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俺と糞ゲー  作者: ピウス
33/36

大扉

 俺達3人は大迷宮の49階層にいた。

 魔法陣は45階層まで設置しているので、今日は俺のレベルアップをかねて50階層の階段を見つけるまで潜ってみるつもりなのだ。

 俺のレベルは63。エルナは普通の冒険者の成長限界であるレベル50だ。

 ほぼステータスがマックスのシルクを含めた俺たちは、この国で他の追随を許さないほどの実力を持った冒険者になっていた。40階層よりも下層のモンスターを相手にしても最近は余裕がある。


 エルナの索敵により無駄な戦闘を避けながら49階層を探索していく。

 すでに48階層の階段は発見しているので最短の距離で49階層まで潜ったのだ。

 運のいいことに49階層の階段はすぐに見つかった。48階層の階段から近くにあったので、49階層ではここまでは一度もモンスターと戦闘していない。


「ご主人様どうしましょうか。まだかなり余力がありますけど引き返しますか?それともこの階層の未探査のエリアを調べましょうか?」

「そうだなあ。シルク。お前の連射弓はまだ矢の余裕はあるよな?」

「はいマスター。まだ100本も撃ってないので、かなり余ってます」


 範囲攻撃の出来るシルクの矢がかなり残っているのなら問題ないか。

 最下層と予想している50階層だけに雑魚モンスターも強いだろうが、一応どんな感じかみてみるだけでも価値はあるな。


「よし。じゃあ50階層に潜る。ただ、もしかすると最終階層かもしれないから十分注意してくれよ」


 俺の言葉に緊張した感じでうなづく二人。

 最終階層にはその迷宮の心臓を守るために必ず強力なモンスターがいるという話なのだ。シルクを先頭に立てて、一歩一歩あたりを警戒しながら階段を下りていった。



 ■□■□■□■□



「なんだこの階層は?」


 思わず声に出す。予想に反して50階層は石造りの構造になっていたのだ。

 メガネによく呼ばれるヨーロッパのお城のような壁に四方を囲まれていた。

 通路もなくだだっ広い空間が目の前に広がっている。


「なあエルナ。迷宮の最深部はこんな感じだったりするのか?」

「いえ、こんな構造の迷宮は私も初めてです」


 キョロキョロと周りを興味深げに見回すエルナ。

 シルクもさすがに少しとまどった表情をしていた。


「まあとりあえず進んでみるか」


 本当に何もない階層なので、とりあえずまっすぐに進んでみる。

 見通しもいいのでモンスターの不意打ちもまず考えなくていいだろう。

 少し戦って、この階層のモンスターがどの程度なのか確かめてみたい。これだけ開けた場所なら、もしもモンスターが手ごわくても逃げるのにも苦労はないだろう。

 だが、意外にもいくら進んでもモンスターには全然遭遇しなかった。エルナによると周囲にはまったく気配がしないということだ。

 ふむ。この感じだとここが最終階層なんだろうなあ。


 しばらく進むと目の前になぜかたくさんの鳥居が見えてきた。赤い大きな鳥居が道のように連なって並んでいる。……どんな世界観なんだこの迷宮は?

 疑問を持ちながらも、鳥居をくぐってなおも歩くと大きな扉のある壁に突き当たった。

 豪華な装飾の施された両開きの扉だ。


 ……ボスだ。ラスボスがこの中に多分いるぞコレ。

 ゲームの様式美から言って、でっかい扉の向こうには玉座なんかがあってラスボスが待ち受けているに違いない。


「マスター扉がありますけど開けますか?」

「いや。今日はこのまま帰ろう。嫌な予感がするからこの扉を開けるのは万全の準備をしてからにしようと思う」

「そうですか。今回はかなり余裕がありますから開けてもいいと思いますけど」

「ダメだ。多分この奥にいるモンスターは今までにないぐらい強力な奴だと思う。今日はコレで帰還する」


 強い口調でそういう俺。

 二人の返事を待たないできびすを返し下り階段に引き返した。


 この世界に来て1年。ついに俺はラスボスの下にたどり着いたのだろう。

 だが……鳥居ねえ……ラスボスはもしかすると……




 ■□■□■□■□




 やたらと古めかしい調度品が並ぶ部屋の一室で、毛筆にたっぷりと墨っぽい黒い液体をしみこませ俺は黙々と文字を書いていた。遺書を書いているのだ。

 俺の正面のテーブルには公証人だと紹介を受けた、厳しい顔をしたカブトムシ人間さん。傍らの椅子には工房のおっちゃんがボケーっと暇そうに座っている。証人として無理を言ってついてきてもらったのだ。


 あの50階層で扉を見つけてから3日。それ以来俺は迷宮に潜っていなかった。

 1週間は完全に休養日にすることに決めたのだ。

 レベルアップも最近は半月に一つ上がるかどうかだし、思い切ってラスボスに挑んでみようと考えたからその下準備や休養のためだ。

 ……それにいろいろと心の整理がつかないのもある。俺は元の世界に帰りたいと本当に思っているのか自分でもよく分からないのだ。


 エルナとシルクは仲良く洋服や雑貨を買いに行っている。

 俺は以前の二人の買い物で懲りていたし、前々から死んだ時やクリアーした時に備えて遺言をかかなければと思っていたので、公証人さんのところでこうして遺言をかいているのだ。

 公証人さんの所で遺言をかいておけば俺の死後、大体のことはその遺言の通りになるらしい。

 クリアー出来るかもしれない状況の今、俺が居なくなってもいいようにコレだけはやっておかなければいけないだろう。


 俺が死んだ時、あるいは行方が分からなくなった時はエルナを奴隷の身分から解放する。

 またシルクはエルナが生きていればエルナをマスターとして登録する。

 家を含む全財産はエルナに譲る。

 俺の部屋にある赤い小箱を「中を見ないで」焼き捨ててください。


 そんな内容の遺言書を書き上げる。

 ほんとはシルクにも財産の半分を譲りたいのだが、人形は人として認められないので無理だったのだ。

 シルクだけ生き残った場合は工房のおっちゃんにすべての財産を譲る代わりに、シルクの面倒を見てくれるようにとも書いた。

 書き終わると工房のおっちゃんに見せる。サインが必要らしいのだ。


「キタネエ文字だな。兄ちゃんもうちょっと何とかなんねーのか」


 ブツブツ文句を言いながら一読しサインするおっちゃん。

 そう言うおっちゃんもたいした文字じゃない。

 数ヶ月前に生まれたかわいい娘と遊ぼうと思っていたみたいで機嫌が悪いのだ。

 もしかすると、先ほど工房をたずねた時に「ミューズちゃんパパでちゅよー」

 とゆりかごに寝ている娘に赤ちゃん言葉で話しかけていたので、思わず指をさして大笑いしたのを根に持っているのかもしれないな。 

 遅くに出来た娘がかわいくて仕方がないらしく、傍から見ていても気持ち悪いぐらい親ばかになってるのだ。名前も地母神ミューから文字をもらってミューズとつけていた。

【美しい人】と言った意味があるらしい。

 あのメガネから名前をもらうとは、おっちゃんの娘さんの性格が捻くれてしまわないか多少心配ではある。


「ほらよ。兄ちゃん俺のサインはしといたぜ」


 紙を俺に突っ返してくるおっちゃん。


「ありがとうございます」


 お礼を言って受け取ると、俺の名前も書き加えて今度はカブトムシさんに見せる。

 カブトムシさんは重々しく紙を受け取ると、時間をかけてじっくりと読み、最後に自分の名前を書き込んだ。


「これで遺言書は完成しました。責任を持って私が管理いたします」


 そう言って紙を折りたたみ、封筒に入れるとチョークのような形をした蝋を蝋燭の火であぶり封筒に少したらした。刻印のある金属の棒をまだ熱い蝋にギュッと押し付けて封をする。


「じゃあ兄ちゃん終わったみたいだから俺は帰るぜー。娘が心配だしよ」

「ランドさん今日はありがとうございました。俺が居なくなった時にはご迷惑かもしれませんがよろしくお願いします」


 そういって頭を下げる俺。

 おっちゃんはちょっと口元をゆがめた。


「まあ、兄ちゃんには稼がしてもらったからな。俺に出来ることはしてやるよ。でもよー……正直な話お前さんが死んだ後でエルナが生きてるのは想像つかないんだよなー」

「……」

「まあ、冒険者。しかも深層冒険者ならよ、なにがあるのかわからねえからお前さんの気持ちも分かるけどよ。エルナちゃんを悲しませないためにも気をつけて潜りなよな。こんなもん作るってこたー大きな山を踏むんだろ?……まあ俺としては死んでくれても大儲けだけどよう」


 そう言って部屋を出て行くおっちゃん。照れ隠しなんだろうな。少し顔が赤いよ。

 正直エルナは俺が死んだら弔い合戦なんかをしそうで怖いのだ。

 主人に対する忠誠心はさすがに犬と思わせるところがあるからなあ。


 だが、そうは言っても大迷宮をクリアーした後で俺の身になにが起こるのかわからない。

 不測の事態にはやはり備えておくべきだろう。エルナには世話になったし、俺の居なくなった後まで奴隷の身分はかわいそうだと思うのだ。




 ■□■□■□■□




「なあエルナ。俺に万が一のことがあったらシルクのことは頼むな」

「……」

「工房のおっちゃんに後のことは色々と頼んであるからさ、俺に何かあれば工房に行くんだぞ」


 遺言を書いた日の夜。木のコップにお酒を注ぎ、グイッと一息に飲みながら俺のベッドで寝ているエルナにそう声をかけた。

 

「……ご主人様。あの扉の奥にいるモンスターはそんなに強いのですか?」

「あーまあ、念のためだ」

「あの、でしたら30階層ぐらいでこのままお金を稼ぐのはどうですか?あの騎士団からのお誘いも受けてしまえばいいと思うんですけど」

「うーん。まあ色々理由があってな。あの大迷宮は俺の手で攻略しないといけないんだよ」

「……そうですか」


 なんとなく沈黙が続いた。


「なあ、俺たちがはじめてであった日のこと覚えてるか?」

「はい。ご主人様が奴隷屋で私をお買いになった日のことですね」

「そうそう。今から考えると、お前よくあの俺の言葉を聞いて俺に買われる気になったよな」


 当時のことを思い出したのか、エルナが笑い出した。


「そうですね。ご主人様は面白そうな方でしたし、何より食事が同じものだといわれたので……食べ物に釣られたんですね。奴隷屋の食事は美味しくなかったですしねえ。その日のうちにエーテル製の装備を買っていただけたのには驚きましたよ」


 食事に釣られたわけか。エルナらしいといえばエルナらしいな。思わず笑みがこぼれる。


「まあ、あの時エルナが名乗りでなかったら大迷宮の探索もここまで進んでなかったろうからな。理由はともかく感謝してるよ」

「そんな。ご主人様なら私じゃなくてもこのぐらいはやってると思いますよ。もう戦闘力では私よりはるかに上ですしね。シルクちゃんもいることですし」

「ああ、あの日にシルクをゴミ置き場で拾ってさ。あいつ前の持ち主に酷い扱いを受けてたんだよなきっと」

「そうみたいですね。シルクちゃんは当時のことはあまり話さないので私もそんなに詳しくは知りませんが」

「だからさ。もし俺が居なくなった時にはシルクのことを頼むな。あいつは俺の娘みたいなもんだからさ。敵討ちなんて考えなくていいから、シルクを連れて逃げろよ。あいつも頑固だからな。ぶん殴ってでもいいから」

「……」

「頼むよエルナ」


 ムツっと押し黙ったエルナに重ねて声をかける。じっとエルナの目を見つめた。

 しばらくするとこくんと一つ頷いた。

 よかった。なんだか肩の荷が下りた気がする。


「ありがとうエルナ」

「でも、あまり危険なことはしないでくださいよ」

「分かってるよ」


 しばらく見つめあう。なんだかまたムラムラ来る俺。


「なあエルナ。もう一回しようか?」


 枕が飛んできた。

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