噛まれるのは数百倍痛いから大丈夫」

「それと俺が荒っぽく叩き起こされるのには関係ありません」

「ていうか、あたしが直々に起こしてあげたんだからむしろ感謝して欲しいくらいだわ」

「その自信はどこから来るんですか…」

大きくてきれいな緑いろの目でウインクをして、彼女は、こちらの頭を撫でた。

「無罪放免よ、あんた。『ゾンビは実在する』。証明してくださった我らが雇い主、ルートヴィッヒ・ヴァッカーナーゲル博士に感謝することね」

次話も回想します。くどくてすみません

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