齟齬――PLとPC
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エルスタントに降り立った雄也は、仲間が居た都市リーバーを探し出す。しかし、そこで見た仲間達は、彼の知るかつての仲間達では無かった。
「夢じゃないわけで」
酷く寂しそうな声が響いた。歳相応であるなら、次の瞬間には泣き出していたかも知れない。しかし、彼女は泣かない。彼女はルチルであると同時に、二十五歳フリーターの佐藤雄也なのだ。
ルチルがベッドから身を起こす。そこはベッドとコート掛けしか無い殺風景な部屋だった。無理をすればベッドを三つは並べられる広い部屋は、寂寥感を誘う。
「……はぁ」
頭を振り、ベッドから降りると、横に引っ張ってきておいたコート掛けからワンピースを取り、すっぽりと被る。
ちなみに寝ている間はショーツ一枚のみの格好だった。が、雄也は手で体のラインをなぞり、女の子の体に感動こそしたものの、性的な興奮をあまり覚えなかった。その事を疑問にすら思わず寝てしまったのである。
「とりあえず、仕事、かなぁ?」
ベランダ側のカーテンを開け、部屋に光を採り込む。しかし特にやる事も無い為、そのまま扉から廊下へと出た。
廊下はルチルが五人は並んで歩ける程広い。透明度の非常に高い窓ガラスが全面に張られて、板張りの廊下を隅々まで照らしていた。その光景は雄也にとって非常に新鮮で、少しだけ憂鬱な気分を晴らしたのだった。
「……今日も頑張るにゃ!」
ちなみに、何をするかは決めていない。
一階にはヴァネッサとアルバート、そしてラッシュが居た。
「おはようルチル。ここまで聞こえたよ。今日も頑張ろうね」
ふわふわとした笑みを浮かべて、アルバートが言う。
「おはようにゃ~♪」
「ほらほら、行った行った」
「行くよー。でも挨拶は大事でしょ」
「ぽけーとして長話するでしょうが、あんたは」
「はーいっと。行ってきま~す」
ヴァネッサに急かされ、アルバートは外へと駆け出して行った。傍目から見ても、タイムリミットが近いのが分かる。
「おはよ」
「うにゃ、おはようにゃ~♪」
「あー、っと。アルは、今日は学校で講師だね。半蔵は市場のバイト。えるえるはいつも通り聖堂のボランティア」
ヴァネッサは一通りの仲間達の状況を説明すると、今度はルチルに問うた。
「あんたは、今日は休む? 予定より早いけど、家具でも買いに行ったら良いんじゃない?」
「うにゅ~。仕事しなくて平気かにゃ~?」
「……やっぱ、昨日からちょっとおかしいね、ルチルは。部屋、寂しかったろ? 身の回りを整えな。ここに居るメンバーは、もう全員済ませてるよ」
「で、でも、お金が無いにゃ……」
気だるそうに背もたれに体を預けていたヴァネッサだったが、おもむろに体を起こし、ルチルのそばにしゃがみこんだ。
「……そういや、装備どうしたんだい? 倉庫に預けてるんだと思ったけど……ラッシュから聞いたよ。街の外で、もう裸だったって。まさか強盗にでも……いや…………辛かったら言わなくても良いよ」
裸、というのは慣習的な表現だった。エルスタントではキャラクターの初期装備が男性ならデニム短パンに白いTシャツ、女性なら白いワンピースなのである。ゲーム内キャラクターも初期装備を裸と表現するのか、と雄也が驚いている間に、ヴァネッサは思いやるように、少しだけ悲しげな瞳でルチルを見つめ始めていた。
「うにゅ~……気付いたら何も持ってなかったにゃ~」
「そう……じゃあ、倉庫の中は無事なんだね?」
「うーにゅ、多分大丈夫にゃ♪」
ぎゅっと抱きしめられ、頭をぽんぽんと撫でられる。雄也はそのように頭を撫でられた経験が無い。恋人はモニターの中にしか居なかったし、子供の頃にも経験は無かった。それは存外に心地良く、雄也はその感覚に身を預ける。
暫くして目を開くと、ヴァネッサの肩越しにラッシュの姿が見え、思わずヴァネッサから姿を離した。
「あー、えっと、じゃあ、倉庫行って、服とか家具買ってくるにゃ!」
「そうかい。じゃあ、手数料分だけ渡しておくよ。あそこの連中は頭堅いからね」
ぽんぽんと頭を撫で、ヴァネッサはポケットから一枚の銀貨を取り出し、ルチルの手に握らせた。
「ラッシュ」
「ああ」
「悪いけど今日はこの子についててやってくれないかい?」
「ヴァネッサ?」
言外に『なぜ?』と含ませて名を呼ぶルチルを一瞥し、頭を撫でた。
「飯と寝所くらいは提供するから、今日はこの子に案内してもらうと良い」
「そういう事ならこちらからお願いしたい」
「愛されてんな、お前」
「皆良い人にゃ♪」
「そうだな。見ず知らずのおっさんを信用するくらいのお人好しだ。無警戒過ぎるぜ」
「ラッシュが悪い人じゃないって、皆分かるだけにゃ~」
「……まぁ、できればおっさんってところをフォローしてもらいたかったんだが」
「うにゃ? ラッシュはラッシュにゃ。おっさんじゃないにゃ。だからラッシュにゃ!」
「お、おう」
雄也としては、ラッシュの見た目が老けて見える事をフォローするつもりは無かった。そのような会話を交わしながら、二人は大通りへと出て、広場へと向かう。
巨大な噴水を有してなおスペースの有り余る広場は、屋台あり、敷物を敷いただけの店あり、多数の人間ありと賑わっており、それでいてなお馬車も行き交っている。混雑している事はしているが、狭苦しいという印象を与えなかった。
「話にゃ聞いてたが、やっぱ、街ってのはすげーな……」
「リーバーが特別なだけにゃ♪」
ルチルを通してそのように言うが、実のところ、雄也も驚いていた。設定上、リーバーには人が多いというのは知っていたが、実際にこれほどの人が集まっているのを見た事は無い。
ゲーム内では飾りだけの店舗に交じるように幾つかの店があって、そこをうろうろするNPCが少数居たくらいだった。店は二倍近く多くなり、NPCの数に至っては五十倍近くに膨れ上がっている。この光景を見た瞬間に『走り抜けるのがだるい程に無駄に広い場所』という、プレイヤー時代の評価は一瞬で覆されてしまった。
広場を突っ切り、別の大通りに入り、少し歩くと、そこに倉庫屋があった。倉庫屋では私物と金銭を預かってくれる。国の機関と並ぶ程の信用を得ており、エルスタントで倉庫屋の無い街は存在しない。
「ラッシュも使う時が来るにゃ」
「いまいち信用できねーなぁ……」
大型の物も扱えるように大きく開いた間口の向こうで、多数の従業員が荷物を整理していた。ゲームと変わらない配置に安心しながら、雄也は店員に話しかける。
「えっと、お金を下ろしたいにゃ。あと、装備がある筈だから、出して欲しいにゃ」
「はい」
「……」
「……お客様?」
「あ、お金にゃ?」
ヴァネッサから受け取り、ずっと握り締めていた銀貨を店員の前に置く、が店員は困ったように笑いを浮かべ続けていた。
「あの、冒険者カードかギルドカードのご提示をお願いします」
「え……ないにゃ」
「あー、住民票でも良いんですが……無いようですね。……そうですね、えっと、ステータスカードを見せてもらっても宜しいでしょうか?」
「ステータスカードも持ってないにゃ~」
「え?」
「にゃ?」
「……ステータスカードは誰もが体の内に持っている物ですよ。お嬢さんも願えば出す事ができます。そうですね……では、ステータスカードオープン、と強く願ってみてください」
そうか、願えば出るのか、と雄也が思った瞬間、目がくらむような光と共に、それは目の前に現れた。が、ラッシュがルチルを覆うように店員との間にしゃがみ込み、ルチルの顔を少しだけ険しい表情で見下ろす。そしてその表情のまま、店員へと顔を向けた。
「……信用できねー」
「……お客様の仰る事は分かります。しかし、我々は創業者アゼルクラウドの十訓を魂に刻み込んでおります。お客様の情報を倉庫業以外で利用する事は絶対に致しません。そして私は、例えこの生命が狙われようとも、お客様の情報を口には致しません」
「…………言い分は分かった」
ラッシュは再びルチルへと向き直った。その表情は怪訝に歪んでいたが、一つ溜息をつくと、口を開いた。
「これ、閉じろ。んで、ギルドカードオープンって願ってみろ」
「助かるにゃ~♪ ありがとにゃあ☆」
「おう。俺も案内してもらってるたしな。助かった」
無事にアイテムや金を引き出せたルチルは、今現在、ふりっふりのドレスを身にまとっている。甘ロリ、白ロリ――そのように呼ばれるであろうその服装は、冒険者のする格好ではない、筈だが、実は珍しくも無い。それを示すかのように、道行く人はルチルのその格好を苦もなく受け入れていた。それは隣を歩くラッシュも同様である。
ラッシュはというと、大量の小物を皮の大型バッグに詰め、それを肩に担いでいた。小物の内約は、殆どがルチルが購入した生活必需品だった。
多くの店を周り、最後に冒険者ギルドに向かった。村での経験を保証する手形なども所持していた為、あっさりとラッシュは冒険者として認められた。冒険者ギルドへの所属は身元保証も兼ねており、これで仕事を得るのも容易くなる。端的に言えば、この時点で既に、生活の基盤が保証されたのである。
大通りから逸れ、ギルド通りを歩く二人。まだ夜は遠いが、既に帰りのギルド員を捕まえようと、屋台が出始めていた。
「…………ルチル」
ラッシュがどこか真剣な表情でルチルを見下ろした。ルチルは小首を傾げてラッシュを見上げる。
「うにゃ?」
「俺もこれで正式に冒険者だ。何かあったら、俺を頼れよ」
「うにゃ♪ ラッシュも私達を頼るにゃ。うちのギルドはリーバーでは結構でかいにゃ♪」
僅かに眉をしかめたラッシュだったが、すぐに小さく頷いた。
「……ああ」
「おかえり」
「おかえりなさい~」
「おかえりでござる」
「ただいまにゃ☆」
一階にはヴァネッサ、えるえる、そして源流忍者服部半蔵、通称半蔵が居た。エルスタントでは忍者という役割もあり、偵察、諜報、斥候などができる。更に一対一の戦闘に特化し、素手で首を刎ねたりする。しかし半蔵は、素手や薄着になる事による身軽さを捨て、刀や投擲によって攻撃を行うスタイルを貫いている。曰く、忍者は素手で戦わないでござる。
「ラッシュ殿でござるな。拙者、性を服部、名を半蔵と申す。宜しくでござる」
「忍者か。珍しいな。ラッシュだ。姓は無い。よろしく頼む」
「荷物置いてくるにゃ~。ラッシュは皆と話してると良いにゃ♪」
「持てるか?」
「大丈夫にゃ!」
上階へ向かうルチルを見送り、ラッシュはヴァネッサを睨み付けた。明確な殺気を感じ取り、音もなく半蔵が立ち上がる。
「座りな、半蔵。ラッシュ、あんたもだ」
「一体どうしたんだい?」
「……お前ら、あいつにステータスカードの開き方も教えてないのか?」
「え……? どういう意味ですか?」
思わず口を挟んだのはえるえるだった。
「……あいつはギルドカードも、冒険者カードも、それどころかステータスカードの開き方さえ知らなかった」
「そんな筈――」
「それどころか! ……あいつは無防備に自分のステータスを見せようとしたんだぞ」
えるえるの言葉を遮り、ラッシュは言葉を続ける。その語気は荒い。
「そんな……」
「引っ越しをしただって? 本当にそれをあいつに伝えたのか? おかしいじゃないか、何故家具を新たに新調する。前のところのを使えばそれで済む話だ」
「……確かに。でもねぇ、ギルド館の引っ越しの際は、増設した施設や家具はそのままにするようにって規則があるんだ。仕方ないんだよ。引っ越しは確かにえるえるが伝えたよ、それは私も見てる」
「……じゃあ……あいつの倉庫とやらから出てきたレアと思しきアイテムに、大量の金……お前らが入れたんだろ? なんの為に? お前らは倉庫が利用できないような身分なのか?」
「落ち着きな、ラッシュ。あんたの怒りは分かる。心配なんだろ? でもそれは誤解だよ。倉庫にあった物は、間違いなくあの子の私物さ」
「なら、何故? ステータスカードも開けない女の子が、預けられる筈が無いよな。違うか?」
「さぁてね。私も、あの子がステータスカードを開けないなんて、信じられないところさ。このギルドに所属した時に、ギルドカードを出しているのを見たことがあるしね。ただ、あの子の様子がおかしい事は分かる。私も、えるえるも、アルでさえいつもと違うって分かってる。だいたい、薬草採取の為にフル装備で草原に向かった筈なんだ。それが裸で戻ってきたって時点でおかしいのさ……。詳しくは本人に聞こう」
そう言って、ヴァネッサは顎で階段を指し示した。そこには、剣呑とした空気を感じ、困惑するルチルの姿があった。
PL=プレイヤー
PC=プレイヤーキャラクター
PLはリアルでキャラクターを操作している人物、この話の場合は佐藤雄也を指します。
PCはゲーム内での仮想キャラクターを指します。アバターなんて呼ばれ方もします。