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俺と糞ゲー  作者: ピウス
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1年後

 アルマリルの町には【黒衣の冒険者】と少し恥ずかしい二つ名で呼ばれる冒険者がいる。

 今までは30階層が到達限界だった大迷宮の45階層まで、転移魔法陣を設置することに成功した冒険者だ。まあ、俺のことなんですが。

 性能もいいし、何より黒くてかっこいいのでいつも闇の外套を身につけていたから、こう呼ばれるようになったらしい。

 酒場や冒険者ギルドなんかで「おい、黒衣の冒険者が来てるぞ」なんぞと言われるのはなんとも恥ずかしいが……

 まあ、以前はシルクに気絶しては背負ってもらってたので【子泣き爺】と呼ばれていたらしいから、それよりははるかにましだ。女の子にお酌をしてもらえるお店なんかだとやたらとモテるしね。


 早いもので俺がこの異世界に呼び出されてから1年が過ぎようとしていた。


 この1年はひたすら迷宮に潜る毎日だった。来る日も来る日も迷宮に潜りレベルアップに励んだ。下層階層の魔法陣設置も精力的に行った。

 普通は門外不出。売るにしてもかなりの値段をつけるらしい深層の地図も、秘匿しないでどんどん冒険者ギルドに公開していった。その方が深層の探査がはかどるからだ。

 完全に俺個人の都合でやったことなのだが、迷宮の利権は大きい。色々とその恩恵を受ける人も少なくなかったのだろう。気がつけば俺は無私の冒険者と呼ばれひどく尊敬を受けていた。

 そのため、俺はこの町では知らない人が居ないぐらいの有名人になってたりもする。

 当然のように冒険者ランクも1等級に上がっている。町を歩けば見ず知らずの人に「頑張ってください」と激励されるし、極めつけには騎士団からはスカウトじみたお誘いまで頂いた。もっとも丁重にお断りをしたのだが。

 

 そういえば、商魂たくましい工房のおっちゃんは最近、お店の看板に【冒険者東雲御用達のランド工房】と堂々と書き加えていやがった。せめて俺の了解ぐらいはとって欲しいものだと思う。

 当たり前のように蟻さん酒場の看板にも【東雲御用達】の文字が入っている。

 まあ、好きにしてくれ。


 そんな黒衣の冒険者こと俺は、家の庭に木刀を持って立っていた。

 正面には同じく木刀を持ったエルナ。シルクは俺達の中間に立ち審判の役目をしている。


 この世界には四季はないようでいつも春のような気候だが、俺たちの世界に酷似した日付がある。

 昨晩、シルクが寝た後で、いつもは控えめなエルナが積極的に誘ってきたので不思議に思ったのだが、誘いに応えている最中に今日でエルナと出会って1年目だと教えられた。


 ちょうど前日に45階層の魔法陣設置に成功していたので、そのお祝いと二人の慰労をかねて今日ばかりは大迷宮に潜るのはやめた。考えてみればここ数日大迷宮に潜りっぱなしだったのだ。

 夕方までは軽く訓練して、夜はおしゃれなお店でささやかなお祝いをしようと3人で決めた。


「はじめて下さい!」


 シルクのかわいらしい合図と同時に俺が動いた。


「セイッ!」


 気合の声と共にエルナの木刀を巻き込むように、思いっきり横に払った。

 木刀がエルナの手を離れて空中を回転しながら飛んでいく。


 カラン。


 と乾いた音を立てて地面に転がる木刀。

 その時には俺の木刀がエルナの喉元に突きつけられていた。

 ドヤッ!


「マスターの勝ちです」


 俺のほうに手を上げながら審判役のシルクが判定を下した。


「うーん負けちゃいましたね。最近は本当にご主人様は強くなられました。こういったズルイ技は本当にお上手です」

「……まあ師匠がいいからな」


 木刀を拾いながら少し悔しそうなエルナをそういって慰める。

 意外と負けず嫌いなんだよなこいつ。


「でも、そろそろ私ではなくてシルクちゃんを相手にした方がいいかもしれません。私よりもずっと強いですからね」

「シルクか。そうだな、どうだ俺と訓練してみるかシルク」

「あのマスターが怪我をするといけないです……」


 むむっ。こう言われると少し悲しいな。俺とてこの異世界で1年訓練は積んできている。以前のもやしっ子ではないのだ。

 今ならばシルクともよい勝負になるんじゃないかな?


「シルク。訓練なんだから多少の怪我は大丈夫だ。遠慮しないで勝負しよう。木刀だけど念のために鎧と兜だけはつけておいで」


 俺とエルナは鎧兜を身につけているのだが、審判役のシルクは普段着のままなのだ。青いワンピースみたいなその服は薄い布製だから怪我をさせてしまうかもしれない。


「大丈夫ですマスター。全部かわせますから」


 俺の心配も何のその、そう言ってエルナから木刀を受け取り構えるシルク。

 実のところステータスだけなら俺は冒険者の中でも最上位だ。剣術も長足の進歩を遂げている。シルクの成長のためにも少し鼻っ柱をへし折ってやろう。慢心は冒険者の敵だと思うのだ。

 俺も木刀を手に正眼に構えた。


「始め!」


 審判役のエルナの声。開始と同時にシルクの木刀に思いっきり俺の木刀を叩きつけて、シルクの木刀を地面に落とさせようと振りかぶる俺。

 だが、木刀を振りかぶった瞬間にシルクが視界から消えた。


「えっ?」


 直後にわき腹にものすごい衝撃を感じた。以前車にはねられたことがあるのだが、まさにそんな衝撃だ。

 視界がグルングルンと回転している。どうやら空中を回転しながら飛ばされているらしい。

 ドスンと庭に植えた棗っぽい実をつける木にぶち当たる俺。


「ガバッ!」


 痛い。体中が痛い。


「そこまで!勝負ありです」


 なぜか嬉しそうなエルナの声が聞こえる。


「なにが起こったんだ?なんで俺は吹っ飛ばされてるんだ?」

「シルクちゃんにわき腹を打たれたんですよご主人様」

「いや、でもシルクが目の前から消えたんだが?」


 シルクの方に目をやれば心配そうに俺を見つめていた。


「大丈夫ですかマスター?」

「あっああ、大丈夫だ。今なにをしたんだシルク」

「えっとマスターが瞬きしたので、その隙にマスターの胴を打ちました」


 瞬きした隙?だと……

 普通はそんなものは隙じゃないと思うんだが……


「じゃあもう一度始めましょう。ご主人様、シルクちゃんが手加減したんですからまだ出来ますよね?」


 えーまだやるのか。正直シルクが強すぎて訓練にならないんじゃないか?痛いし。

 というかさー。なんかさっきから妙にエルナが俺に厳しい気がする。いつもなら慌てて俺の元に駆けつけて、傷薬の一つも塗ってくれるような気がするんだが。


「……今日は用事があったんだった。これから出かけるから今日はこれで訓練はやめようか。皆で食事する時刻には戻ってくるよ」

「用事ですか。用事ねえ」


 そう言ってジトーと俺を見るエルナ。


「な、なんだよ?言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」


 エルナは俺の言葉に応える様に、カサゴソと懐を探り名刺みたいなカードを数枚取り出した。

 あれ?なんかあのカードには見覚えがあるんだけど……


「また指名してくださいね。はあと。貴方のミミル。 また指名してくれたらおっぱいもんでもいいですよ。リュミル。……用事と言うのはこのカードをくれた女の子がいるお店に行くことですか?」

「……なんでエルナさんがそれを持ってるんでしょうか」

「朝のお洗濯の時にご主人様のジャケットの中に入っていたんですよね」


 しまったああ。初歩的なミスをしていた。


「つ、付き合いだよ。昨日はさ、佐々木さんがどうしてもって言うからさ。ほら、俺は年下だし断りきれなくてね。本当は全然そんなお店にいきたくもなかったんだけど」

「あら?佐々木さんは昨日、ご主人様がお出かけになっている時に家にいらっしゃいましたけど?」

「……工房のランドさんと一緒だったかなあ。ほら、いろいろシルクの整備なんかでお世話になっているから断れなくてな。ごめんな」

「いえ、別に私は奴隷ですのでご主人様がどこに行かれようと、謝っていただく必要はないんですけどねえ」


 だって怒ってるじゃないか……


「あっ!もしかして嫉妬してるのか?」


 クシャ


 表情を変えず、手に持ったカードを握りつぶすエルナ。

 あっ、やばい。地雷を踏んだ。


「じゃあ訓練を続けましょうか。シルクちゃんお願いしますね」

「はい。エルナさん」


 ブンブンとやる気に満ちたシルクが木刀を振り回した。

 ……チクショウやってやるさ。

 半ばやけになって俺は再度正眼に木刀を構えた。


「シルク……分かってるな」


 構えながらこっそりと、エルナに聞こえないように小声でシルクに声をかける。シルクはどんなことがあっても俺の味方なのだ。


「はいマスター。エルナさんからマスターの訓練のために全力でやれといわれたので頑張ります」


 oh……エルナのほうが一枚上手だった。

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