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クソ。なぜこんなにも俺の頭はデキが悪いんだ。
えっと、つまり……このままじゃ俺が過ごした未来が変わってしまうってことなのか?
だとするならば、これからハルカが過ごす未来も変わってしまうのか?
「おいハルカ、しっかりしろよ! お前が信じてくれないと、お前の存在がなくなっちまうんだぞ!」
俺はかなり焦っていた。勉強は出来ないがどうでもいい知識だけは知っている俺の脳みそが警告のサイレンを鳴らしていたからだ。
タイムパラドックス――時間旅行が可能であるとする際に発生する過去の矛盾が、未来にどう影響を与えるのかか、という話だ。
俺が生まれるよりずっと昔、アインシュタインとかいう超天才野郎が相対性理論なんて意味不明な話を世の中に持ち出した。そのせいでタイムパラドックスなんていう哲学が生まれたわけだが……。
そう、タイムパラドックスは哲学だ。数学みたいに決まった答えなんてない。あるはずがない。
そもそも俺はその数学の答えすら考えることが出来ないくらい頭が悪いのに、答えのない問題の答えを見つけ出すなんて不可能に決まっている。
「アンタ本当に大丈夫なの? どこかで頭打ったんじゃないの?」
「ちょっと黙っててくれ!」
「う、うん……」
このハルカは駄目だ、役に立たない。俺の話を信じていないハルカと一緒に答えを探しても時間の無駄だ。どうせ「アンタ頭大丈夫ぅ?」とか言われるのが関の山だぜ。
俺は足りない脳みそが沸騰するくらいの勢いで考えることにした。
タイムパラドックスで有名なのが『親殺しのパラドックス』というやつだったな。何かの本で読んだような記憶がある。
過去の矛盾が未来にどう影響を与えるか――物騒な話だが、まあそこは一つの考察ということで、さて考えよう。
俺が過去に戻って親を殺すとする。
親がいなくなったという過去が決定した瞬間に、俺が生まれるという未来がなくなるわけだから俺が消える。つまり、未来が変わってしまう。これが第一の考察。
第一の考察と反対意見なのが第二の考察だ。
過去に行った俺はそこに確かに存在している。なので、親が存在しない未来を作ることは出来ない。つまり、未来を変えることは出来ない、ということだ。
第一、第二の考察が未来は変わるのか変わらないのか、という二択である。しかし第三の考察は少し違う。
第三の考察は、未来は分岐するという考えだ。
過去に行った俺は親を殺すが、しかし、俺が生まれた未来があったという事実は確かに存在する。
同時に、過去に行って親を殺した為に俺が生まれない未来も存在してしまう。つまり、俺が過去に戻って親を殺した瞬間に未来が分岐したわけだ。
今の状況は第二、第三の考察に近い気がする。
ハルカが俺の話を信じてくれないと、俺が知る未来のハルカいなくなる。あるいは、俺の話を信じているハルカがいる未来と、俺の話を信じていないハルカが存在する未来に分岐してしまう、とか……。
いや待て。他にも考察はあったはずだ。
第四の考察。過去に起こり得ない現象を起こしたとしても、それは確定している未来に影響を与えない。
つまりは、過去に行った俺が親を殺したとしても、違った形で俺は未来に存在する。つまり、過去の変化は未来の事実に収束するが、史実は違うものに上書きされてしまうというわけだ。
……頭が割れそう。
「ハルカ!」
「急にどうしたのよ。深刻な顔しちゃって」
「ちょっと歩いてくる!」
「朝ご飯はー? ねぇ、ちょっとー?」
熱くなりすぎた頭を冷やすために俺は外に駆けだした。
タイムパラドックス? もう知るか! どうせ答えなんてないんだよ!