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予行演習――そしておっさん

 日課となったマッシブリーマルチプレイヤーロールプレイングゲーム――MMORPGをプレイしようとした二十五歳フリーター佐藤雄也は、マイキャラの姿でMMORPGの舞台エルスタントに降り立ってしまう。馬車の痕跡を見付けた雄也は、訳も分からないままに、人を求めて駈け出した!

 少女は歩いていた。

「うまうま」

 右手に一つ、腰の辺りに押し付けるようにして三つ、梨とバナナの中間くらいの造形の、不思議な果実を持っている。造形もさることながら、梨は果実でバナナは草だ、当然、あいのこという訳ではない。

 酸味の強い食材で、通常はサイコロ大に切って料理に入れられる。肉は柔らかくなり、臭みも消してくれる。熱によって過剰な酸味は消えるので、酸っぱいのが苦手な人でも大丈夫と、エルスタントでは大量に生産されている果実だ。

「うまう……うっ!? ブッ!」

 行儀悪く口に含んだまま「うまうま」言っていた雄也だったが、口元に持ってきていた果実に噴きかける勢いで果肉を吐き出した。

「おおおぉぉぉ……いてぇ……」

 保存も良く、鳥などを除けば害虫や害獣に狙われる事の無いこの果実だが、生のまま食べるのは冒険者くらいなものだった。種の付近に痛みを感じる程の酸っぱさが詰まっているのだ。

「あぁぁぁ……満腹度五しか回復しない訳だよ……」

 雄也はこの果実を知っていた。知らずに未知の果実に手を付けるような無謀な男ではない。


 エルスタントでは、草や木など背景となるようなオブジェクトは、どこかで見たような植物ばかりだった。それに対し、材料となるアイテムはファンタジー色溢れる物が多い。独特な形、独特な色、そして独特な性質。そうしたアイテムは、異世界での生活をテーマとするエルスタントの世界を掘り下げる重要な役目を担っていた。

 そのうちの一つが、寸胴のバナナのような、長細くなった梨のような果実――イナシ―だ。街道沿いなんかは、少しだけ食べられて捨てられたイナシ―が育ち、木を生やす事も多々ある。雄也が見付けたのはそんなイナシ―の果実だった。

 腹を空かせた新米冒険者などは、街道沿いになるイナシ―の果実で空腹を紛らわせたり、これを取って小銭を稼いだりするという文化がある。雄也のマイキャラ――ルチルは新米ではないが、食料どころか装備の一つも無いのだ、取って食べる権利はあった。

「はぁ」

 一つ溜息をつき、食べかけのイナシ―の果実を放り投げた。種の近くから滲み出した汁が外側にまで広がり、食べられるところが殆ど無いからだ。


 それにしても、と雄也は再び足を動かす。

「ルチルたんは可愛いなぁ」

 身悶えする自分の声を聞いて、あろうことか興奮していたのだ。雄也の生き様はまさに変態紳士の鑑と言える。だが、何かが違う、とも思った。

(そうだ。これでは自画自賛ではないか……)

 ぽてぽてと歩くルチルの表情は堅い。

(違うんだ。俺のルチルたんは、自分の事を可愛いだなんて言わないんだ。可愛いとかそんな概念すら無くて、無意識の内に可愛く振る舞ってしまうんだ。褒めてくれるのもなんでなのか分からなくて、でも嬉しいから、無邪気に尻尾を大きく振って喜ぶんだ。辛い事があったら全身で不満を表現するけど、でもすぐに前向きに立ち直るんだ。そう、そうだ。それだ!)

 りぴーとあふたみー、そんな想いを胸に、ルチルは瞳を開く。やる気に満ちた表情で、小脇に抱えた果実をガブリ。それほどでかくも無い果実の為、牙は種のすぐ近くまで刺さり――

「ふにゃぁぁあああ! すっぱいにゃぁあ!」

 それは予め決めたセリフだったから、そう言えたのだ。実際には、雄也の口の中は、激痛で支配されていた。酸っぱいなどという次元は、とうの昔に過ぎ去っている。

「うぅぅ……ヤッ、やっぱり、イナシ―は料理しないと、ダメにゃ~。今度は美味しく調理するにゃ! またにゃん☆」

 盛大に独り言をのたまい、イナシ―の果実を放り投げる。雄也はやりきったのだ。口の中の激痛にも、猫語にも、女の子らしい萌え萌えな動作にも負けず、完遂したのである。顔を上げると、いつの間にか太陽は傾いて、赤く世界を染め上げていた。じんわりと、達成感が胸の内へと広がっていく。今まではモニター越しにしか見られなかった物を、彼は今、自分自身の手で成し遂げたのだ。

 喉元を込み上げるのは、そう、雄叫びだ。太陽に吠えようというのだ。この世界に響かせようと言うのだ、勝利の雄叫びを。


 少女ルチルが、夕焼けの空に、その拳を突き出した。

「うおっと」

 突然背後から聞こえたのんびりした声に、ルチルは総毛立つ。文字通り、逆毛になっている。ゆっくりと振り返るルチルの頭上には、背の高い大男が立っていた。

 よれよれになった肌着の上に、ところどころ端の切れたベストを着ていた。腰には大量の荷物袋が括りつけられ、その袋に包み隠されるように剣を提げている。軽装ではあるが、一般的な冒険者のファッションだった。無精髭を伸ばしっぱなしにした様も、長旅を乗り越えた冒険者然としている。

「すまん、驚かせたな。……変わってるな、お前。犬族だろう? にゃあにゃあと猫のように……くく。…………おい、冗談なんだが。気を悪くしたか?」

「う、うにゃぁ……」

 辛うじて返した言葉がそれだった。

「おいおい、さっきまで喋ってただろう? もしかして、独り言を聞かれて恥ずかしいのか?」

 大男の問いを受けて、ルチルは一瞬でそっぽを向いた。図星である。

 果実に向かって「またにゃん」なんて語り掛けているのを見られた日には、悶絶死しかねない。

「くはっはっは! ちんちくりんが、気にしすぎだ!」

 大男の手がルチルの頭に乗せられる。それはずっしりと重く、ルチルの体を傾かせた。

「ち、違うにゃ! 後ろに立ってて、びっくりしたにゃ!」

「そうかそうか」

 体毎押し倒さんばかりの力で、ぐいぐいと頭を撫でられ、ルチルは慌てて足を広げてバランスを取った。手で抵抗するも、大男は構わずゆっくりと頭を撫でる。

「ちょ、やめるにゃぁ!」

「あーん? やめてほしくないのか? おらおら」

「違うにゃぁぁ!」




 地面にしゃがみこみ、両手で頭を庇うルチルと、中腰になって両腕を広げる大男の姿が夕焼けの草原の中にあった。

「どうした、もう降参か?」

「…………ふにゃぁ……おっさんに乱暴されたにゃ……やめてって言っても、強引に――」

「お、おい!? 人聞きのわりー事言うな!? 俺はー、そのー、あれだ。お前の尻尾が振られてたから、だな」

「振ってないにゃ!」

「いや、もうブンブンと――」

「振ってないにゃぁああ! こんなに髪むちゃくちゃにされて、喜ぶとか無いにゃ。ぷんぷん☆」

 怒りの声『ぷんぷん』が功を奏したのか、大男は反論はせず、そうだな、と呟いた。だが、浮かべた笑みからは反省の色は窺えない。

「まぁ、街に行こうぜ。もう夜も近い」

「……街、近いのかにゃ?」

「もう見えるぜ」

 大男の見ている方を向くが、ルチルには見えなかった。立ち上がっても見えず、背伸びをするが、やはり見えない。

「暴れんなよ」

 大男は背伸びをするルチルの腋の下に腕を入れ、持ち上げると、肩の上に軽々と乗せた。

「うにゃにゃ!?」

「たけーだろ~? 俺が悪かったから、機嫌直せよ」

 雄也は成人男性の平均身長程度の背はあった。だから、大男がいくら大柄とはいえ、肩車程度では視界も大して上がらないし、テンションも上がらない。当然機嫌も戻らない。マイ天使を相手に子供扱いしかしないこの男にもう一言申し付けてやろうとしたその時、眼前に大きな壁が見えた。


 牧歌的なエリアの多いエルスタントで比較的近代寄りの都市、リーバー。ルチルの活動拠点であり、同時にルチルの所属するギルドの本部があり、そしてエルスタントでは珍しいレンガの壁を有する都市だ。

「は、早く行くにゃ!」

「おうおう」

 期待と焦燥に駆られるルチルと反して、のんびりと歩き出す大男。ゲームの世界に迷い込んだ雄也がこの都市で目にするものとは。

「おっさん! もっと早く行くにゃ!」

「……おっさんじゃねーって。これでも十八だぜ、俺」

「え!?」

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