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「ハルカハルカハルカハルカ! ハルカぁぁぁぁ! ちょっと聞いてくれよ!」
神社の中にあるあの和室に駆け込むと、二人分の昼食がテーブルに並べられており、それにまだ箸を付けていないハルカがテレビを眺めていた。
「あーもう、うるっさいわね。そう何度も呼ばなくても聞こえてるっての」
「俺どこも怪我してないよな!?」
「はいはい、アンタは元気。どこも怪我なんてしてないわよ」
「真面目な話なんだって、ちゃんと聞いてくれ。さっき俺殺されかけたんだぜ? おっかない神様に――」
――まさかとは思うけれど、私と会ったこと、陽香に言わないわよね? 小夜の言葉が脳裏をよぎる。
やべ、小夜のことは、話しちゃいけないんだった。話せばどうなるのか、想像しただけで恐ろしい。
急に口を噤む俺を見てハルカは一瞬キョトンとなったが、すぐに会話は再開した。
「……はぁ、その様子だとアンタの話は本当だったみたいね」
「だからそう言っているだろ」
「ああ、さっきのは独り言だから気にしないで。アンタは、このおかしなゴールデンウィークを引き起こした犯人に会ったのよね?」
「そうなんだ! 顔面とか腹とかボコボコにされて、マジで死ぬかと思ったんだぜ!?」
しかし、肝心の犯人が誰なのかはわからない。
ただ言えることは、犯人は小夜ではない。確信を持って言える。あいつなら俺を殺すために空気の衝撃波やひざ蹴りなんて手段は使わないかはずだ。そんなことをしなくても、あの化け物なら人間の俺くらい造作もなく殺せるはず。赤子の腕をひねるより簡単なことだろうよ。
「というか、その口ぶりだとお前は俺を襲ったやつを知っているのか?」
「まあ、大体想像はついてるわよ。言わないけど」
「ふざけんな! 真面目な話をしているんだよ俺は!」
ハルカはクスクス笑うだけで俺の話なんて聞いちゃいない。
「そもそもだ! お前が散歩の途中で勝手に帰らなければこんな目に遭うことはなかったんだ!」
「散歩? あたし言われた通りずっと家にいたんだけど。アンタ何言ってんの?」
「おいおい、俺をからかってんのか? 散歩に行こうと言い出したのはお前だったじゃないか。ずっと家にいたわけないだろ。一緒に散歩したんだし」
そこまで俺が言い終えると、ハルカは俺を馬鹿にしたように鼻で笑った。
「はいはい、落ち着きなさいって。アンタは五月五日から飛んで来たんでしょ?」
「飛んで、ってなんだ。おい、どういう意味だよ!」
俺はハルカに詰め寄り、肩を掴んで叫び続けた。
「飛んだってお前、まさか今日が五月五日じゃないなんて言うなよ!? そんなこと俺は絶対に信じないぞ!」
最悪の展開は、容易にに想像出来た。信じない、なんて口では言っても、頭の中では現実を理解しているような気がしていた。
五月七日――ゴールデンウィーク明けの通学途中、電車で転んだら五月二日になっていた。
五月二日――混乱の中、ハルカの神社で眠りについたと思ったら、五月五日に目が覚めた。
五月五日――のんきなハルカと散歩に出かた帰り道、犯人にボコボコにされて気を失った。
そして今――何月何日に俺はいるんだ。
冷静になった時、ハルカの肩を力いっぱいに揺すっていた。
「落ち着きなさいって。一からちゃんと説明してあげるから。もう……暴力反対だってば」
なんでお前は落ち着いているんだ? 今日は五月五日じゃないんだろ? だったらもっと焦れよ。世界が狂っていることに気付けよ……。
なあ、そうだろ? 間違っているのは俺か?
違う。狂っているのは俺じゃない。この世界が狂ってやがるんだ。
「はい、お水」
「お、おう……」
ハルカはまるで母親のように俺をなだめ、正直言ってまったく信じられないことを言い出した。
「アンタの慌てようから見て、アンタが言っていた話は本当のようだから説明してあげる。まず、今日は五月四日。アンタは五月五日にいたんでしょ? まず七日から二日に飛んで、二日から五日、そこから四日の今日に飛んできたのよ。わかる?」
「わかるかアホ。そもそもどうして俺は日を通り過ぎたり戻ったりしているんだよ」
「そんなの知るわけないでしょ」
「ぐぬぬ……」
「あたしは六日の前半までのアンタの行動を知っているけれど、たぶんコレ言わない方がいいと思うから言わない。あたしが知ってる三日から六日と、アンタが過ごす三日から六日に矛盾が生じたらいけない気がするし」
くそっ、どうして俺はこんなにも頭が悪いんだ。ハルカの言っていることがさっぱり理解出来ないぜ。
今は五月四日で、しかもハルカは五月六日までの俺の行動を知っている。なんでだ?
「さて、じゃあ五日の前半にアンタが経験したことをあたしに話して」
正直なところ、俺の身に起こったことをハルカに言いたかった。俺が感じている焦りや恐怖を、誰かに共感してほしかった。誰かと共有したかった。
あまり行儀がいいとは言えないが、俺とハルカは昼飯を食べながら話を進める。
「そんじゃ、俺が経験したことをお前に話せばいいんだな?」
「そ、話しなさい」
「今日……は四日か、じゃなくて、五日は朝飯食ってからお前と散歩に出かけた」
「散歩ね。それはあたしが誘ったんだったわね?」
「お前、自分で言い出したことくらい覚えとけよ」
「あたしはまだ五日を経験してないの。アンタは既に経験した過去だろうけれど、あたしにとっては明日、つまり未来のことなんだから。知らなくて当然でしょ」
そう言われると、まあ、反論は出来ない。
「あたしが散歩に誘って、その後は?」
「それがよ、勝手にお前が先に帰ったんだって。急に顔真っ赤にして。それで渋々俺も帰っていたら、あ、途中で稲守と一緒におにぎり食べた」
「稲守のこと知ってるんだ。あの子、田植えの準備してた?」
「ああ、すげぇよな。神様のくせに田植え機乗ってたぞ」
「結構な規模任されてるっぽいからね。というか、場所によってはこの時期から植えてるんだ」
「田植えの時期の話はどうだっていいんだよ……帰ろうとしたら後ろから、なんかこうドーンってなって、衝撃波みたいなもんで顔面とか腹とかボコボコ殴られた」
「ふむ、六日の前半から来たアンタが言っていたことと一致するわ。それから顔にひざ蹴り受けて、倒れたアンタは思いっきり顔を踏みつけられた、と」
その通りだった。ハルカは本当に俺の身に起こったことを知っていた。
「そういや気になってたんだけど、五日の『前半』とか六日の『前半』ってなに?」
「ああそれ? だってアンタ、五日の半分しか経験してないでしょ。五日はまだ半分残ってるわけ。わかる?」
「確かに……今日が本当に五月四日だとすると、俺は五日を半分経験していないことになるわけか」
「だから今日は四日だって、ほらコレ」
五月二日を確認させてくれた時と同じように、ハルカはスマホのカレンダーアプリを開き、今日が間違いなく五月四日であることを俺に示した。
それから、さらに意味不明なことを言い出したのだった。