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守りたい、この笑顔

 ミスで怪我をしたラッシュ。そして始めた特訓。その特訓の締めとして行われた戦いを制したのは、ラッシュだった。

 勝者であるラッシュは元より、負けてしまった半蔵へも、賞賛の声が響き渡る。爆風の影響で逃げ惑った人々は当然として、別の場所で座って眺めていた人も総立ちだった。二人は一般的な水準で言えば、賞賛を向けられる程の戦いをしたのである。

 闘技場の中央で二人の腕を天高く持ち上げるヴァネッサ。それを眺めながら、アルバートが小さく溜息をついた。

「僕が出てたらもっと盛り上がったのになー」

「いえ、アルバートさんが出たら、多分、一方的な虐殺になって、皆覚めちゃいますよ、多分、ですけど」

 普通の魔術師エリコが言う。ルチルとインテリ魔術師シメサバも全くの同感で、うんうんと頷いた。彼らは連日続いたラッシュへの暴力を見たことがあるのだ。それを見れば、そのような結論に至るのは無理はない。

「そうかなー?」

 疑問に思うこの男の感性が異常なのである。


「さ、エリコ、シメサバ、ささっとやっちゃって。頼むよ」

 観客への口上を済ませたヴァネッサが、駆け寄ってきて慌てた様子で言う。なんだかんだで貸与時間である十分が近いのだ。エリコはヴァネッサに感化されて駆け出すと、すぐに土の魔法で地面の修復を始めた。シメサバはゆっくりと出て行き、壁を瞬時に修復する。

「複雑な物質で無くて良かった。これなら時間内に終わるんじゃないですかね。ふふ……こんな木っ端魔術が熟練度マックスなんて、普通無いですよね」

「うにゃ♪ すごいにゃ♪」

 笑顔で賞賛したルチルだが、内心は『また自慢が始まった』とゲンナリしていた。確かにすごい事なのだが、近くに居るとしょっちゅう自慢をするのである。その癖、魔力総量が低いので活躍は殆どしていない。魔力量だけで言えばルチルの方が多いくらいな為、調度品に魔力を注ぐのはエリコや、エリコが居なければそれ以外のメンバーが担っており、大魔術を使えるシメサバは一切何もしていない。している事と言えば、部屋の中で魔術の熟練度上げである。

「分かった分かった。ほら、ぐるっと回ってきな」

 周囲の壁はとっくに直っているのに、自慢を続けようとするシメサバに軽く蹴りを入れ、追い立てるヴァネッサ。

「わ、分かりました、分かりましたよ。もう、人使いが荒いんですから。まぁ、これ程の魔術効率ですからね、頼られ――わ、分かりましたって!」

 そう言って、今度こそ本当に離れていくシメサバ。

「うーにゅ。私達は何かしなくても良いにゃ?」

「範囲内に居てレジストしちゃっても手間かかるだけだからね。一品付け足してやりゃ良いさ」

 この闘技場へやってきたのが朝。そして激闘の時間自体は六分に満たないので、これから昼御飯なのだった。最近では食事当番はルチルが担当しており、その味の良さからメンバーから喜ばれている。

「頑張るにゃ♪」

 胸の前で拳を握るルチルの頭を、ヴァネッサは軽く撫でた。




 食事の時間。入場料を払いたくなかったメンバーや、血を見るのが嫌いなメンバーが居た筈なのだが、色々な事情により、やはりここには居なかった。そう、たまの休みだし出かけたのだろう。実は血を見るのがうんたらというのも適当につけた理由で、遊びに行きたかったのかも知れない。なので、血を見るのが嫌いとか、五百円相当の青銅貨を払いたくないケチなメンバーは、実は居ない可能性もある。

 さておき、丸テーブル二つを、八人で囲んでいた。

「皆、お疲れさん! 今回みたいなのは特例として、軽い訓練くらいは推奨するんで、やりたかったら相談するんだよ。特にシメサバ、あんたからの相談を待ってるからね」

「えー。僕はいざという時に役立てればそれで――」

「はいはい、んじゃ、食べようか」

「ちょ、僕の魔法、役立ちましたよね? 今日、ものすごい役立ちましたよね?」

「そうだね。終盤息切れ起こさなければ、もっと良かったよ」

「うぐぅ……」

 帰り道はヴァネッサに肩を担がれての帰還であった。尤も、ギリギリまで魔力を使い切ってのグロッキー状態なので、誰も文句は言わない。


「うふふふ。それにしてもラッシュさんは、どうしてそんなに頑張って訓練をしたんですか? もしかしたらシメサバ君へのアドバイスになるかも」

 エリコが肩を落とすシメサバを横目に、ラッシュへと尋ねる。

「そ、そうだな。……俺は前衛向きだからな。一番前に立って、すぐに倒れるようじゃ話にならない。仲間を守れないと、な」

「なるほど~」

「うん、僕は守られる側だから訓練は必要無いね。強力な魔法でラッシュさんに近寄る敵を薙ぎ倒してみせるよ」

「それは心強いな」

「大魔術一発でグロッキーになっちゃうんじゃ、逐次投入の敵に何もできないよ。例えば人間系なら斥候が最初にぶつかるからね。精鋭の場合なら斥候が強い事はよくあるし、そもそも強襲してくるようなのは少数精鋭の斥候だからね、単独行動が上手いんだよ。最低でも二発は打てないと、煮え湯を飲まされちゃうよ」

 それは真摯なアドバイスか、あるいは単なる事実の羅列か。いずれにせよ、シメサバが遠い目をしていた。が、すぐに戻ってくると、口を開く。

「ちゅ、中級魔法で」

「精鋭には通じないよ。範囲でまとめて一掃しなきゃね。だからエリコも早く大魔法を覚えよう」

「は、はい。頑張ります!」

 エリコがより一層の奮励努力を決意する一方、シメサバは遠い目をしていた。今度は戻ってくる事無く、死んだ魚のように遠くを、ただただ遠くを見ていた。

「……たまには良い薬かね」

 一人、ヴァネッサが呟く。


「そういえば、半蔵、なんで手加減してたの?」

 どでかい地雷をアルバートが落とす。どう考えてもそんな事をラッシュの前で言って良い訳が無い。ルチルは慌てて、口を開いた。

「え、えーー---? そ、そんな事、無いにゃ? ね、半蔵」

 ルチルの言葉に半蔵は小さく頷いた。

「こんなものでござるよ。忍者は戦うのが任務ではないでござる」

「うーん、いつもの半蔵なら、もっと速く動いてた気がするよ。そう! 武器が違うよね! リーチも短いし、重いし、半蔵の利点を殺してるよ!」

「色々な状況に対応できて初めて忍者として一流でござる。拙者、此度はやれる事をやりきったでござるよ」

「そっかー。確かに武器を選べない時はあるよね。僕も色々使えるように頑張るよ」

 色々と踏み抜いた気がしたルチルだったが、ラッシュが平然としているのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「すごい戦いだったにゃ~。ラッシュもシュバババーってすごかったにゃぁ☆」

「ラッシュ殿は本当に成長したでござるな。この周辺で遅れを取る事は無いでござろう」

「うにゃうにゃ! 特訓も終わったし、薬草採りに行くにゃ♪ また守ってもらうにゃ♪」

「――おう! 任せとけ」

 そう言って、ルチルの頭へと手を乗せる。ゆっくりと撫でると、ルチルが嬉しそうに笑った。尻尾も元気良く左右に揺れている。

「俺が守ってやるからな」

「うにゃ♪」

 ラッシュが珍しく満面の笑みを浮かべ、わしゃわしゃと頭以外にも顔や首を撫でる。その力強い手の動きは、最初は心地よかった物の、段々とうざったく感じられてきた。

「ちょ、ちょっと」

「はっはっは、どうした!? おぉ!?」

 完全にスイッチが入っていた。椅子から立って逃げようにも、特訓の成果である滑らかな動きで、ラッシュはそれに追従する。

「や、やめるにゃ……」

 さすがにルチルの反応が悪い事に気付いたラッシュは、今度は喉を掻くように撫でる。

「ふにゃ、く、くすぐったいにゃ」

「はっはっは! やめてほしくないんだな?」

「ち、違うにゃ!」




 十分後、しゃがみ込むおっさん(十八歳)に蹴りを入れるヴァネッサの姿があった。

「……さすがに、全力で逃げようとしてるのをくすぐり続けるのは、見てらんないねぇ」

「……し、死ぬにゃ…………ラッシュ、乱暴に触るから、くすぐったいを通り越して、ちょっと痛いにゃ……。もっと優しくするにゃ……」 

「す、すまん、尻尾を振ってたから、つい、な」

「途中から止まってたでしょうが。全く……」

「あはははは! あははははははは! ラッシュ、最高! 僕もやってみたい!」

 途中からずっと一緒に笑っていたアルバートが、残酷な発言をする。もしアルバートに同じ事をされたなら、ルチルは一切逃げられず、僅かな休憩も許されない事だろう。

「優しく……こう、か?」

 徐ろにラッシュが手を伸ばす。その手がうつ伏せになったルチルの脇腹へと触れた。

「ひっ、んにゃぁっ……」

 次の瞬間、ラッシュの手から逃れようと、ルチルは横になったまま勢い良くごろごろと転がり、壁に当たる。再びうつ伏せになったルチルが、存外に冷静な声をあげた。

「ラッシュは、頭以外触るの、禁止にゃ」

「……すまん」

「ねぇ、今のルチルの声、えろかったね。いた! いたい! いたいって、ヴァネッサ! いてててて」

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