プライド
平凡な日々に退屈していたラッシュは、ある日、一人で飛び出して行ってしまう。大怪我をして帰ってきたラッシュは特訓をする事にした。しかし、その特訓は雄也の想像を越えた、血なまぐさいものだった。雄也の静止も聞かず、ラッシュは特訓へと赴く。命を削るような特訓が、今、始まった。
「締めは魔物へのリベンジじゃないにゃ?」
「今のラッシュはサバンナウルフには負けないよ。対多数とか関係ないくらいに強くなったから、やるならペインゴーストかな。場所によってはあれも群れるよね」
「ハードルを上げる意味はあるのかにゃぁ……」
「無いね。アルの言い分は分かるけど、要は卒業試験だから。はい、今日のゲストは源流忍者服部半蔵さんでーす。ぱちぱちぱち」
ヴァネッサが手を叩く事もなく口で拍手を表現すると天井から半蔵が降り立つ。ちなみに、別に姿が見えなくなっていた訳ではないので、半蔵がそこに居た事は全員気付いている。
「服部半蔵でござる」
「ま、闘技場に行こうか」
道すがらヴァネッサは今回の経緯を説明した。
あまりにハードな訓練であった為、ラッシュは当初の目標であったサバンナウルフをすぐに越えてしまった。その為、目標を更に上げた。その時に卒業試験の内容を決め、アルバートの余暇ギリギリまで訓練を続けた。
「僕、それ聞いてないよ。卒業試験があるって分かってたら対人戦を仕込んだのに」
「悪かったよ。……全部終わったら説明する」
後半は静かに、アルバートだけに聞こえるように耳打ちされた。
「ま、そんな感じ、と。で、ルールだけど……五分間、お互いに大きなダメージを与えない。五分が経過したら、ダメージあり。五分の合図と、終了の合図はこっちでするよ」
実に大雑把。アバウトの代名詞としてアージュファミアの卒業試験が使えそうなレベルだった。知名度の関係で不可能だが。
「大丈夫かにゃ~」
「えるえるも居るし大丈夫でしょ。ダメそうだったらその前に止めるさ」
闘技場にはアージュファミア以外にも結構な人が居た。というのも、ここが闘技場とは名ばかりの多目的運動場で、公共の場だからである。入場料に青銅貨五枚を払えば誰でも入場できる。今回は十分間の専有と全員分の入場料で銀貨一枚支払った。
ついてきたのはルチル、ラッシュ、ヴァネッサ、アルバート、えるえる、半蔵、インテリ魔術師シメサバ、普通の魔術師エリコだ。他にもメンバーは居るのだが、色々な事情によって来られなかった。仕事とか、夜勤明けとか、入場料とか、血を見るのが嫌いとか、そういう事情である。
「半蔵はそれ使うの?」
アルバートが視線を向けたのは、短く、太い、変なバランスの剣だった。太さは普通は強度の為に備えられるが、長くしないのなら強度は不要だ。ましてやスピードファイターである半蔵に、重い武器は向かない。
「忍者は武器を選ばないでござる」
「よし、時間も無いから、さっさと始めようか。えるえるはじゃまにならない程度に近くに、うん、それくらいかな。で二人は左右に。よし」
ヴァネッサはすぅ、っと息を吸った。
「ひがぁぁぁし! 遥々やってきたリーバーの地! 自らの力に疑問を覚え、あのアルバートに師事した二週間! 誰よりも早く駆け上った武の道を、今ここに示す事ができるのかぁ! エジャプタロビンゴの冒険者ぁ――rrrrrラァァァッユゥゥウウウウ!!
突然始まった口上だったが、ノリの良い観客達によって拍手や指笛が鳴り響き、ついには歓声が響き始めた。ヴァネッサの豹変はもとより、観客のノリの良さに動揺しながら、ラッシュはくるくると周りながら腕を上げて応えた。
「にしぃぃぃ! 森羅万象遍く事象、等しく姿を見失う! 闇に生き、闇と歩むその姿、今、日輪の下に! 忍者! ハンゾォォォォ……!」
ヴァネッサは手を僅かに伸ばし、辺りを一度見てから、その腕を振り上げた。
「ハットリィィイイイイ!!」
同時に半蔵は日を完全に遮る暗幕を投げ、大きな影を作ると、影にずぶずぶと沈み、再び同じ場所に出てきた。パフォーマンスもあり、観客のテンションは最高潮である。
「ヴァネッサは多才にゃ……」
「インドア派の僕には、この雰囲気はついていけないね」
「インドア派じゃないですけど、あたしもちょっと……」
「あははは。良いね、これ。僕も戦いたいな」
軽く引いてる三名を他所に、アルバートとえるえるは楽しそうに笑っていた。大物である。
「えるえる、準備は良いね?」
「はいっ」
「ラッシュ、半蔵、構え! ――デュエルスタート!」
初めに動いたのは半蔵だった。低い姿勢で駆け寄り、胴を薙ぐように切り上げる。その動きの早さに観客が沸いた。だが、アルバートは首を傾げる。
「ん?」
「どうしたにゃ?」
アルバートとルチルが会話している間にも剣と剣が重ねられ、けたたましい金属音が鳴り響く。
「半蔵、手加減してるね」
「五分経つまでは手加減してるのかにゃ~?」
「うーん……それに、戦い方がすごい変だ。低い位置を中心に動いてる。……スキルも使ってない」
雄也にはよく分からなかったが、その違和感は見る者が見ればはっきりと理解できるものだった。ラッシュが全身の筋肉をねじりあげるように横薙ぎを仕掛けた。それに対して、半蔵は上段から振り下ろすように対抗するが、頭の上まで振り上げずに腹の位置からの振り下ろしだった。反応が遅れるなどの単純なミスではなく、意図的にそのようにしている。更にやけに剣撃が軽く、またスピードを活かすかのように前後に動く。が、スピードを活かすのであればそこに重みを乗せていくのは必定だ。だが、やはり重みを乗せていなかった。
「うーみゅ。確かに手加減してる、かにゃ~」
素人の雄也の眼から見ても、半蔵は手加減しているように感じられた。とはいえ、二人の戦いは地球の常識では計り知れない域に至っている。
重みを乗せていないとはいえ半蔵の剣は軽々と地面を抉り、ラッシュの剣撃は半蔵の体を闘技場の端まで弾き飛ばす。武器が壊れない方がおかしいような戦いだった。
「……避けられるのに、避けないね。だからあの武器を選んだのかな」
アルバートはそう結論付け、真剣な眼で戦いの推移を見守っている。
二分程が過ぎ、半蔵が懐から何かを投げた。それは煙玉と、粘度の高い液体の入った筒だった。移動経路を封じた上で、更に爆弾を投げつける。
「ふにゃ~……怪我しないかにゃ~……」
「あれ、ルチルもやってたよね」
「ダンジョン行った時ですよね。半蔵さんも気に入ったのかも知れないですね。いかにも忍者って感じですしね」
ゲーム内ではモンスターに有効だった手段だ。
「堅い敵でも大ダメージにゃ♪」
「あはは、ルチルの攻撃じゃ、あのレベル帯には傷ひとつ付かないからね」
その点、視界封じに移動阻害、更にゲーム内では固定ダメージだった爆弾によるダメージと、アイテム頼みの戦法だった。
「おっと」
次の瞬間、アルバートの腕がぶれた。金属音が響くが、ルチルが確認できたのは腕がぶれた瞬間に剣を持っていたアルバートの姿だけだった。
「指向性の破片爆弾だね。半蔵はやっぱり器用だね」
破片爆弾を模した爆弾で、特定方向だけに破片を飛ばすように改造されていた。転がる爆弾を全てラッシュ側にだけ破片が飛ぶように制御しているのである。まさに超人の所業だ。だが、音速に近い速度で飛ぶ破片を弾くラッシュの反射能力も、もはや人外だった。
「これ、観客危なくないにゃ?」
「いや、大丈夫だよ。もう、人に当たらないように弾いてるから」
先程までは雑に弾いていた、という事だった。
僅か一分弱の出来事だったが、闘技場の土の地面はぼこぼこに穴が開いていた。逃げ場の無い力は周囲を破壊するものだ。例えば、爆竹はカエルの体を文字通りばらばらにする。だが、地面に置かれた爆竹は地面をえぐったりしない。それは空気中に爆発の力が逃げるからである。
地面をえぐるような爆発の渦中で戦い続けるラッシュと半蔵は、ボロボロになっていた。服は破れているし、防具の無い箇所は砂粒でもぶつかったのか、血だらけになっている。外傷としては見えないが、内臓などにもダメージを受け、二人の耳はほぼ聞こえていない。
本来なら戦っている最中に回復をしなければ安全とは言えないが、えるえるは半蔵が爆弾を取り出した時点で逃げ出してきている。
「爆弾は終わりでしょうか~」
「そうみたいだよ、行ってらっしゃい」
「はい~」
しかし、半蔵のアイテム攻撃自体は止む事が無かった。辺りには炎が立ち上がったり、地面が凍りついたり、謎の液体が煙を出しながら土を溶かしていたりと、近付くのが躊躇われる状況だった。えるえるは少し距離を取りながら手を伸ばし、魔法で二人を治療し始める。
「……そろそろ、五分だよ」
アルの時間感覚はヴァネッサの時間感覚と完全に同一だったらしく、ヴァネッサが手を上げた。
「五分! ダメージ許可! 双方全力で当たりな!」
最初に突っ込んだのは、やはり半蔵だった。ぎりぎりまで接近し、速度を利用して剣を叩きつけ、ラッシュの武器を封じると、その袖口から大量のアイテムが零れ出す。そして、それまで背負っていた大型盾を掴み取り、それで自身の体を覆った。
ラッシュは瞬時に地面へと剣を突き刺し、後退する。一瞬遅れて爆発が広がり、爆発を至近で受けた剣がでたらめな勢いでラッシュの頭上を飛び越えていこうとするが、ラッシュはジャンプでそれを掴み、爆風に乗る。
だが、それを見越したように半蔵は宙に居るラッシュに爆弾を投げつける。観客席に接近した為、ラッシュの後ろに居る冒険者達が散り散りに逃げはじめた。背後の人々を守るという訳ではなく、ただ爆発の威力を減らす為に、ラッシュは体を捻って剣を振る。ラッシュの腕は残像となり、剣が爆弾を真っ二つにしていく。
「に、人間技じゃないにゃ」
「そう? あれくらいならルチルもできるよ」
「ええ!? 私、あんなに武器振れないにゃっ」
「あー、違う違う、半蔵の爆弾攻撃の事だよ」
確かに、雄也には爆弾を利用した戦術がある。それは高レベルなギルドメンバー達と共に高レベルダンジョンに行った時に役立った。だが、今半蔵がやっている動きができるとは思えない。
だが、実のところを言えば、できる。雄也は、エルスタントに来てから全力で戦った事が無いのである。
「……無理じゃないかにゃ~」
「あはは、ヴァネッサの言ってたの、これか」
「うにゃ?」
「記憶喪失っ」
アルバートは『面白いな~』と顔に貼り付けて言った。
ぎりぎりでしのいでいたラッシュだが、一つが爆発すると、周囲の爆弾が連鎖爆発を始めた。必死で回復魔法を続けていたえるえるは、慌てて逃げ出し、地面に伏せる。空気どころか地面すら揺らし、ルチル達のそばの壁がぱらぱらと崩れた。
その光景を見て、雄也は心臓が止まりそうだった。隣に立っている普通の魔術師エリコも、あわわわ、と動揺していた。辺り一面、煙が充満しており、何も見えない。半蔵は追加とばかりに爆弾を投げ込んでいる。さすがにオーバーキルでしょ、と雄也が静止の声を上げようとしたその時、白煙の只中を真っ直ぐに見詰めていたアルバートが笑みを浮かべ、嬉しそうに声を上げた。
「うん、九十点!」
地面に這うようにして、ラッシュが飛び出してくる。その動きは速く、先程までの半蔵の動きと匹敵するものだった。全力で駆け寄るラッシュの背後で爆発が起き、それがラッシュを後押ししていた。爆風で乱れた煙が、ラッシュの通った後を埋めるように吸い込まれ、軌跡となる。そして、半蔵との間を一瞬で埋め、踊るように剣を振った。その剣撃で半蔵はふっとばされ、膝を突く。そこに追い打ちを掛けようとしたラッシュが地面を蹴る、が――
「やめ!」
響き渡ったヴァネッサの声に、止まった。
「…………ふにゃ~」
少しづつ煙が晴れ、ぼこぼこになった闘技場が露わになる。その光景を見て、雄也は思った。こんなの、もう、ドラゴンボ○ルじゃん、と。