メガネさんと最後の戦い
「死すべき定めの者達よ。良くぞここまでやってきましたね。私はミュー。この世界を作りし地母神ミューです」
取り澄ましたよそいきの口調で寝言をほざくメガネ。
目線がチラチラと手元に落ちているのはそこにアンチョコを仕込んでいるかららしい。
最後なんだから、そのぐらいは暗記するやる気を見せろよ!
この階層に鳥居があったから、もしかするとラスボスはメガネが出張ってくるんじゃないかと予想していたのだが、まさか本当にこいつがラスボスだとは……なんのひねりもないな。
まあ、直接ぶん殴れるんだから俺にとっては願ってもないことではある。
欲を言えば、そもそもの元凶であるランとか言う偉い神様とやらもぶん殴ってやりたいところだ。
しかし正直な話俺は驚いていた。
女性という生き物は化けるねー。レベルアップのたびにあっていた時はスッピンだったので何とか美人といった程度だったメガネが、今回はバッチリと化粧をしているのか文句なしの美人さんに化けていた。
足元にある照明代わりの太陽石が小皺を隠しているのもあるのだろう。
ほとんど特殊メイクの印象がするな。勿論シルクの若々しさやエルナの健康的な色気には及ぶべくもないのだが。
「ミュー様ですって!」
そんなことを考えていた俺の隣で、まじめなエルナが驚いた声を上げている。
「いえ!世界の守護者。地母神ミュー様がこんな迷宮に居るはずはありません。正体を現しなさい魔物め!」
あーまあなんだ。こいつらはそんな上等な生き物じゃないぞ?基本的には面白ければ何でもありな奴らだし。
「エルナですね。私はこの世界を気の遠くなる時間見続けてきました。しかし、もう限界です。この世界をよりよい世界にするために、私は一度世界自体を滅ぼすことに決めたのです」
「なぜ私の名前を!まさか本当に地母神ミュー様なのですか」
「そうです。私は、ってうわっ……」
ドン!
空気を震わせてメガネを襲った赤い光の束をすんでのところで身をよじってかわすメガネ。
チッ避けやがったか。
「ちょっと!東雲様!危ないじゃないですか!台詞の途中ですよ?反則です反則」
素の口調に戻って俺に食って掛かるメガネ。
ウザイので完全に無視する。
「エルナ!シルク!こいつは間違いなく邪神の類だ!遠慮はいらん殺せ!」
名前 地母神 ミュー
職業 3級邪神
ステータス
HP 3998/3998
MP 3998/3998
筋力 999
体力 999
器用 999
知力 999
敏捷 999
精神 999
運勢 999
装備
右手 《神の杖》
左手
頭 《天使の光輪》
胴体 《神のトーガ》
足 《神の靴》
装飾 《紺碧の指輪》
装飾 《輝く4枚の光翼》
スキル
<神>・・・神様 すべてのステータス及びHP・MPに大幅な補正
<光翼>・・・すべての敵対的な攻撃を50%の確率でオート防御
<上級魔術>・・・左手はすべての攻撃魔術を扱える
<神聖魔術>・・・右手はすべての神聖魔術を扱える
<美の化身>・・・男性に対しては50%の確率で魅了の状態異常を与える 召喚者には無効
<化粧術>・・・化粧が上手
<属性防御>・・・属性攻撃のダメージを50%に抑える
<状態異常無効>・・・すべての状態異常が無効
本気で邪神じゃねーか。
究極鑑定で確認して驚く俺。しかも3級神になってやがる。また出世しやがったなこいつ。
「こいつは強力な魔法を使うぞ!接近戦でぶん殴れ!」
俺の指示に弾かれたようにメガネとの間合いを詰めるシルク。素直で本当に良い子だ。
それを見てエルナもとりあえず短槍を手に戦闘体制をとった。
「ちょっとまだ話の途中なんですけど……」
そういいながらも向かってくるシルクを無視できないのかスッと手をかざすメガネ。
レベルアップの時よろしくその手に柔らかい光がともり……
パン!
はじける不可視の衝撃波がシルクを吹き飛ばした。
この糞メガネ!俺のシルクになにしやがる!
怒りを胸に、全力でメガネに斬りかかる俺。頭をかち割ろうとしたのだが、残念ながらすんでのところで手に持った杖でその斬撃を防ぐメガネ。
そのままつばぜり合いの形になった。
「東雲様。恩人の私相手だと本気にはなれないかもしれませんが、遠慮はいりません。全力できてくださいね。八百長ではラン様も面白くないでしょうから」
小声でそんなことを俺に話しかけてくる。
ゴメンなさい。なにを言っているのか理解できません。
こいつの中では俺はこいつら神様連中に感謝しているとでも思っているのだろうか?
まあ、全力でこいとメガネも言っていることだし、全力でいこうじゃないか。
つばぜり合いの態勢のまま、足でメガネの体をけりつけて強引に間合いを取る。
「シルク!」
俺の声に応えてシルクの連射箱が火を噴いた。
背中の白い翼で体全体を覆いその矢の嵐を防御するメガネ。
<光翼>のスキルだろうか?めんどくさいスキルを持ってるなこいつ。
矢の嵐がやんだところで俺とエルナで挟撃する。
こいつのスキルを考えると遠距離での戦闘は分が悪い。接近戦で片をつける。
幸いなことに、メガネはステータスこそ高いが実戦の経験はほとんどないようだ。攻撃力は間違いなく高いだろうが、動作が単調なので攻撃自体は簡単に避けられる。
まあ、こいつ事務仕事が本来の仕事っぽいからな。
逆に俺とエルナの同時攻撃は幾度か光翼に防がれるが、それでも何度となくメガネを捉え、その体に傷をつけていく。
たまらず体全体から光と共に衝撃波を放つメガネ。エルナは吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
だが、俺は神器刀を床に突き刺してその衝撃をこらえる。耳がキーンとなり体全体がきしむが、腰から銃を引き抜きメガネに密着させると引き金を引いた。
ドン!ドン!ドン!
ゼロ距離から一息に3連射。
「ちょっとおお。それは反則」
メガネの悲鳴のような声が聞こえる。同時にバサッと翼で払われて吹き飛ばされた。
「まったく。痛いじゃないですか」
ブツブツ文句を言いながらメガネの右手に光がともり、今与えた傷が直っていくのが見える。
そういやこいつ回復魔法も使えるのか……
「シルク。こいつに回復魔法を使わせるな!右手を潰せ」
俺の指示にこたえ、うなりを上げてシルクのヤリモドキがメガネの右手を直撃した。
手のひらに光をともしたまま切断されごろっと床に転がるメガネの右手首。
呆然とメガネがその手首を見ているのが多少かわいそうではあるな。こんな修羅場は初めての経験なのだろうし。
「……このクズ……」
うん?
「このクズどもが。よくも私の腕を!恩知らず!豚のように殺してやる」
……なんか本性が出たな。ここからが本番だろう。
それからの戦いは熾烈を極めた。
メガネが攻撃重視に切り替えたのだ。自分の体が傷つくことも意に介さず、強力な魔法を繰り出してきた。
大きな火炎球を作り出し投げつけたかと思えば、直後には小型の竜巻のような風を巻き起こしてきた。
火炎球は俺の鎧が虹色に輝き消し飛ばすが、効果範囲の広い竜巻に巻き込まれカマイタチの様にスバッと皮膚を切り裂かれる俺達。
俺たちも負けてはいない。魔法をかいくぐりメガネに接近戦を挑んでは着実にダメージを与えていく。
何度目だろうか、メガネの体が光り輝きその衝撃波は俺たちを吹き飛ばした。
壁に叩きつけられる俺たち。エルナは再度動こうとしているのだが、体が思うように動かないらしい。その場で荒い息をついている。シルクは再度メガネに吶喊するが、またしてもメガネの不可視の衝撃波によって壁に叩きつけられた。
「そろそろ限界ですかね。誰から殺して差し上げましょうか?」
そう言って俺たちを見回すメガネ。
ノリノリというよりも多分こっちがこいつの素なんだろう。本当に楽しそうだ。
「まあ、最初は恩知らずの東雲様から血祭りに上げましょう」
ニヤニヤ笑いながら俺に向かって歩いてくるメガネ。
地味に怖いぞ……。腰から銃を引き抜きメガネに向かって引き金を引く。
だが、4発ほど撃つとMPがそこをついた。これ以上撃つと気絶してしまうのだ。
「おやおや。もう弾切れですか?もう何発か当てれば私を倒せたのに残念ですねえ」
うぜえ。
銃自体をメガネに向かって投げつけた。ひょいっと簡単にかわすメガネ。
「おやおやヤケクソですかね。そんなものあたっても痛くも痒くもないですよ。お馬鹿さんですねえ」
「馬鹿なのは貴方だと思いますよ?」
ドン!
エルナの言葉と共に背中に銃撃を受けるメガネ。
俺が投げた銃をキャッチしたエルナが背後から銃撃したのだ。
「えっ」という表情のまま、衝撃で俺のほうに押し出されるメガネ。
ザン!
そこを俺の神器刀がみぞおちの辺りから貫いた。
ゴバッと口から鮮血を噴出すメガネ。
傷口を両手で押さえながらそのまま仰向けに横になった。
「チクショウ。このクズどもが!」
そんな言葉を呪詛のように呟いていたが、しばらくすると正気に戻ったのか、いつもの口調で喋り始めた。
「冒険者の方々お見事です。私の審判に見事……」
えい!
台詞の途中だったが、ザクッとメガネの胸につきを入れる俺。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
「あのご主人様……」
ドン引きしたようなエルナの声が聞こえた。
正気に返る俺。
「ああ、こいつらは細切れにしないと、とどめをさせないかもしれないからね。ゴキブリのような生命力だから」
「あーそうですか……でも、もう完全に死んでいるみたいですよ。それ。」
言われてみてみれば……グロッ!なんかミンチ肉が出来ていた。
「まあ、何はともあれだ。こいつも片付けたことだし、早いところ迷宮の心臓を壊して家に帰ろうか」
「はいマスター」
そう言ってヤリモドキを手にして玉座の奥の青い宝石に向かって振り下ろすシルク。
キィン!
と澄んだ音を立てていくつかの破片になる。
エルナが嬉しそうにその破片を集めて袋に入れていた。
「じゃあそろそろ帰還しようか。大迷宮の攻略だから町の人は驚くぞ」
そういって歩き出そうとするのだが、なぜか足が動かない。
うん?不思議に思って足元を見ると……足がなかった。そこだけ抉り取られたかのように何もないのだ。
足首から脛、そして腰。次々に消えていく。
「ご主人様!」
「マスター!」
俺の状況に気がついた二人の悲鳴が聞こえた。
うへっ。ラスボスを倒したから送還されているんだろう。残念ながら俺の意思確認とかはないらしいな。
覚悟を決める。
「エルナ。シルク。今までありがとうな。俺はこの後どうなるかわからない。後のことは工房のおっちゃんに頼んであるから工房に行ってくれ」
そう言ってからボケットの中から冒険者カードを取り出してエルナに投げ出した。
「中のお金は自由に使ってくれな。俺の部屋の小物入れの二重底には古銭が2枚あるからそれも自由にしてくれ。今まで本当にありがとう。エルナもシルクも幸せにな」
「ご主人様な……」
「マスター指輪……」
エルナとシルクがなにか言いかけたところで、俺の意識は完全に暗転した。




