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「――痛ってぇぇぇぇ!」
自分の叫び声があまりにもうるさくて目を覚ました。
今いる場所は一本道の農道の真ん中ではなく、建物の中だった。ああ、ハルカの神社の和室か。
「うるさい。男なら我慢しなさいよ」
「お、ハルカ……痛い! そこ触ったら駄目ぇ! 死ぬぅ!」
体中のいたるところが痛む。比喩とかではなく、冗談抜きで頭が割れそうな痛みを感じる。頭というか、頭蓋骨が痛いしまったく体が動かない。
「アンタ喋ったら本当に死ぬかも。だからちょっと黙って」
このハルカはいつのハルカだ? 三日のハルカとは様子が違うように思えるが。
仰向けになっている俺の胸に、ハルカはじっと目を閉じて手のひらを当てる。
そのままの体勢が続き、どれくらい時間が経ったのだろうか、
「はい、終わり」
そう言ってハルカはトンと俺の胸を叩いた。
不思議なこともあるもんだ。いや、俺が体験していること自体が不思議なことではあるのだが、そんなことより、ピクリとも動かすことの出来なかった体が気付けばすっかり元気に戻ったのだ。
「ずいぶん大変な目に遭ったみたいね。アンタを見つけた時はびっくりしたわよ」
やれやれ、といった感じの顔を俺に向ける。
「なになに、ちょっとどうしたのよ。泣きそうな顔してるわよアンタ」
クスクスと笑うハルカの顔は、明らかに三日のハルカではなかった。あの時のハルカは俺が言うことをまったく信じてくれずに面倒そうな顔をしていた。
でもこのハルカは、どう説明していいのかわからないけれど、なんかちょっと優しい顔をしている。
「お前は何日のハルカだ?」
「まったくアンタは……昨日よく覚えときなさいって言ったじゃない。今は五月五日の後半。アンタは三日の前半から来たんでしょ?」
五月五日か。ということはあの金髪ヤンキー神様から顔面にひざ蹴りもらって、そんでもって顔面を踏みつけられたその後ということになる。
上半身を起こして体を見る。上半身はミイラ男のように包帯だらけだったが、どこも怪我をしているような感じはない。
「お前が治してくれたのか?」
「そ。三日に聞いてはいたけどさすがに驚いたわね、かなりグロテスクだったわよ~。本当に死にそうだったんだから。というか殺人現場に遭遇したのかと思ったわ」
ハルカは説明してくれた。今は五月五日の夜。昼過ぎくらいに散歩から帰って来ない俺を、あの一本道で見つけて神社まで運んでくれたのだと。その時の俺はどう見ても自分で動けるような状態ではなかったらしい。
そりゃそうだろうよ。あれだけボコボコにされたんだ。生きていただけでラッキーだと思うぜ。
「アンタの制服、血とか砂とかですごく汚れてたから洗濯中ね。女のあたしが代わりになる服なんて持ってるわけないし、今日はその包帯で我慢しなさい」
血……思い出しただけでも鳥肌が立つ。
それにしても神様の力は計り知れないな。あんな状態だった俺の体が何ともなかったみたいに元通りになるなんて。
このハルカは俺の話を信じているハルカで間違いないようだが、三日のあの時点では信じてくれていたとは思えないんだよな。
「そうだ! 三日だよハルカ!」
「ついさっき今日は五日って言ったでしょ」
「そうじゃない。三日のお前は俺の話をまったく信じてくれなかったんだよ。俺が過ごす三日から六日と、お前が過ごす三日から六日に矛盾が生じたらマズイって言ったよな?」
「うん、言った」
「もっと焦れよ! このままだと俺が知る四日と五日のお前がいなくなっちまう!」
するとハルカは少し恥ずかしそうに人差し指で頬を掻きながら言った。
「それなんだけど、さ。あたしがアンタの話を信じるのは三日の後半なんだよね。アンタはまだ三日の前半しか知らないでしょ? あの時はまだアンタの話を信じられるだけの情報が足りなかったわけ。だから心配しないで」
そんなことより、とハルカは続ける。
「今日寝たら六日の前半に行って、その後アンタは三日の後半に戻る。その時に、絶対あたしが信じるように話を進めなさいよ? じゃないと本当に世界がおかしなことになるかもしれないんだからね?」
「すでに俺の世界はおかしいけどな」
「だからもうすぐ元に戻るって。アンタが上手くやりさえすれば」
そうは言われてもなぁ。俺はまた時間を飛ぶことが決まっているんだろ?
なんだったっけ。今日寝たら六日の前半に……ん?
「今日は五日だったな。寝て起きたら六日って、それって俺の世界が元に戻ったわけになるのか?」
「まあ、アンタはその後に三日に戻っちゃうわけだけれど。でも確かにアンタの世界が戻りかけてるって感じはするわね」
戻りかけている、か。
思えば七日から二日へ飛んだことが始まりだったわけだが、そこから五日、四日、三日と時間を遡って、また五日に飛んで来た。明日が六日と言うのなら、ハルカが言うように、それは俺の時間が通常そうである状態に戻りかけているのかもしれないな。