突撃! 異世界の晩御飯
平和な日々を過ごすアージュファミア一行。しかし、リーバーは食糧危機に陥っていた!? 幸い備蓄もあり、次の作物の生産も間に合うけれど、食事のレパートリーは全滅必至! 各家庭が悲鳴をあげている!
立て、ギルドアージュファミア! リーバーの平和を守るのは君達だ!
いよいよラッシュさえも畑仕事に駆り出され、ルチルは一人で買い物に来ていた。その背には大きなリュックが背負われている。時と場合によっては、児童虐待だと何かしらの団体が騒ぎ出しそうな光景だった。が、ルチルの内心は自身を俯瞰して、このように感じていた。
(萌えだわ~)
小さな女の子が大きな荷物を背負っている。それを可哀想と思うかキャワワ! と思うかで、正常か異常かが分かれるのだろう。ルチルの中の人である雄也は、後者である。
萌え要素を全力で振りまいている事に上機嫌なルチルの姿は好ましく受け取られ、にこやかに周囲に見守られていた。
「おや、ルチルちゃん、今日は早いね。それに、いつものおじさんは居ないんだね?」
「こんにちはにゃ~♪ ラッシュは畑仕事にゃ~」
「そうかー、大変だねぇ」
簡単な世間話から始まり、ルチルは店主と言葉を重ねる。大体は畑仕事と作物の収穫までの期間など、前日ヴァネッサ達と交わした内容だった。それだけ町民の関心がそこに集まっているという事でもある。
「ふみゃ~、大変そうにゃ~」
「そうだねぇ。まぁでも、皆、いつもと違う物が食べたい訳だからね」
「うにゃうにゃ」
買い占めが問題になっているのだった。一部の食材が金持ちによって値段が釣り上がり、庶民の手の届かない物になっているという。売り手としては本来喜ぶべきところだが、店主は複雑な問題だと苦笑いを浮かべる。店主とて庶民側の人間だ。食べたい物が手に入らない辛さは分かるのだ。
「イナシ―とジャガイモ以外で、何か無いかにゃ~? 安くて手に入りやすいのが良いにゃ♪」
「そうだねぇ。人参にギネカラにニガウリ、ってところかねぇ」
「今日もあるかにゃ?」
「あるけど、野菜炒めにでもするのかい?」
「うーーーみゅ。とりあえず買ってみてから決めるにゃ♪」
「……怒られたりしないかい?
「大丈夫にゃ~♪」
「もし怒られたら別のと交換してあげるからね」
「うにゃ♪」
結局別れる間際まで心配し続けた店主であった。
大量の食材が台所に並べられていた。野菜だけでなく魔物の肉から羊乳まで、リーバー近辺で採れるあらゆる食材が揃っている。調味料もずらりと並び、手抜かりは無い。
「どしたの? これ」
リュックを背負って出掛けた時は元より、帰ってきてからも興味深げにルチルを眺めていたヴァネッサが、調理場に顔を出した。
「新しい料理を作るにゃ♪」
「そ」
興味の無さそうな口調とは裏腹に、ヴァネッサはじっとルチルを見る。
「……ま、楽しそうだし、無理さえしてなきゃ良いさ」
「……楽しそう、にゃ?」
「そだね。演技してるようには見えないね」
唐突に『演技』という言葉が出てきて、ルチルは目を丸くさせた。まるでその言い方では、楽しそうにしている普段が演技かのようだったからだ。何より、それが事実であったからでもある。
雄也の作ったルチルという人格は別として、雄也自身は、常に楽しい気分という訳ではない。ルチルという人格であろうとすれば、ひずみが生まれるのは必然だ。ヴァネッサは、そのひずみを感じ取っている。雄也はそれに気付いた。が、それに気付いた事で動揺し、言葉を失った。
「……う、うにゃ♪ 料理、大好きにゃ♪」
取り繕おうと発した言葉は、特に鋭くない人間でもはっきりと分かる程の動揺と欺瞞に満ちたものだった。しかし、ヴァネッサはそれには触れず、ルチルの頭を軽く撫でる。
「……ま、昔から色々作ってたからね、好きなのは分かってるさ」
「うにゃ……」
「好きなだけがんばんな」
「う、うにゃ!」
「へぇ、これ、イナシ―?」
「うにゃ♪」
ヴァネッサは肉にかかったソースの香りから、それがイナシ―である事を見破った。
イナシーを口に含んだ時の痛みは、厳密には酸っぱさによるものではなく、極端な酸性だからである。その為、調理する事で中和する事で容易に刺激を減らせる。普通はそこ止まりなのだが、ルチルはイナシ―をペースト状にし、羊乳やギネカラなどと合わせたソースに変えた。酸味、辛味、そして仄かな甘味のあるソースは、多くの料理に合わせられる。今回は肉料理に合わせて微調整されている。
火をかける前に肉にイナシ―のペーストを漬けておいた事で、肉が柔らかくなると共に味がしみている。魔物の肉は非常に筋張っていて、時に切歯でも切れない程なのだが、筋切りが必要無い程に柔らかい状態になっている。とはいえ、肉を柔らかくさせる知識自体は特別珍しくもない。少なくとも『雄也にとって』は。
雄也はかつて、イナシ―の特性として肉を柔らかくさせる、という提案をゲームの運営会社にしている。そしてそれは、魔物の肉とイナシ―を使う、冒険者が一番最初に覚える料理の置き換えアイテムとして採用されたのである。
しかし、実装されたは良いものの、誰にも見向きもされなかった。当然だった。雄也のプレイしていたゲームは、俗に言うスリーDゲームだ。味覚や嗅覚を再現するヴァーチャルリアリティのゲームではない。美味しくなる事に利点があまり無いのである。更に、最も初級のスキルの為、回復量に難があった事も大きい。
また別の問題として、魔物の肉の消化効率は悪い事があげられる。それは現実となったエルスタントの世界においても変わらず、あまり食される事は無い。が、栄養が足りないのなら他の食材で補えば良いのである。羊乳、ギネカラ、片栗粉などなど、イナシ―と魔物の肉以外を投入したこの料理は、肉の味を楽しみながら、多くの栄養を得られる一品となった。
ゲーム云々という部分を省き、そのような説明をヴァネッサに聞かせる。と、やけに興奮した様子でルチルの肩ががっちりとホールドされた。
「こりゃすごいよ! 魔物の肉がこれだけ美味しいのもすごいけど、しっかりと栄養も摂れるなんて、完璧じゃない!」
魔物の肉は、言うなれば非常にまずい蒟蒻のような位置付けだった。それだけ食べていたら、餓死するのである。イナシ―と混ぜて初めて満腹度が増加するのだ。しかもガチガチに硬く、臭みが強く、普通なら食べようという気が起きない。
「そ、そうにゃ?」
いつもと違う様子のヴァネッサに戸惑うルチル。
「そうさ! っと……とりあえず全部頂くよ」
「うにゃ♪」
「……ルチル」
「うにゃ?」
「このレシピ、一般に公開……できないかい?」
ヴァネッサがおずおずと訊ねる。エルスタントの世界にも著作権の概念自体はある。発明者が守られる事は無いが、発明者が尊重されるべき存在で、発明は大事にされるべきだという思想自体はあるのだ。故に、ヴァネッサはその言葉を重々しく口にした。
――きっと躊躇うだろう。原材料自体は非常に安価な物なのだ、独占すれば莫大な富に繋がる可能性がある。いや、ルチルはそんなにがめつくは無い。それでも、自分の発明が報われる事もなく無差別に広がるのは、いい気持ちではないに違いない。でも、それでも、ルチルを説得して、少しでも良い食生活を町民に齎したい。
おおよそそのような事を考えて、ヴァネッサは躊躇うルチルを説得しようとした。したが、その言葉は外に出る事は無かった。それよりも圧倒的に早く、ルチルが頷いたからである。
「うにゃ♪」
「え?」
「うにゃ?」
「良いのかい?」
「うにゃ♪ 初めからそのつもりにゃ~☆」
「……そう、だったね――」
「うにゃ?」
――そういう子だった。
記憶を失って以降のルチルは、どこかがおかしかった。それでも、根本的には何も変わっていなかった。その事を喜ばしく思いながら、ヴァネッサはルチルの頭を撫でた。




