魔法陣
「皆さん準備はいいですか?」
冒険者ギルドの転移魔法陣の前で、俺は目の前に並んで立っている冒険者ギルドの職員さん3人にそう声をかけた。
付与師だという、額から触覚をはやし緑色の肌をした男が3人。新調したのだろう、そろって真新しい皮の鎧を身につけていた。真新しい鎧から漂うニカワの臭いがかすかに俺の鼻をくすぐる。
彼ら3人はエルナの話だと、アイヌアールという珍しい種族らしい。魔法を使える数少ない種族だということだ。
「はい大丈夫です。31階層は強力なモンスターの住処と聞き及んでいます。我々は戦闘は不得手でございますので、護衛の方をどうかよろしくお願いします」
リーダー格の年かさの緑人間さんがこう言うと3人は揃って頭を下げた。
俺達はこれからこの3人を連れて31階層に潜り、そこに転移魔法陣を設置するのだ。
潜る人数は6人。初めての経験だ。
聞くところによると、総じて3人で潜る時の3倍のモンスターは出現するという。
最初は31階層以降の地図を作り、その上で30階層から50階層まで一気に潜ろうとしていたのだが、31階層より下層のモンスターの手ごわさから考えて、それはほとんど不可能だと考えた。
そもそも50階層が本当に最終階層かすら不明なのだ。
佐々木さんと今後の迷宮攻略の方法を話し合う中で、時間はかかるが1階層ごとに転移魔法陣を作っていく方針に切り替えたのだ。
佐々木さんと俺、2人の深層冒険者の連名で冒険者ギルドに掛け合ったところ、俺達が護衛として魔法陣設置までの護衛をするならば、という条件でギルドも協力してくれることになった。
ギルドお抱えの魔法陣設置の専門家を同行させてくれたのだ。
だが、今回失敗すればおそらくより深い階層の魔法陣設置にギルドはしり込みをするだろう。
今回はなんとしても成功させなければならない。気を引き締める。
「それでは出発します」
そう言って俺は冒険者ギルドの魔法陣に手を触れた。
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30階層はいつもより敵の数こそ多かったが問題はない。
だが、31階層は苦戦した。いつもの感覚で戦うと襲ってくるモンスターの数が多いだけに、後ろの緑人間さん達にまでモンスターが抜けてしまうのだ。
彼らは戦闘の経験がほとんどない上に、色々と魔法陣設置の道具類を持っている。モンスターに対しては無力と言っていいだろう。
そのため、いつもの防御優先の戦術ではなく、積極的に前に出てモンスターを殲滅する。
俺の銃やシルクの連射箱を惜しみなく使い、何とかという感じで目的の地点までたどり着いた。
出入り口が1つしかないちょっと広い区画だ。
さっそく6人で協力して、その唯一の出入り口に緑人間さんが持ってきた鍬っぽい器具を使い、簡単な土のバリケードを作る。
その作業が終わると、時間を惜しむようにさっそく緑人間さんたちは魔法陣設置のために動き出した。
迷宮の地面に透き通るような青色をした粉をまき、ブツブツと何か唱えている。なんでも最初にこの区画を聖別してモンスターが入ってこなくするらしい。
そうしないと、この階層のように知能の高いモンスターが徘徊する場所だと、転移魔法陣がモンスターに簡単に壊されてしまうからだ。聖別と言うのは要するに結界のことらしい。
その為にかかる時間がおよそ5時間だと説明された。それまでは俺達がここを守るのだ。
バリケードを背にして俺とシルクが前衛を勤める。
エルナはその後ろで索敵と援護だ。
「私は後衛ですか……シルクちゃんと私が前衛の方がいいと思うんですが?」
この配置に不満なのかエルナは恨めしそうにじっと俺を見つめてきた。
無言でツイっと目を逸らす俺。だが、配置を変更するつもりはない。この配置にしたのは理由があるからだ。
……最近エルナのレベル上昇が止まったのだ。俺はすでにレベル36。エルナは35だから逆転してしまっている。
おそらくは個人の資質によって決まるレベル制限の限界に達したのだろう。
佐々木さんは25だったらしいし、レベル30以上の冒険者はめったにいないといっていたので、エルナが優秀なのは間違いない。
だが、少なくとも佐々木さんの持っている50レベルまで制限が開放される<熟練者>のスキルを手に入れるまでは後衛にしようと思っている。万が一と言うこともあるからだ。
スキル屋で何とかならないかと考えたのだが、残念ながらスキル屋では経験値上昇のスキルしか取得できなかった。この世界ではそれ以外のスキルは迷宮に潜り、経験を積まないと取得できない仕様らしいのだ。いかにもあの偉い神様とやらが好みそうな地味な仕様だ。
まあ、佐々木さんが<熟練者>のスキルを手に入れたときに【1000回迷宮に潜ったので付与します】と頭の中に響いたシステム音に言われたらしいので、もしかすると最下層挑戦は3年以上先になるかもしれないがコレは致し方ない。
今のエルナよりも優秀な冒険者はこの町にそう何人もいないのだ。そいつらはそれぞれ名のある冒険者なので、奴隷にはいないと考えていいだろう。佐々木さんもレベルこそ高いがステータス的にはエルナと大差がないから下層探索は荷が重い。エルナの成長を待つのが確実な方法だ。
転送魔法陣を何度も出入りすれば簡単に<熟練者>のスキルは手に入りそうな気もするけど……さすがにメガネや偉い神様はそんなに甘くないだろうなあ。
「ご主人様きます!おそらく昆虫型。数は20体前後」
配置にブツブツ文句を言ってたエルナが耳を立て、そう俺たちに警鐘を鳴らした。武器を手に身構える俺とシルク。
一本道の通路の先から現れたのは大きな芋虫。そいつらが通路一面を埋め尽くして突進してくる。
芋虫のくせして意外にスピードが早い。
「あっ!クリムワームの幼虫ですね。こんな大きな幼虫ははじめて見ました。焼くとおいしいです」
意味のない感想を付け加えるエルナ。……食べるのかあの虫を?さすが異世界の食文化だ。
シルクは連射箱をそちらに向け、馬鹿でかい芋虫のモンスターが射程に入ると同時に連射した。
その矢の嵐を掻い潜ってくる虫は俺がしとめる。
エルナは短槍を大量に持ち込んでいるのでそれを後衛から投擲していた。
さすがにすべてエーテル製にするにはお金がかかり過ぎるので単なる鉄の穂先の短槍だが、それを自分の周りの地面に刺して順々に使っている。
6人パーティーだからだろう、敵は次から次に襲ってきた。
芋虫。巨人。大きな蜂。黒い狼。
俺達の周りはすでにそんなモンスターの死体で埋め尽くされていた。死屍累々。血や昆虫の酸っぱそうな体液の臭いが通路に充満していた。
勿体無いとは思うが魔石を採取する時間もないので今回は魔石はすべて無視している。
数えるのも嫌になるぐらいのモンスターを撃退し続ける俺達。
巨人の足首をたたき斬り、バランスを崩したところで首を一撃ではねる。返す刀で大きな蜂の胴体を真っ二つに切り裂く。ついでに足元を駆け抜けようとした芋虫を蹴っ飛ばして壁にたたきつけた。ビシャッとつぶれる芋虫。
シルクは連射箱で昆虫型のモンスターの殲滅を優先していた。昆虫型のモンスターは弱いが数が多いのでシルクが殲滅しないとすぐに抜けられてしまうのだ。
エルナは俺達のうち漏らしたモンスターを投槍で確実に仕留めている。
「エルナどうだ?まだいるか?」
何度目かのモンスターの襲撃が止まったみたいなので、エルナにそう確認する。
「臭いがきつすぎて鼻が利かないですけど、音がしませんのでおそらくはいないかと思います」
「うん。じゃあ少し休もうか。喉も渇いただろ?今のうちに水分補給をしておいてくれ」
「あっ、じゃあ槍だけは回収してきます」
エルナはそう言って、モンスターに刺さった槍を回収してまた自分の周りの地面に刺していく。
「マスター。これ食べて下さい」
エルナの作業の間、代わりに警戒していた俺にシルクがレモンっぽい果物を差し出した。
レモンとグレープフルーツのあいのこのような果物だ。
お腹も膨れるし、喉の渇きも癒せる。おまけに疲労回復の効果もあるという一石三鳥の果物と言う話だ。エルナによると冒険者の必需品らしい。
かぶりつくと本来は酸っぱいらしいのだが疲れているので異様に甘い。
「うん、美味しい。ありがとうなシルク」
俺がそうお礼を言うと、笑顔をみせたシルクも果物にかじりついた。
果汁あふれる果物をかじりながら、時計を見ればもう4時間以上戦っていたようだ。
「まだですかー?」
時間はまだ来ていないが、一応そうバリケードの奥に声をかける。
「スイマセン。瘴気が濃いのであと少しだけ時間をください!」
そう怒鳴り声が返ってくる。
俺達は致命的なダメージは受けてはいないものの浅い傷は結構もらっている。
何よりシルクの矢は、もうそろそろストックが尽きるのが心配だ。
俺の銃にいたってはもうすでに限界まで使い切っているので後1回でも撃てば気絶してしまう。
あと少しってどのぐらいだろう?正確に時間がわからないのはキツイな。
「ご主人様休憩は終わりみたいです。通路の先から音がしました」
俺と同じレモンっぽい果物を食べていたエルナが、ベッと果物のカスを吐き出しながら耳を立てた。エルナがそう言うと同時に俺の鎧が一瞬だけ虹色に輝く。
キィン。
澄んだ音を立てて俺に向かって飛んできた黒い矢のようなものが掻き消えた。
「魔法攻撃です!気をつけてください、マスター!」
そう言って俺の前にガードに入るシルク。
あぶな!今のが魔法か!鎧の魔法無効化率は25%だから運がよかったらしい。当たるとどうなっていたんだろうか。
「そこです!」
そう言ってエルナの投じた投槍が甲高い金属音を発して弾かれた。
手にナイフを持ち、現れたのは青白い顔をした黒い衣装の人間が2体。むかつく位イケメンだ。ニヤリと笑う口元に鋭い犬歯が見えた。吸血鬼か!
「シルク!」
俺が声をかけると、意図を察したシルクが懐から太陽石を取り出しモンスターの方に投げ出した。
光よ!
というキーワードに応え、通路を煌々と照らす。
こんなこともあろうかと、吸血鬼のキラーアイテムである太陽石は常備しているのだ。
悲鳴を上げて逃げ出そうとする吸血鬼を、ザッと間合いを詰めたシルクのヤリモドキと俺の神器刀が切り倒した。さすがに町に住んでたカルンスタインと比べると同じ吸血鬼とはいえかなり能力は低いらしい。
そんな余裕の感想を持つ俺。
だが、気の緩んだ俺の脇を凄い速さで駆け抜けていく黒い体毛の狼っぽいモンスターが数匹いた。
どうやら吸血鬼は囮をかねていたみたいだ。さすがに知恵が回る。
バリケードを目指して一直線に駆けていた黒狼のうち2匹ほどはエルナの投じた槍に仕留められるが、残った一匹はわき目も振らずバリケードをのり超えようとする。
まずい!
ここまで来て魔法陣設置にしくじる訳には行かないので、気絶してしまうが銃を撃とうと腰に手を伸ばす俺。
だが、その瞬間にバリケードを乗り越えた狼の上半身が削り取られたかのように消滅した。
ビチャ。
音を立てて地面に落ちてくる狼の下半身。死後痙攣なのか下半身だけなのになおも足が地面をけるように数度動いた。
なにが起こったんだろう。その光景に固まる俺たち。
「いやースイマセン。お待たせしました。どうにかこの区画の聖別が終わりました」
緊張する俺たちに、バリケードの隙間から顔を出した緑人間さんの場違いなまでににこやかな声が響いた。ほっと息をつく。
聖別ってのは怖い効果だな。モンスターが寄り付かなくなるのはこうなるからなのか。
「さあさあ、冒険者の方々、こちらの区画にお入りください。もうモンスターの心配は要りません」
そう言って手招きする緑人間さん。
先ほど上半身を抉り取られたモンスターを見ているのでなんとなく躊躇してしまうな。
モンスターと人間をどう判別しているのだろう?
もしも【悪しき心】とかに反応しているとすると……俺は大丈夫だろうか?
そんな不安を抱きながら俺はゆっくりと周りを警戒しながらバリケードを超えた。
さいわいと言うか、当然、何事もなく聖別されたという区画に入る。心なしか周りの空気も清浄な感じがするな。シルクも俺に続いて入ってくる。
エルナも遅れて入ってきた。……エルナが最初に倒した大きな虫の死体を担いでいるのが見える。コレを回収したので遅れてきたらしい。
「ちょっと待て!……エルナそのムシの死骸はどうするつもりだ?」
「えっ!勿論、食べるんですけど?今日の夕食にどうでしょうか?」
当然じゃないですかといった口調で答えるエルナ。
「うわーエルナさん今日はご馳走ですね」
「……」
そんなものは捨てなさい。




