優しさ
トレーディングポストの不足により満足度が低下した都市リーバー。ハンティングキャビンはあるけれど、鹿肉(魔物)は住人の空腹を満たす事は無かった。
そんな中、一人の少女が立ち上がる。少女に宿る生霊――YUUYAは、前世で得たゲーム知識と料理知識を駆使し、リーバーに魔物肉を用いた料理を顕現せしめたもうた。ありがたや、ありがたや。
ルチルの魔物肉料理が開発されてから一週間。リーバーの食卓事情は大幅に改善されはじめていた。それには幾つかの理由がある。
一つは、ルチルの魔物料理が広まりきった事。一つは、農業系スキルの取得者による作物が収穫され始めた事。そして最後に、ルチルの料理を足がかりにした新たな料理が続々と誕生した事だ。
『魔物の肉も料理に使える』その発想さえ得てしまえば、新たな料理が誕生するのはすぐだったのである。ではルチルの功績は無いのかというと、そうではない。固定観念が無いが故の発想であり、ルチルが居なければ、少々の食料不足程度の危機で、そのような発見は無かった。
魔物の肉は栄養が無い。魔物の肉はどうあがいても不味い。言うなれば、普通よりも更に栄養の無い木の皮や、非常にまずいこんにゃくを食べるようなものである。現代人がそのような物を望んで口にしようと思わないのと同様に、エルスタントの住人もそれを食べようとは思わなかったのだ。ルチルはそこに革命を齎したのである。
「少し勿体無いね。これだけ流行るなら、レストランでも開いたら儲かったよね」
良い考えだよね、と言わんばかりに、アルバートが目を輝かせた。
「ゲスいね」
気だるそうにテーブルに肘を突き、ヴァネッサが吐き捨てる。
「いや、適正価格にちょい乗せとかだよ? 足元見るなんてしないよ」
「適正価格でも足元見てるんだよ。皆美味しい物に飢えてたんだからさ」
「足元見てるかな?」
「見てるね。ま、商売なんてそんなもんだけどね……言っちゃえば、商人なんてのは、相手の足元しか見てないのさ」
「うーん。そうかなー?」
「それは違うと思うにゃ」
大きなトレイを持ったルチルが調理場から出て来る。近くに座っていたアルバートが掬いあげるようにトレイを受け取り、テーブルへと並べていく。
「倉廩実ちて礼節を知る、という言葉があるにゃ」
「へぇ、どんな意味?」
「生活に余裕ができるから、礼節――気配りができる、的な感じかにゃ?」
「商人は金はあっても余裕は無い、という事かね?」
「ち、違うにゃ……。あ、でも、お金に執着があって余裕が無い人も居るとは思うにゃ。でも、余裕のある商人さんはいっぱい居るにゃ」
姿勢を正して話を聞いていたヴァネッサだが、すぐに背もたれに体を預けると、小さく溜息をつく。
「類は友を呼ぶってやつかね。私の周りにゃろくでもない商人ばかり……私も余裕が無いんだろうね」
「そんな事ないにゃ」
被せ気味に、ルチルが言う。
「ヴァネッサにはいっぱい助けられてるにゃ。いつも皆のことを想って、見守ってくれてるにゃ。足元を見るような人達とは違うにゃ」
アルバートがにっこりと笑みを浮かべ、ルチルを撫でる。
「そうだね。僕もルチルの言う通りだと思うよ」
自身へと向けられた二人の視線を受け、ヴァネッサは自身の顔へと手を被せた。
「ああ……忘れてたよ。腐ってもあんたらと家族だって事。私も捨てたもんじゃないね」
「当たり前にゃ♪」
「ルチル。ちょっと自画自賛っぽいね、今の」
アルバートの言葉を聞いて、体を起こしたヴァネッサが軽く拳を振るった。
「自画自賛もできないような関係、築く意味無いでしょ。私はあんたらと一緒のギルドで良かったと思ってるよ。まぁ、そんな事はどうでも良いから、御飯食べよう」
さっさと一人で食べ始めるヴァネッサを見て、アルバートとルチルは顔を見合わせて、少し笑った。
「美味しいね。魔物の肉とは思えないよ」
「…………驚いたね。あれより美味くなるとは。今度は何したんだい?」
アルバートとヴァネッサが魔物肉のステーキを前にルチルを賞賛する。
「肉を漬ける時に油を使ったにゃ♪ それで、そっちの方は使った油で煮てるにゃ。保存食にもなるコンフィっていう調理方法にゃ♪ でも、保存食にするには、全面を固まった油で覆わないとダメにゃ~」
「ふんふん……油で煮てるのに硬くならないんだね」
「低い温度でじっくりコトコトにゃあ☆」
良いところに気付いてくれました、と言わんばかりに、調子っぱずれの声をあげて笑うルチル。この料理は火の管理が非常に面倒くさいのだ。水のように沸点で大気圧を押しのけて蒸発するのならまだ被害は少ないが、油は際限無く温度が上がっていく。少し油断すれば、肉はカチカチだ。しっかりと油に漬けているのに。油断してないのに。油断してないのに。
「なるほどね。やけに時間がかかってたのはこれかい。てっきり、あの時のように色々試してるんだと思ったよ」
「にゃはは♪ あ、でも、今日はこれしかしてないから、これだけにゃの」
「良いさ、ちょっと期待してたのはあるけどね」
「微妙なのを食べるより、美味しいのを食べられる方が嬉しいよ。いたっ、なんで? 褒めたよ、僕」
「微妙なのってのがアウト」
「ええ!? 魔物の肉がまずくないだけですごいよ?」
「はぁ……ルチルは一生懸命美味しくなるように作ってるんだよ? それを微妙って言われて納得するかい? まずくないって言われて喜ぶと思うかい? そもそも、アルは何と比較して微妙って言ってるのさ。相手を傷付けるような比較はやめな」
「うにゃぁ……私は微妙でも良いにゃぁ。魔物料理は微妙な味ばっかりにゃ。普通の食材には数段劣るにゃ」
ここ数日、同じ味ばかりで飽きるよりはと色々作っていたのが裏目に出た、と雄也は思った。適当に作っているうちに美味しいのができれば、という甘い考えだったのだが、その結果、微妙な味の物を試食させ続けていたのは事実だったのだ。雄也としては、むしろ申し訳ない気持ちになってきていた。
「うぅ……ごめんね、ルチル。僕、なんか酷い事言った気がしてきたよ」
「き、気にしなくて大丈夫にゃ! その方が頑張り甲斐があるにゃ!」
「でも、僕……」
「分かれば良いさ。何度失敗しても、その度に、次は気をつけようって思えばそれで良い」
「そうにゃ! 私も次はもっと美味しいのを作るからそれでおあいこにゃ♪」
「ん……? まぁ、アルが反省するなら、私達はあんたを見捨てないよ。だからシャンとしな」
アルバートは肩を落として、今にも泣き出しそうに顔を歪めている。美形の類に入るのだが、それが台無しであった。
「うん……ありがとう」
「でも、ルチルは、はっきり言ってもらえた方が良いかにゃ♪ アルバートが気持ちを隠してるのは、ちょっと嫌にゃ」
「ルチル、それはね、私達の関係だから言える事だよ。あ、アルもちゃんと聞きな。私達の関係なら、ちょっとの失言くらいじゃどうにもならないけどさ。普通は一発で関係がこじれるもんなんだよ。相手の本心が見えた、嬉しいって思う前に、そんな事思ってたのかって怒り出すもんなんだよ。相手を知れて嬉しいってのは、その人の魅力を知ってるから、だろう? その魅力を知る前に仲違いしてしまったら、それでお終いなのさ。だからね、ルチルもあんまりアルを甘やかさない方が良いよ。アルの為にもね」
「ふにゃ~……」
「……うん、僕頑張るよ」
「うにゃ♪ 頑張れにゃ~♪」
「ま、頑張り過ぎて潰れない程度にね」
本当は第三部の後書きに書きたいのですけど、早めに言っておきたい事が二点ありまして……。
アルバート登場回はしつこいくらいにヴァネッサが彼を叱りますが、これはアルバート自身が彼女に頼んでいる事です。今後の話でそのエピソードが出るかどうかは分かりませんが、それより先に、読者の皆さんにヴァネッサが嫌われてしまうのは悲しいな、と思ったので、ここで一言言わせてもらいました。
あと、第三部は日常回です。一部を除いて次の章(? 部?)に繋がらないので、ぶっちゃけ読まなくてもあまり問題は無かったりします。ご了承ください。
……これ、第三部の初めに書くべきでしょうか?




