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 MMORPGエルスタントによく似た世界に迷い込んだ雄也は、けもっ子少女ルチルとしてラッシュと出会う。雄也はラッシュと共にかつての仲間を探し、所属ギルド――アージュファミア――と合流した。

 そうして過ごすアージュファミアでの日々はルチルにとって快適なものだった。ラッシュも同様ではあったが、小さな少女にも劣る自身の力量に、そしてその存在意義に疑問を抱く。

 力を得るべく始めた特訓を乗り越え、ラッシュは自信を取り戻す。そして、アージュファミアへの所属を表明するのだった。

 それから一週間……。

「おー、ルチルちゃん、いらっしゃい!」

「こんにちはにゃ~♪」

 リーバーの中央市場は、その日も多くの人でごった返しになっていた。十分に設けられたスペースではあったが、時折通る馬車などで一時的に人の流れが偏り、肩が触れ合うような状況に変わる。そんな人の喧騒を背中に浴びながら、ラッシュとルチルは店員と言葉を交わす。

「そうだねぇ、物流が滞っていてね。オススメはやっぱりじゃがいもとかイナシ―になるね。後は、昨日入ったギネカラだね」

「じゃあ、じゃがいもとイナシ―とギネカラ、貰うにゃ♪」

「お! 今日は何を作るんだい?」

「じゃがいもはサバンナチャージング・ブルとの炒めものに使って~、イナシ―とギネカラはサラダかにゃ~」

「その二つをサラダに?」

「うにゃ♪ ギネカラは辛いけどアルカリ性だから、混ぜると相性が良いにゃ♪」

「ほう。アルカリ……よく分からないけど、イナシ―と合うのかい?」

「酸っぱさが中和されて、食べやすくなるにゃ」

「なるほどねぇ。うちも試してみるよ」

「ふみゅふみゅん☆ それなら、ドレッシングのベースを――」


 その日も大量に食料を購入したラッシュとルチルは、寄り道は全くせずにギルド館へと向かった。ギルド館に居るメンバーだけでも二十名弱は居るので、全員分の食料を買うと寄り道をする余裕など無いのである。

「詳しいな。なんか、アリカリ? がなんたらとか……」

 市場から離れると道も狭くはなるものの、人が大幅に減り、会話も楽になる。ラッシュはそれを見計らうように、ルチルへと話し掛けた。

「料理は大好きにゃ♪ 好きこそ物の上手なれ、にゃの」

 ルチルは――その中に居る雄也は、実際には料理をそこまで好きとはない。が、料理についてそこそこの知識がある。

 MMORPGエルスタントは、日本企業によって開発、運営がなされているゲームで、数多くの試みが実施された。そのうちの一つが、料理システムの拡充だった。

 満腹度や回復力、特殊効果などはそのままに、同じ材料で別の食料を作れるようにしたのである。本来はイベントで臨時のアイテムを作れるようにしただけだったのだが、ユーザーからの要望でそれを常時作れるようにし、更にメニューを追加するべく要望やイラストを募集した。

 雄也は初め、これらのイベントで貰えるアイテムが目当てで参加していた。しかし、異世界の独特な食材を現実の食材に当てはめ、色々なメニューを考える過程で、料理の複雑さや楽しさを学んだのである。運良く幾つかのメニューが採用されると、その興味はより強くなり、たまの休みには自作料理を作るようになった。

 その味は決して上等な物ではなかった。それほど料理が上手では無かったのである。しかし、雄也がエルスタントに迷い込んで以降、不思議と料理は失敗しない。自分が望む味になるよう、調味料の量が自然に分かり、望む量を僅かの誤差無く入れられる。そしてそれを味見する事無く、冷えた時の味まで想像ができる。その超人的な感覚に気付いたのは、つい最近の事だった。それまでは『不思議と失敗しない』という程度の自覚だったのである。

「お前の飯は美味いよな。好きだから学べる、か」

「うにゃうにゃ♪」




 最近のルチルは、ふりふりドレスを着ていない。というのも、動くのに非常に不便だからである。

 袖の長いタイプは手仕事をする際に邪魔だし、丈の長いふわふわスカートは頻繁にどこかにひっかかる。町中を歩く際に着ている程度なら問題無いが、常に着続けるのはストレスが多かった。

 なので、今のルチルは牧歌的なエプロンドレス姿だ。

「今日も可愛いですね~」

「ありがとにゃ~♪」


 聖堂ボランティアから早く帰ってきたえるえるが、ルチルと共にキッチンに立っていた。えるえるはいつものローブにエプロンを。頭には三角巾を付け、後ろ髪は紐で結っている。対するルチルは、服装自体は可愛らしいものだったがえるえると同様の装備プラス顔を布で覆うという手の込みようである。ただし、料理スキルの影響で毛の混入にはすぐに気付く。すぐに食べられないメンバーの食事に雑菌が入ったらまずい、という考えで実施しているのだった。

 少し前には可愛いと言われたルチルだったが、今の姿は暗殺者と村娘のハイブリッドだ。調理時にはいつも晒している姿なので、誰からも突っ込まれる事は無く、二人は手早く下処理を進める。そして、複数のカマドに火を入れ、次々に調理に取り掛かっていく。熱気漂う晩御飯の調理場は戦場だ。


 朝は軽めにしか食べないメンバーが多く、時間的な意味以外では楽だ。昼は帰ってこれない場合が結構あるし、食事当番が居なければそもそも皆帰ってこない。最近はルチルが常駐しているので、リーバー近辺に居るメンバーは帰ってくるようになった。

 前述のように、料理漬けで過ごしたルチルを持ってしても、晩御飯の調理は戦争であり続けた。最近は夜にはリーバーに全員が揃うようになり、その苛烈さは極限に至る。

 素早く。全ての料理が冷めぬように完成する時間を計算し尽くして。自分の背丈の半分程もある大きさの鍋をかき回し、かと思えば他の料理の盛り付けをする。

 慌ただしいその動きについていけるのは、ごく僅かなメンバーだけだった。かつてはラッシュも手伝おうとしたが、邪魔になるだけだったので落ち込んだ末に自粛した。今では積極的に手伝おうとするのはえるえるだけとなっている。

「あ、スープからお願いにゃ~」

「おう」

 大型トレイに載せられたスープをラッシュが運んでいく。ルチルとえるえるは大型トレイの上に、料理をどんどん載せていく。ラッシュと入れ替わりにヴァネッサが調理場へと入ってきた。

「ごくろうさん」

「うにゃ♪」

 ヴァネッサも大型トレイを一つ持って出て行く。

「助かります~」

「こっちのセリフだよ」




 一階の広間は、まるで食堂か何かのようになっていった。普段は四卓の丸型テーブルは六卓まで増やされ、椅子は十八脚用意されている。これでもスペースはぎりぎりだった。日頃の栄養不足を補うべく、多くの料理が並ぶ為だ。ちなみに一皿毎の量自体はあまり多くない。

「うひょー! 今日もご馳走だーい!」

「うっせ。つば飛ばすな、馬鹿」

「だめだ! 馬鹿菌でこの卓は全滅だ! だから嫌だったんだ、俺は! こいつと卓を囲むなんて! ああ、誰か、俺達を助けてくれぇぇええ!」

「やめろぉ! おまえ、わざとつば飛ばしてるだろ!」

「ああああ! これ、お前の馬鹿菌の影響か!? わざとじゃない! わざとじゃないんだ! 馬鹿菌のせいで、つばがああああ!」

 やたらとうるさい集団が五人で二つの卓を使っていた。そこにヴァネッサの鉄拳制裁が飛ぶ。割とガチな感じのダメージを受けて騒いでた二人は静かになった。

「食べ物で遊ぶんじゃないの」

「すんません……」

「馬鹿菌に感染してごめんなさい」

 ちなみに五人で二つの卓を使っているのは、彼らがあまりに大食いだからだった。特に最近は肉体労働で忙しく、エンゲル係数がぐんと跳ね上がっている。


 別卓では、アルバートとヴァネッサとえるえるとルチルが卓を囲む。彼らは割と少食だが、食事は卓に収まりきっていはいない。えるえるとルチルは一種類食べては他の種類を取りに行くスタイルで食べている。

「んー、またイナシ―とジャガイモだね」

「文句あるのかい?」

「文句は無いよ。ルチルの料理はバリエーション豊富だからね。でも、ちょっと飽きてきたかな」

「それを文句があるって言うんだよ」

「うにゃ~……明日は良いのが入ってると良いにゃ~」

「アルの言う事は気にしないで良いよ。あんたは良くやってる」

「ありがとにゃ~。でも、私もちょっと飽きてきたにゃ」

「最近、物価が不安定ですね~」

 えるえるもどこか物憂げな表情だった。

 物価が不安定なのは、物流が滞っている為だった。リーバーは物作りと交易の街の為、食料自給がスムーズではないのだ。結果、日持ちのするイナシ―と、季節を選ばないじゃがいもがリーバーの生命線になっている。


「あの馬鹿達も畑仕事を手伝いに行ってるよ。でも、収穫まで二週間くらいはかかるからね」

 エルスタントでは短くて三日、長くても一ヶ月、平均して二週間で作物が採れる。なので、飢餓という概念自体が通用しない程だ。しかし問題はある。農業従事者がスキルを所持している事や、スキルを発動する為の魔力を必要とする。しかも作物に対応したスキルが必要な為、スキル持ちが居ない場合は人海戦術しかなく、効率が非常に悪くなる。馬鹿達と呼ばれた五人は農業スキル持ちだったが、ベーススキルとイナシ―やジャガイモくらいしか持っていなかったので、今は別の作物の訓練をこなしながら、人海戦術要員となっている。

「ん! でも、美味しいね!」

「ありがとにゃ♪」

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