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「……ん、あ?」
どれくらい気絶していたのかわからない。
死んでもおかしくないと覚悟していたのだが、俺はどうやら生きていたらしい。
だが、あれだけの衝撃を受けていながらもなぜか体は痛くなかった。手のひらは吐血した時に付着した血で真っ赤だったけれど。
仰向けのまま上を眺めると、まだ太陽は高い位置にあり、そんなに長い時間気絶していたわけではないんだと思った。
さらに上を見てみると、
「うわぁぁぁぁ!」
そこには見慣れない顔があって、思わず俺は飛び起きた。
「あら、おはよう」
「だ、誰だお前!」
ハルカでも稲守でもない知らない顔だった。しかし、こいつも和装を着ていることから察するに神様ではあるのだろう。
ということは、さっき俺に攻撃をしてきたのはこいつか!?
咄嗟に身構える俺を見て、白すぎる肌と対照的な黒色ベースの和装を着た黒髪ロングの神様はクスッと上品に笑った。
こいつはべつに初対面ではないといった顔をしているが、会ったことあるのか?
色の白いは七難隠すという言葉があるように、胸ペッタンコの彼女は、しかしそれさえも美しく思わせる。見覚えのある有名な女優さんやモデルさんを合わせても、どんな女性よりも彼女は綺麗だと思った。
そんな美人さんと知り合いではないと思うけどなあ。
ここに来て俺が会ったやつは……ハルカ、小夜、稲守、顔のわからない『敵』。
「まさか……小夜、なのか?」
「そう、月見里小夜。覚えてくれていたようね」
五月二日の夜、前触れもなく俺の元に現われ、そして文字通り消えた神様だ。
ぺたりと地面に正座をする小夜は、これまた上品な仕草で着物の砂を払って立ち上がると、今度は俺の制服に付いた砂をポンポンと払ってくれた。
「大丈夫だったかしら、なんて聞く必要はないわね」
すごく美人な顔がすぐ近くにある。これを言ってしまうとハルカや稲守に失礼かもしれないけれど、小夜は本当に神様っぽい容姿だと思う。
「ど、どうしてお前がここにいるんだ」
俺を襲った『敵』が小夜でないという確証がない以上、疑わないわけにはいかなかった。それに小夜は最強の神様だと稲守が言っていた。そんなこいつなら人間の俺くらい簡単にボコボコに出来るのだろうから、尚更疑わしい。
「膝枕。余計なお世話だったかしら?」
「ひ、膝枕!? 実際に膝枕とかするやついるのか!?」
漫画の世界の話だよな? 現実の世界で膝枕をしてもらったことがあるやつは出てこい。今すぐ殴ってやる。
「あなたがこんな所で気持ちよさそうに寝ていたものだから、目が覚めるまで枕代わりになってやろうと思ってね。でも、そうよね、私では不満よね」
「あ、いや、そんなことは……」
くっそ、もっと早く目覚ませよ俺。こんな美人に膝枕してもらってんだぞ。
逆だったぁ! なんでもっと寝てないんだよ俺! 膝枕だぞ!? 膝枕と裸エプロンは男の夢だぞ!?
「どうしたの、難しい顔をしているわよ?」
「な、なんでもない。それより小夜、お前が俺を見つけた時のことを聞かせてくれないか? 近くに誰かがいたとか」
質問している途中で小夜は歩き出したので、それにつられて俺も歩き出す。このまま歩く先はハルカの神社がある方向だった。
「私があなたを見つけた時、私には他の誰かがいたように見えたわ」
「本当か! そいつが誰なのか知ってるか!?」
「ふふっ、私には真実が見えていたけれど、あなたには真実が見えていたかしら? そこにあるものを見えなくし、そこにないものを見せるのが私だから、ひょっとするとあなたには見えていなかったのかもしれないわね」
からかうように小夜は言った。意味不明だって。
「俺がそいつを見たかどうかは関係ないんだよ。お前が見たことを教えてくれ」
小夜が見たそいつが、俺を襲った『敵』、犯人に違いない。
「あなたはまだ知らない方がいいわ。今知ってしまうと困るのはあなたよ?」
犯人を知ったからといってどう困るんだ。知っているんだったら教えろよ。
しかし小夜はクスクスと上品に笑うだけである。
痛みを通り越すほどの暴力を受け、殺されかけた俺とは反対に、小夜はどこか楽しそうに歩く足を進ませていく。