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結局、五月四日の夜もぐっすり眠ることが出来た俺は、目を覚ましてみて意外と自分は肝が据わっているのではないかと思った。
わけのわからない事態になっている俺の世界だが、普通なら頭が混乱して寝付けないかもしれないのに。いや、逆に意味不明過ぎて俺の脳みそが悩むことを放棄してしまっているのかもしれないな。数学の授業と同じだ。
神社内の探索は控えるように言われているので、寝泊まりさせてもらっている和室でボーっとしていると、まだ寝ぼけているらしい、半目状態のハルカがやって来た。
寝相が悪いのか髪の毛がちょっとはねているし、あの高級そうな純白の寝間着の襟が肩から落ちそうになっている……って、
「おいぃぃぃぃ! ちゃんと服着てくれ! 半分くらい見えてるよ! 見ていいの!?」
腕は細いくせに案外しっかりした肉付きをしていらっしゃる。グラビア雑誌に載っているモデルさんほどではないが、俺の煩悩を奮い立たせる程度には充分過ぎる。
俺は慌てて手で顔を隠したが、指の隙間から見えてしまう形の良いハルカの胸に視線は釘付けだ。
断言しよう、質より量というのは間違いだ。重要なのは美しさだ。曲線美だ――って、何を語っているんだ俺は。
どうやら目が覚めたようだな。ハルカは大きく目を見開いて、珍しいものでも見たかのような顔で俺を見た。
「わ、わ……忘れてたぁぁぁぁ!」
「そぉぉぉぉい!」
強烈なキック。ハルカの足の甲が俺の両目を見事に捉えた。理不尽!
「……見えた?」
「……ちょっとだけ」
「死ねぇぇぇぇ!」
畳の上で丸くなる俺が動かなくなるまでハルカは何度も蹴り続けた。終わり。
って、終われるかアホ!
「何すんだよ!」
「うるさい、この人間のクズ! 昨日に続いてまた神様に欲情するなんて信じられないわ! アンタもういっそのことエロの神様とかになれば!?」
ハルカは顔を真っ赤にして両腕で胸を押さえている。その姿が絶妙に色っぽく見えて、こんな思考の俺は本当にエロの神様になれるのではないかと思った。
「ちょっと待て」
「なによ変態」
紅潮した顔で睨むのはやめてもらえませんかね。マジでエロの神様になってしまいそうなんですけど。
性格はともかく、いや、それも含めてかもしれないけれど、俺はこいつのことを少しばかり可愛いと思い始めている。やべぇ。
「さっき『昨日』って言ったな。じゃあ今日は何日だ」
「アンタ本当に記憶喪失なんじゃない? 二日の翌日は三日に決まってるでしょ」
なるほど、今日は三日なのか。
寝る前は四日だった。そして今は三日の朝。目が覚めたら昨日になっているなんて面白い話ではあるが、もう俺は驚かない。驚いている場合じゃない。
俺が時間を飛んだり戻ったりしているのはどう考えても明白じゃないか。だったらそれを元に戻すことに専念しないと。
……ふむ。今が三日ということは、今のハルカにとっては俺と会った次の日ということになるわけだな。だから寝ぼけて俺がここに泊まっていることを忘れていたのか。
「ハルカ、信じられないかもしれないが聞いてくれ。俺は四日……つまり明日からやってきたんだ」
「ちょっと……アンタ冗談抜きでヤバいわよ。はっきり言って頭いっちゃってるわ」
「冗談じゃないけどヤバい状態ではある。俺は二日の後は五日に飛んだ、間違いない。今から説明するからよく覚えておけよ」
今までは俺が意味不明なことを説明される立場だったけど、逆の立場になってみると不思議な感じがするな。
これから俺が説明した後に何も知らないハルカはどんな顔をするのだろう。
「よし、最初からな。俺は五月七日、電車の中で転んだと思ったら五月二日に時間が戻っていた」
「それは昨日聞いたって」
「お前にとっては昨日ということになるな。それで二日の夜寝た後……えーと、五日の朝に目が覚めたんだ」
「意味わかんない。二日に寝て五日に起きるってアンタ、その間ぶっ通しで寝てたって言うの?」
「そうじゃない。俺は四日から来たって言ったろ?」
「そもそもそれは本当の話なわけ? アンタの頭がおかしいだけなんじゃないの?」
なぜだ。このハルカは何も信じてくれない。四日のハルカも五日のハルカも俺が時間を飛んでいることを知っていた、というか信じていたのに。
「いいから黙って信じてくれ。俺は七日から二日に来て、五日、四日、そして今の三日に来たんだよ!」
「はいはい、うるさい。とりあえずアンタが元の世界に帰る方法でも考えましょ。昨日も言ったけどここは人間が来るような所じゃないんだからね? アンタにはさっさと帰ってもらわないと困るんだって」
……なんてこった。俺の話をまったく信じてくれない。
そういえばハルカはこう言っていた。俺が過ごす三日から六日と、ハルカが過ごす三日から六日に矛盾が生じたらマズイかもしれないって……。
と言うことは、だ。このままハルカが俺の話を信じてくれなかったら、俺が知っている四日のハルカと五日のハルカが存在しないことになるんじゃないか?
それはつまり……どういうことだ?