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 日課となったMMORPGの世界にマイキャラの姿で転移してしまった佐藤雄也二十五歳。リアルへの執着の薄かった雄也は、帰還を後回しにして、エルスタントの世界でかつての仲間を探す事にした。しかし、かつての仲間達はプレイヤーの操作する彼らではなく、この世界の住人であった。彼らとどのように接すれば良いのか悩んだ雄也だったが『お互いに思い合う』というギルドの変わらぬ雰囲気を感じ取り、共に歩む事を決意するのだった。

 それから二週間……。

「ごりごりごりごーり~♪ ごりごーーりーーーにゃぁああ☆」

 屋台が三台は並んで移動できるような広い道を、陽光が明るく照らし出す。そこに立ち並ぶ同じ外観、同じ内装のギルド館。その一つから、鈴を転がしたような可憐な歌声が響いていた、と思わせておいて、最後は調子っぱずれな金切り声へと変わった。

 まるで幼子のような振る舞いの主は、そのものずばり、幼子のような見た目をしていた。身長は百センチに満たず、下手をすれば二、三歳にも見えた。が、自分の胴よりも二回り以上でかい容器を持って歩く足取りはしっかりしている。

「できたにゃ♪」

 言葉遣いも幼い雰囲気こそあるがはっきりしており、響きもクリアだった。声だけを聴けば十歳以上であると勘違いをするかも知れない。

「……すげぇな。上級回復薬を作れるとはな。しかもあんな歌、歌いながら……」

 ただし、少女が普通ではないのは、小さい割に聡明であるという点だけではない。――そう、少女はケモっ子なのだった!

 とはいえ、獣人という存在自体は、この世界――エルスタントでは別に珍しいものではない。種族によって適正が異なる為、プロフェッショナルの域には何かしらの獣人が名を連ねている。特に戦闘分野ではそれが顕著だった。その為、一部の人間にとって、獣人は非常に馴染み深い存在なのである。


「ラッシュが薬草採りを手伝ってくれたからにゃ♪ ありがとにゃ☆」

 エルスタントの世界は、オンラインゲームと呼ばれるジャンルの、多数の人間が同時にプレイする舞台だった。そして、この少女――ルチルは、その世界で生活するプレイヤーキャラクターだ。しかしどういう訳か、ゲームである筈のエルスタントは現実化し、その世界にルチルは入り込んでしまった。

 ルチルはあくまでもキャラクターである。その操縦者が居る。ルチルを操っていたプレイヤーの名を『佐藤雄也』と言う。社会の喧騒に疲れ果てた二十五歳フリーターの彼は、ルチルとしてエルスタントに入り込み、なんやかんやしてるうちに、ここでの生活を気に入り始めていた。

 ――それはともかくとして、先程から「にゃあにゃあ」と口にしているのは、元二十五歳フリーターのおっさんである。あくまで、その中身は、であるが。

「特に危険は無かったしな。何もしてねーよ」

「ラッシュのおかげで安心して採れたから、すごく助かったにゃ~♪」

 ルチルはそう言って満面の笑みをラッシュへと向けた。小首を傾げ、少しだけ背伸びをして。そんな少女の横顔を、窓から差し込む陽光が明るく照らし出す。

 これが二十五歳フリーターのおっさんの所業である。






 ギルド館周辺は既に暗くなっていた。様々な場所で仕事を終えたギルド員達が、それぞれのギルド館へと帰ってくる時間だ。

「はいはい、上級回復薬納品完了、っと。お疲れさん」

 短い赤髪の女性ヴァネッサは、メンバー管理用ノートにチェックを付けた。

 さばさばとした性格の彼女は、ラッシュとルチルの所属するギルド『アージュファミア』のナンバーツーだ。戦闘が得意分野だが、以外にマメなところがあり、メンバーの生活を陰から支えている。


「荷物置いてくるにゃ~♪」

 納品先から貰ったすり鉢を持ち、上階へと上がるルチル。それを眺めながら、ラッシュは微かに鼻で溜息をつく。

「何かあった?」

「いや、何も無かった。無さすぎるくらいだ」

「良いことだね」

「……そうかも知れないが」

「そんなもんさ、護衛ってのは。何かあった時に即座に動く、それができれば、後はどうでも良い」

 ヴァネッサの言葉に返事は無く、代わりに革袋がテーブルに置かれる。

「俺がこんなに貰うのは、おかしいだろう」

「そう思うなら、ルチルに言やぁ良いだろう? ま、その様子じゃ、言い含められたんだろうけどね」

 納得いかないとばかりに、渋面のままラッシュは椅子に座った。

「気持ちは分かるよ。でもね、正当な報酬だと私は思うね。あの子の扱ってる物の価値を考えてご覧よ。下手をすれば誘拐だってありえるんだ」

 そう言って、今度はヴァネッサが溜息をついた。深く、重い溜息だ。

「そう、誘拐だってありえる……なんでそんな大事な事に、今更気付いたんだって気分だけどね」

「……分かるが、俺はまだ未熟だ。何かあった時に守れる保証は無い」

「…………あんたは本当に律儀だね。ま、そういうとこ、嫌いじゃないよ。ルチルには私から言っとく。だから、頼むよ、ルチルの事」

「ああ」






 ルチルとラッシュは、出会ってから僅か二週間強の付き合いだ。当初、ルチルを子供扱いしていたラッシュだが、今現在は対等の存在として扱っている。それもこれも、ルチルが職人として凄腕だったからだ。

 上級回復薬に、一流料理。更に採取や農作物の収穫などの知識が非常に豊富で手際が良い。冒険者としては裏方であるが、総合的な評価で言えばラッシュを遥かに越える存在と言えた。様々な依頼を平然とこなすその姿を見続けてなお、子供であると侮れるほど、ラッシュは傲慢ではなかったのだ。

「今日はお仕事はお休みで、料理するにゃ~♪ ラッシュは試食にゃ♪」

「っ……いや、俺は討伐依頼でもこなしてくる」

 あからさまに不機嫌な様子を見て、ルチルは動揺した。不安そうな見上げるルチルの瞳を見て、ラッシュは気まずそうに視線を逸らした。

「ラッシュ……?」

「……夜には戻る」

「え、ラッシュ……待って、どうしたの?」

「どうもしねーよ」

 ぶっきらぼうに言って、足早にギルド館から出て行った。その後姿を、ルチルは追えなかった。明確な拒絶の意思が感じられたからだ。

「昨日言った奴だよ。悪いね、ガス抜きしてなかった。ルチル、あんたはお留守番。予定通りメンバーの飯作ってて。私は様子見てくる」

「うにゃ……」

 ルチルの返事を半ば聞かずに、ヴァネッサはギルド館を足早に出て行った。後に残されたルチルは、悲しげに眉をひそめた。それは見た目相応に、一人残された幼子の姿だった。

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