工房
店内にはいるとカウンターに座って作業をしていた髭ズラのおっちゃんが驚いたような表情を浮かべた。
「おいおい、お客さんもうちっと扉はゆっくりあけてくれや」
「すいません、あの、この子が怪我をしているみたいで……ここで治療してくれるって聞いたのでその……」
「治療だあ。まあいいや。ちょっとその人形を見せてくんな。そこのテーブルの上でいいからよ」
お店の中は乱雑に散らかっていた。
木箱を4つ並べたものがあるから多分それがテーブルなんだろうと見当をつける。
俺は注意してそっと女の子をテーブルの上に寝かせた。
カウンターから腰を上げたおっちゃんはなにやら定規のような棒を手に、女の子の体をあれこれ調べてはじめているみたいだ。固唾を呑んでおっちゃんの作業を見守る。
「くそっ!こりゃあヒデー。所有者情報を無理やり抉り取ってやがるじゃねえか」
色々調べていたおっちゃんだったが、女の子の肩を持ち上げると突然怒りの声を上げた。
「おい兄ちゃん!これはあんたの人形か?人形の破棄はちゃんと手順をふんでももらわねーとこまるんだがよ」
そういって俺に怒りのまなざしを注ぐ。
「あの、ごみ置き場みたいなところにこの子が倒れていたので……それで慌ててここに運んできたんですけど」
「あーなるほどな。すまん兄ちゃん。俺の早とちりだったみてーだ。大方そりゃ廃棄処分の料金をケチったクズ野郎が契約を解除した上で情報の入ったタグを削り取ってそこに捨てたんだろうな。タグさえとっちまやあ足がつかねえしよ」
スマンという感じで俺に頭を下げるおっちゃん。
「見てみなここに抉り取った傷跡があるからよ」
そういって女の子の肩を少し持ち上げる。促されて女の子の右肩をみると、肩甲骨の辺りにちょっと引くぐらい大きな傷があった。周辺が赤黒い血で固まっている。
相当深く肉が抉り取られているのか骨が見えている部分すらある。
「酷い」
思わず声に出る。
「ああ、まったくだ。こりゃねーぜ。いくら人形とはいえこりゃー酷い。こいつも痛がっただろうになあ」
「人形……ですか?」
そういえば通りのおばさんも人形とか言ってたな。
「おうよ。こいつは人じゃねーぜ。というか、人形だからここにつれてきたんじゃねーのか?」
「いえ、その、通りを歩いている人にここでこの子の治療が出来ると聞いたものですから」
「治療ねえ。まあ間違っちゃいねーか。正確に言うと治療じゃなくて修理だけどな」
人形だから修理というわけか。まるで物扱いだ。
この状況とを照らし合わせて考えてみると、この子多分人間扱いされてないんだろうな。
「兄ちゃん人形を見たことがなかったみたいだな。見てみなよ」
そういって女の子の袖をまくって見せるおっちゃん。
驚くぐらい白く細い女の子の腕。ただ、よく見ると関節が人間のそれじゃなくて人形のような丸い節があった。
「な。まあこいつは外装の出来がいいからよ。はじめて見たんなら間違えても不思議じゃねーけどよ」
あーあー。思い出したよ。
確かにナプールには人形が出てきた。
お店で売ってて仲間にもできるんだよな。
でもそのグラフィックはなんというかスターウォーズのロボットみたいな感じだったような。
これもあの神様がアレンジを加えたのだろうか?
よくやった!
見直したぞ神様。お前はやれば出来る子だと信じていた!
「んで、兄ちゃんちゃんどうするんだ?ちーと時間はもらうがこの人形修理するんか?いくら兄ちゃんのじゃないとはいってもよ、こっちも無料ってわけにはいかねーぞ」
神様礼賛から現実に戻される俺。
「あの、おいくらぐらいかかるんでしょうか?」
「そうさなあ。表面に傷があるから液につけなきゃなんねーし、5万ぐらいはどうしたってかかるわなー」
「5万ですか……」
俺の所持金は1万なんだけど。
「ちょっと持ち合わせがないので、出来ればその1万程度で出来るだけ修理とかは出来ませんか?」
「なんだ、金がねーのかよ。弱ったな。1万はちょっとなあ。こいつは液んなか漬けなーといけねーしよ。材料費だけでもそれじゃあたりねーぞ」
俺も弱った。
そもそも1万だって払ってしまえば俺は文無しになってしまう。
宿屋に泊らなくちゃいけないしここで全財産を使い切るわけにはいかない。
……だけどこの子を見捨てるのはなあ。
しばし考えてツケ払いを提案してみる俺。
おっちゃんもこの子の状態を見てあんなに怒っていたのだ。
きっと助けたいとは思っていると思うのだ。
顔は怖いがいい人なんだと思いたい。
おっちゃん!俺はおっちゃんの善良な心って奴を信じてるぞ。
「えっと、じゃあ俺ここで冒険者やってるんですが……ツケ払いはどうでしょうか?あとで必ず払いますから」
「ツケだあ?」
驚いたような声を出すおっちゃん。
だが、しばらくすると堪えきれないように笑い始めた。
「おいおい兄ちゃんよう。こんなごみ置き場に落ちてた人形のために借金するのかよ。物好きだねえあんた。まあいいぜ。冒険者ってんなら最悪ギルドに肩代わりさせるって手もあるしな」
冒険者ギルドはそんなこともしてるんだ。
共済組織みたいなものなのだろうか?
確かに冒険者という職業は信用という面では苦労しそうではあるが。
「んじゃよ。冒険者カード見せてもらおうか」
冒険者カードを渡すとおっちゃんは受け取ったカードを何かの機械にはさんでなにやら操作を始めた。
「手持ちは1万か。とりあえず手付けだ。5000は払ってもらうがいいかい兄ちゃん?」
「はい。お願いします」
コレは仕方がない。5000あれば宿屋には泊れるだろうし。
「おう。じゃあカードは返すぜ」
氏名 東雲圭
職業 冒険者
ランク 6等級の下
お金 5000ヘル
賞罰 借金45000ヘル<ランド工房>
返してもらった冒険者カードを確認する。
きっちりと借金までカードに表示されているなあ。
コレは逃げられない。いや、逃げるつもりはないけどさ。
「じゃあ兄ちゃん。2時間ほど時間をもらうぜ。ここで待つんだったらそこの椅子を使っててもいいからよ」
女の子を肩に担いだおっちゃんはそういって、壁際においてある木の椅子を顎で示した。
ん?2時間?
いままで色々あって気にしていなかったけど、この世界ではバッチリ日本の単位が使われているね。
文字なんかもそのまま日本語だから俺は読み書きも普通に出来ている。
ナプールは日本のゲームだから日本の言葉で当然といえば当然なのだろうか。
神様が変なオリジナリティーを出して一から言語とか作ってなくて本当によかった。
……まあ、面倒だっただけかもしれないが。
しかし2時間か。
それならここでただ待って時間を潰すより、公園でイベントが発生しないか試してみた方がいいだろうな。
イベントがあるかどうかは分からないけど、試してみて損はないのだ。
そう考えた俺は店の奥に向かっているおっちゃんに慌てて声をかけた。
「あの、スイマセン。ちょっとお金が手に入るかもしれないんで、この町の公園の場所を教えてもらいたいんですけど……」