本当に大切なもの、本当に苦しいこと
………目の前の幼女を助けるのと、社会的地位を守ること。どちらが大切か、そんなの決まってる。
………そう、目の前には気を失った中二病の幼女(汗だく、寝言で『お兄ちゃん』と言ってる)
わかるだろ同士諸君よ、こういう場面でどういう行動を取るべきか、どうすればよいか、そう、俺のするべき行動は……………。
「見て見ぬふりこそ最強の盾and矛!」
俺は一人暮らしには広すぎる家で暮らしてる。
和風の家でめちゃでかくて広い。さらにちょっと前まで大人数で暮らしてたから少し寂しかった、だから…………
「だからって、誘拐はよくないですよ」
うおぉぅ、ビックリした。なんだいきなり、
「まさか私が家を空けている間に誘拐犯になってるとは思わなかったですよ」
「誘拐じゃねぇぇぇぇぇ」
叫んでしまった、普段クールな俺が、しかもせっかくのチャンス……じゃなくて幼女がぐっすり寝ていたのに………
俺はヘタレ……じゃなくて紳士だからまず風呂を沸かし、布団をひき、そこに寝かせておいた。そして起きたときに一緒にご飯を食べようと腕によりをかけてたくさんのご飯を作っていた。というより作りすぎていたくらいだ、なのにっ、なのにっ……
「てかそれよりいつ帰ってきたんだよっ!」
「……君が誘拐してきた子を連れ込んできた時には家にいましたよ。なんかすごいあぶない気がしたので声をかけたのですが」
俺は全力で睨んだ。
「まぁ冗談はさておき帰ってきたのは昨日の夜中ですね、君が入学式が楽しみすぎて夕方に寝てしまっていたので恐らく気がつかなかったでしょうけど、朝は少し買い物に出てまして、恐らく入れ違いだったのでしょう。気がつきました?」
そう言いながら彼は最新のスマホをいじり、俺の寝顔を見せてきた。
「っっっっぅぅぅ」
俺は恥ずかしさで溶けてしまいそうになった、いや、蒸発しかけた。温度としては百度くらいまで上がった。しかし、俺はこらえた。
「おおっ、昔はもっと恥ずかしがったのに。子供の成長が眩しくて叔父さん涙が出てきましたよ」
「嘘つけっっ!…………今回はいつまでいるんだ」
「私はまたすぐに出掛けてきますよ。次は二、三週間ぐらいで戻りますので……」
いつも通りのそっけない態度、俺は少しうつむいてしまった。悪い癖だ、この人の前だとすぐ感情を表に出してしまう。それだけこの人と親しい間柄だから、気を抜いてしまう。昔は修行中よく怒られたっけ…………。
「…………そう」
自分もつい同じ態度で返してしまう。…………今の俺には、仲間と呼べる人も、家族と呼べる人も彼しかいないと言うのに…………。
「……………」
「……………ふぅ」
彼はため息をつき、天井を見つめる。
「……………と、思ってましたが、氷君の手料理を食べないで出掛けてしまうのは些かもったいないのでご飯だけいただいてからいきますよ、時間はまだありますし、それに…………」
「それに……?」
「ご飯はみんなで食べた方が美味しいですから」
彼はにこにこしながら幼女の布団の方に目を向ける。どうやら目を覚ましたみたいだ。
彼女は布団から出ると、盛大に腹の虫が聞こえた。しかし、俺たちのことを疑ってるらしく、食事を食べようとしなかった。叔父さんがバクバク食べるのを見て、我慢できなくなったのか、さっきより長い時間腹の虫がないた。しかし一緒には食べてくれなかった。なので、お風呂をすすめると、汗が気持ち悪かったのか、先にお風呂に入ることになった。俺はお風呂場まで案内し、しっかりと鍵を閉めさせた。こんなご時世だ、ひょんなことからラッキーイベント、もといアクシデントに遭遇するかわからない以上、しっかりと予防することが大切である。
おれが幼女を風呂場におくり、戻ってくると叔父さんは自分のお茶碗の中のご飯をたいらげ、あぐらをかいてお茶を飲んでいた。
「彼女は?」
「今お風呂」
「そうではなくてですね」
「……?」
質問を受けながらゆっくりと叔父さんの前に座ろうと移動する。
「いや、いいです。それぐらいが君らしい。じゃあ別の質問です」
「……?」
「なぜ彼女を助けたのですか」
叔父さんは少し威圧的に質問してきた。そして座ろうとして
「………それは、入学式で浮かれ………」
「浮かれてたからなんて、曖昧な理由ではなくてです。」
「…………」
俺は黙ってしまった。自分でも少し気づいていたからだ。そして俺はゆっくりと座る。
叔父さんは笑っていたにこにこした笑顔なのに目が笑ってない。
この見た目二十歳の白髪ロン毛の叔父さんの名前は銀、僕の師匠で父さんの弟、そしてここでは俺の親代わりだ。
「いったでしょう、巻き込まれたくないのなら、ものに触れるなと、それもあんな怪しい、…………それに気づいているのでしょう。あの子は普通の子ではありませんよ」
知っていた。彼女が普通でないことも、巻き込まれないためには、相応の努力と痛みを伴うと言うことも、見て見ぬふりは、確かに楽だ、どんなことにも巻き込まれない最強の盾だ。どれだけしても何も起こらない最強の矛だ。
しかし、とてつもなく強い心がないと出来ない。手をさしのばせば掴めるのに、手を伸ばすことすら禁じられると言うことは、とてつもなく苦しい。
「分かってる、あいつが普通でないことも、無意識に妹と重ね合わせてしまっていたということも」
うつむいていた顔をあげ、叔父さんの顔を見る。叔父さんは真剣な顔をしていた。
「そこまで分かって、あえて進むのですね」
「久し振りに手を伸ばすチャンスが来たんだ、しっかりやるよ」
俺は笑顔で答える。叔父さんも笑顔で答えてくれる。
「何かあったら連絡くださいね、まぁ氷君の実力では、私が邪魔になってしまうかもしれませんし、特に必要はないと思いますけど、………油断はしないでくださいね」
「しっかりと掴んでくるよ」
「余計なものまで掴まないように気をつけてくださいね。」
「…………?」
「いえ、気にしないでください。それはそうと料理の腕上げましたね。また味に深みが出てきてますよ」
「ありがとう、そっちはそっちで頑張って」
「はい、では行ってきます。でもいいんですか?」
「?」
「いや、氷君が彼女を連れてったお風呂、もうすぐ結界の効果切れますよ?」
「もうそんな時間っ!」
俺は父親からもらった腕時計で時間を確認する。幼女を風呂に置いてきてもうすぐ10分。結界の効果があと五分しかねぇ。
「全く、しっかりしとかないからですよ、外の人達は私が捕まえておきます。彼女の仲間というわけではないようですから」
「おじさんっっ、ありがとっ!」
「では行ってきます」
「行ってらっしゃい」
俺はレンジで料理を暖め直す。そして妹の面影のある幼女を待つ。
そして妹の好物だったデザートを冷蔵庫にしまい幼女の帰りを待つ。
登場人物
・時雨 氷 (しぐれ こおり)
主人公
・熾貂 御火 (してん みか)
幼女
・時雨 銀 (しぐれ ぎん)
叔父さん
・お風呂場( おふろば)
1分から30分までタイマーをセットし、中にはいる。出てくると、どんな長風呂早風呂も、セットしたタイマーと同じ時間だけ経過している。