5/3A03
和室から出て大きく息を吸う。一生分の脳みそを使い果たした気分だったが、自然の匂いが溢れるこの世界の空気がなんとか発狂するのを防いでくれた。
この世界は、ハルカいわく『日本の原風景』とは日本なのか? 少なくとも俺が知る日本ではない。
無意識のうちに神社の敷地内から出て、俺はあの一本道をゆっくりと歩いた。
しばらく時間が経ち、そろそろ引き返すか、なんて思い始めた頃――
「おいコラ。昨日ここはテメーが来るような所じゃねぇから帰れって言ったろ? それなのによぉ、懲りずにテメーの方からノコノコとやって来るとはアタイも舐められたもんだなぁ?」
歩く先に金髪で和装を着た女がヤンキー座りをしていた。相当ガラの悪そうな顔と髪型をしているが、こいつも神様か?
ハルカや小夜、稲守と同じように和装を纏っているものの、襟は両肩から落ち、なんというか花魁みたいな着こなしである。
扇情的というか、無駄に色っぽい体つきの彼女はどうやら稲の苗のようなものを手入れしていたようだった。
……ちょっと待て、この声にはかなり聞き覚えがあるんだが。
「げっ、まさかお前が犯人!?」
「あぁ? 犯人だぁ? 何言ってんだテメー」
この声、間違いない。
五月五日、ハルカとの散歩の後に俺を襲った犯人だ。こいつのことを急いでハルカに知らせないと……って、そうだった! 今のハルカは俺の話をまったく信じてくれないんだった! どうする俺!
「えーっと、とりあえず名前教えてくれない?」
「ふざけてんのかテメー。あー、今頭きた。もう脅しじゃ済まねーぞ?」
金髪のヤンキー神様は水を張っただけの田んぼに稲の苗を静かに置き、ヤンキー座りから立ち上がった。
田植えの準備をしていたということは農業の神様……って、まさか稲守!?
いやいや、そんなことはない。稲守は可愛らしい小さな神様で、こんな腐れヤンキーなんかじゃない。。それに、ここまでのダイナマイトボディーを俺は知らない。
ハルカは意外と魅力的ではあったが、まあ月並みと言ったところか。小夜は驚くほどの美人だったけれど胸はペッタンコだった。稲守は年齢的に言わずもがな。
こいつは俺がまだ知らない神様に違いない!
「おい、どこ見てんだコラ」
一歩一歩近づいてくるそいつは、手のひらを俺に向け――
「ぐは……っ!」
あの時と同じように、衝撃波が俺の体を吹っ飛ばす。
地面に叩きつけられた俺は、意外にも今回はすぐに体勢を整えることに成功した。
走れ、ここで気を失ったら終わりだ。未来が変わってしまう。
今日……三日のうちに俺の話をハルカに信じさせないと、俺が知っている四日と五日のハルカがいなくなっちまう。
答えのないタイムパラドックスに対する考察なんて知らん、もうどうでもいい。
そんなことより、俺が知っている未来を変えていいはずがない。
簡単に未来が変えられるのなら、必死になって未来の為に頑張る意味とか、いつか訪れる未来に向かってコツコツ努力する意味とか、まるで無駄になってしまうじゃないか。
……って、なに綺麗事言ってんだろうな。今まで特に頑張ってこなかった俺が言っても仕方がないことだろうけれど。
とにかく俺が知っている未来のハルカが存在しなくなるのは困る。だからこそ今、三日のうちに、俺が時間を飛んでいることをハルカに信じさせないといけない!
「ったくよぉ、早いとこ田植えの準備終わらせないとクソガキにドヤされんだって。つーわけでさっさとこの村から消えてくれよ」
そんなこと知るか! 田植えなら稲守が機械でやってくれるか心配する必要ないぞ!
だが、全速力で走っていても、迫りくる空気の壁が何度も背中を殴り続ける事実から逃れられない。。
結局俺が頑張ったところで八方塞かよ。どうしようもないぜ……。
次第に、走る元気はもちろんのこと、立ち上がる気力すら失った俺は、情けねえ、気が遠くなるのを静かに待つことしか出来なかった。